灰に
ベヌル・バウム視点です。
魔族には高位エルフと同じく寿命がない。
だが成長速度は違う。
高位エルフが木が年輪を重ねる様にゆっくり成長するのに対し、魔族は成長が一定ではないのだ。
10歳ぐらいまでは、世界にあふれる人間共と同じ様に成長するが、それ以降は精神、つまり心のあり様に合わせて変化する。
だから何時までも変わらぬ若い姿を保つ古魔族もいれば、わずか60年程で老人の姿になる者もいる。
更に言えば、心が若返れば姿も若返るので姿だけでは魔族の年齢は分からない。
無論、肉体の変化は急にではななく、数年かけて、ゆっくり訪れるのだが。
私はこの古エルフの遺跡に最初に挑む時点で既に初老の姿をしていた。
第一次魔王戦争に下士官と従軍していた頃は若い姿をしていて、南方方面軍の陸戦隊員として南方エルフの集落を襲ったものだ。
やがて敗戦を迎え、それからは海賊や傭兵、冒険者などをして糊口を凌いできた。
貴族ではない下級魔族にしては魔力が30あったので食うには困らなかったがそれだけだ。
絶えず働き詰めで安らぐ事がない。
出征前の故郷は寒村で土地持ちでは無かったから、帰っても私に居場所はなかった。
それを変えたいと思ったのは、第一次魔王戦争の頃からの貴族、古魔族が影響力を保ちながら自由気ままに暮らしているのを見てしまったからだ。
たまたま入った冒険者の店の店主がかつての南方方面軍司令長官の娘だった。確か本人も上級将校だったはずだ。
そして今だ若い姿で暮らしており、少し調べたらハルピアの支配階級、評議会の一員に名を連ねていた。
私は力ある者と、そうでない者の差に衝撃を受け、やはり力ある者にならねばと思った。
☆
力を手に入れると考えた時に、考えた事は二つ。
一つは金。
財力があれば商都ハルピアなら特に権力にも繋がる。
現に造られた魔獣のハーピー風情が大商会の会頭として評議会通じハルピアを牛耳っている。
もう一つは魔術。
これは小さな魔術ではなく、大魔術が必要になるが、世界を脅かす大魔術なら世界が放っては置かない。
そしてこちらにはアテがあった。
古エルフの遺跡に二つ目の[賢者の石]が眠る可能性があるという資料を持っていたからだ。
かつて襲ったエルフの集落で手に入れていた資料を元に、人間の作った魔術師ギルドや[学問の神]の大図書館で一人情報を集めた。
魔族として時間だけはあったから、準備には時間をかけたが、今にして思えば楽しい時間だったと言える。
ロイターの街で[星明かり]を雇ったのはバランスの取れていて、実力が安定している以上に野心に富んでいたからだ。
魔族が管理するエルフの遺跡に七冊目の大魔法書、[賢者の石]を盗りに行くなど、準備があったとしても普通なら断る案件だろう。
だが彼らは、それぞれが「家の再興」「奨学金の返済」など事情があり、[賢者の石]の力があれば願いが叶う可能性がある。
そして私も下級魔族から、成り上がるには[賢者の石]の力が必要だった。
かの上級将校が秘かに管理する遺跡の警備を掻い潜り、地下九階に着くまでは順調だった。
自動化された警備用スケルトンウォリアーや清掃用スライム、管理用スチールゴーレムなどは、いくらでも誤魔化せる。
ただ地下九階に置かれていた魔獣コカトリスは想定外だった。
ゴーレムが専門の将校が全く別系統である魔獣を用意しているとは思わなかったのだ。
魔力の大半を使い、何とか魔獣を眠らせたものの魔術師のキュリオが石化の攻撃を受けてしまった。
取り急ぎ隣の小部屋に石化したキュリオを置き、私達は奥に進んだ。
すぐに回復させ無かったのはキュリオが魔力を、その日は使い果たしていたのと食料などに余裕がなく不時露営をする事が出来なかった為だ。
冷静になれば一度引き返すのが正解のはずだが、私達は判断を誤った。
☆☆☆
「地下十階の遺跡最深部。神の依代の横に小さな台座がある。そこに[賢者の石]は置かれていた。もちろん、その前には守護者たる精霊火蜥蜴が宿る燭台が置かれ、用意には近づけなかったがな」
「儂らは現れた火蜥蜴を倒し、賢者の石を持ち出そうとした。だが持ち出せなかった。台座にはエルフ語が書かれていた」
「『[エルガの血を引く者]でない限り、生命ある者、この書を持ち出すこと能わず』とな」
竜人族の下女、いや剣士は刀の柄に手を置いたままこちらを見下ろしている。
儂には既に立ち上がる力はなく、飛びかかるにしても、もっと近づいてもらわねばダメだ。
だが、囁く様に言葉を紡いでも信濃は微動だにしない。
ペプシとか言うキュリオの妹ならば、耳を寄せる為に近づいて来そうだったが。
「とはいえ、諦めがつかなかった儂は試しに賢者の石に触れて見た。が、微動だにしなかったよ」
「そして、この部屋。以前は壁に書かれていたエルフ語は隠されていた。『[賢者の石]に触れし、生きとし生けるもの、この部屋より出ること能わず』儂は、儂だけはこの部屋から出れなくなった。満身創痍だった[星明かり]は、すまなそうに部屋を出た。儂とキュリオの石像を残して」
息が苦しい。
いやアンデットのヴァンパイアになったこの肉体に呼吸は必要ないはずなので、[永遠の神]との契約が切れかかっているのだろう。
このままでは血を啜らねば遠からず灰になる。
「儂は考えた。水も食料もなくば三日とたたず死ぬからな。そして閃いた。『生きとし生けるもの』ならば、生きていない不死者なら部屋から出られるのではと」
「だが、それも狡猾なエルフの罠だった。秘術を使い[永遠の神]と約してヴァンパイアと化したが地下九階から出られなかったゆえな……」
「確かにあった『これより聖域』と」
信濃は呟く。
「それも当初は、その『これより聖域』の文言だけであった。儂は更に考え、そしてキュリオの肉体を借りることを思いつき魔術で肉体を交換し、石化を解いて部屋を出た」
「借りるか……」
侮蔑の視線が刺さる。
「嘘ではないぞ。肉体交換は契約無しには成り立たぬ魔術ゆえ」
「詐術だ。どうせ石化した肉体から出られるとだけ告げたのだろう?」
確かにキュリオに、この女並みの慎重さがあれば成り立たない契約だった。
そして、その慎重さから声は発するが微動だにしない。
上で殺されるには惜しい女だ。
「最後に尋ねる。何故戻った?」
信濃が質問してきた。
「借りた肉体を返す為だよ。エルフは性悪だが、促す意味も込めて……」
〘契約を解除する〙
頭の中に神の声が響く。
私は質問に答え終える前に、永遠を解かれ、灰になった……。
魔族に寿命はありませんが、もし本人が老いて死ぬと思っていた場合には老いて死にます。(老いても死なないと考えていれば、いつまでも死にません)
そう言う意味では寿命があるとも言えます。
私の黒歴史がまた1ページ。




