地下十階
フール視点です。
目を覚ますと、心配そうな顔をした神官が私を覗き込んでいる。
ここは何処だろう?
「ふ、フールさん大丈夫ですか?」
フール?私の名はファーベル・スマラクト・エルガ。と、考えて今度こそ目が覚めた。
自身の状況を思い出すまで、一瞬の間が出来てしまった。
私はゴーレムにより壁に叩きつけられたはずだが、どこも痛くない。
「大丈夫です。どこも痛んでいません」
私は横たわっていた状態から、ゆっくりと半身を起こす。
癒やしの魔法をかけてもらったのは間違いない。
「ペプシさん、ありがとうございます。あれからどうなりましたか?」
周りを見渡せば、戦いがあった小部屋から移動しておらず、重傷だったドワーフも含め[鋼鉄の鍋]は全員無事だ。
「た、戦いは何とか勝ちました」
「戦いから三日過ぎている」
神官の返答の後から、竜人の剣士がぶっきらぼうに声をかけて寄越し、湯気の上がる汁の入った椀を渡してきた。
改めて自分が酷く空腹である事に気づく。
「ディッツ、ガッツかなくても、まだあるからさぁ〜」
「傷は癒えたが、血が足りん」
回復に滋養は必要だが、食べてすぐに血肉になるわけではない。
だが、医薬の知識に乏しいドワーフには、そんな事は分からないだろう。
シーフから奪う様に、腸詰めやチーズを受け取ると白パンに挟み、貪る様に噛りついていた。
「この食料は?」
椀に入った汁を口に運びながら、尋ねた。
汁には玉葱やキャベツなどが入っている。
運んでいた食料は保存食の干し肉や日持ちする芋、固く焼いたパンなどばかりだったはず。
少なくとも、遺跡の奥で食べられる物ではない。
「襲ってきた魔族のブックバックに入っていた。我々より良い物を食べてる」
竜人が皮肉げに笑う。私もドワーフの事を馬鹿には出来ない。
滋養に富んだ汁をその後三度も、お替りして食べた。
☆☆☆
「あーしの推測通り、このフロアには警備がかかってない」
私が目覚めたさらに翌日、私達全員で話し合いを持った。
ドワーフの護符の期限は完全に過ぎているが、魔族の警備が現れる事は無かったそうだ。
そこで回復が終わるまで、停滞する事にしたらしい。
「フール殿はエルガの血族か?[賢者の石]とやらは[エルガの血を引く者]でない限り持ち出せぬそうだ」
竜人が灰になった不死者より聞き出した事だと断って話す。
[賢者の石]の事はギリギリまで黙っていたかったが、知られてしまったなら仕方がない。
「[神降ろし]に[賢者の石]、あーしらは ヤバいこと知らされてなかったみたいだね、フール」
「17の言う通りだが、責める事は出来ん。学術調査の護衛には嘘がない。底意地の悪いエルフらしい話だ」
鼻を鳴らしドワーフがシーフを窘めたが半分は私に対する皮肉。
だが、事前に事実を話して依頼出来る程、他種族に信用はない。
人間が最たる者だが、金の為には我々エルフには信じられない程の事をしでかす。
しかも、長期的視点に欠け、調和を重んじる事もない。
「わ、分かる範囲でこの先の事、教えて下さい。」
神官がそんな仲間をフォローする様に話す。
仲間内の調和を保とうとするのが、人間である神官なのは別の意味で皮肉な事だ。
「私も資料でしか知りませんが、この先の地下には[神の寝所]と呼ばれる施設があり、神の依代が安置してあるそうです」
「そして[賢者の石]と呼ばれる七冊目の大魔導書については、明確な記述はありませんでした」
この先について私が知っている事は少ない。
高位エルフとエルフのハーフである私には高位エルフの持つ全ての秘密が明かされた訳ではないからだ。
だが、私が選ばれた理由は先程の竜人の言葉で分かった。
私は高位エルフではないが、エルガの血筋に連なる者なのは間違いない。
「め、明確でない記述を教えて下さい」
「『[寝所]に降臨せし神々は順に七冊の魔導書を造り給うた』そして、『神々は六冊の魔導書を持って世界に調和をもたらさんとした』です」
七冊造り、六冊使っているなら一冊はそのまま[寝所]あるはず。ここに来るまでは、そんな推測も成り立つが明確ではなかった。
しかし壁の文字で[賢者の石]がある事は確実になった。
もちろん懸念はある。
その残された一冊が予備なのか、不備か不都合があったのかなどは全く分からない。
「あーしらは[賢者の石]に触れると、隣の部屋から出られなくなる」
「け、『[賢者の石]に触れし、生きとし生けるもの、この部屋より出ること能わず』フールさんも出られなくなるはずです」
シーフとペプシが議論している。
ドワーフは沈黙したまま成り行きを見ているだけだ。
『ただし[エルガの血を引く者]は除く』の文字がその下に隠されているのだが、彼らには見えないらしい。
「ま、魔術で触れずに石を取る事は可能ですか?」
「あーしは[賢者の石]に小魔術が効くとは思えないけど?」
「どうするかはフールが決めればいい。私達はその護衛なのだから」
不毛な議論を見かねた竜人が口を挟んだ。
それを見たドワーフが鼻を鳴らし、ようやく口を開く。
「出発するぞ」
小部屋の先は、すぐに下に降りる階段になっていた。
私達は罠を警戒しシーフを先頭に先に進む。
☆
長い階段を降り、短い通路を過ぎると、円形の大きな部屋についた。
天井は半球状になっていて、地下だと いうのに星空が見える。
どうやら部屋の中央にある魔法装置がこの建物の屋根にある魔法装置と連動しているらしい。
入ってきた所以外に出入り口は見当たらない。
「外を写してる様だな」
「い、今は夜なんですね」
ドワーフとペプシが呟いた。が、シーフが首をかしげる。
「いや、あーしの感覚だと午後なんだけど……」
「雲一つないのはおかしい」
竜人の言にペプシが驚いた顔をする。確かにこの地域のこの季節、雲一つない空というのはまず無い。
「あーしが思うに魔術には星の位置が絡む儀式あるから、その為じゃないかな?」
確かに星の位置が知りたいなら、雲や太陽の影響は反映させない方が都合が良い。
私達は中央の魔法装置に近づく。
すると装置の横に埋め込まれた黒い石板にエルフ語が浮かび上がる。
「なんて書いてある?ペプシ」
「ふ、不遜な事です!」
「『天体位置による神の顕現確率計算装置』『現在の大地母神の招喚確率0%』『妖魔神の招喚確率0.002%』『至高神の……』」
ドワーフの問いにペプシは答えられず、私が答えた。
この魔法装置により星の位置を見定め、[神降ろし]の儀を行っていた様だ。
そして魔術の特性からもし他の場所で[神降ろし]をするなら、観測位置を訂正した術式にしなくてはならない。
里に伝わる術式では、おそらく魔術は発動しない。もし発動しても誰が来るか分からない。
第一次魔王戦争時にイルガ族が神ではなく勇者召喚にした理由もその辺だろう。
「確率ねぇ~、せっかく苦労して神を招喚しても、狙った神が来るとは限らないんだ、ウケる」
「か、[神降ろし]など、やはり不遜過ぎます!」
シーフは何が楽しいのか笑い、ペプシは怒っている。
そうしている間にドワーフと竜人は辺りを見回していた。
さらに奥、どこかに儀式が行われる部屋があるはずだ。
「ディッツ、装置の横に梯子があるからさ。慌てなくて大丈夫。儀式場は真下だよ」
笑い終えたシーフがドワーフに告げた。
「良いかファーベルよ、人間は如何なる世界でも愚かだ。若い頃聞いた転生者の話がある。」
「かの者の元の世界では数万年以上かけて変化した物を僅か数百年で使ってしまい、幾多の種を巻き込み人間は滅びたそうだ」
「でも先生、人間が滅びても、残る生き物はいるのでしょう?」
「そうだな、だが我々エルフが人間の滅びに付き合わされてはかなわん」
「ゆめゆめ忘るるな、我らエルガこそが、調和ある世界を守らねばならんことを……」
私の黒歴史がまた1ページ。




