急襲
信濃視点です。
コカトリスのフロアを出て、真っ直ぐな通路を進んだ先。
そこは扉のない小さな部屋だった。
壁に向かい一人の初老の魔族がひたすらに何かを呟いている。
そして壁には大きく何かの文字が彫り込まれていた。
私には読めないが、多分エルフ語の呪文か何かだろう。
「なんて書いてある?」
同じくエルフ語が分からないドワーフのディッツが下級神官のペプシに尋ねる。
薬師資格の取得を目指すペプシはエルフ語の読み書きは出来るはずだ。
人間の学ぶ薬学はエルフ薬学が基本になっているのだから。
「け、『[賢者の石]に触れし、生きとし生けるもの、この部屋より出ること能わず』です」
「そ、それにその魔族はアンデットです!」
すると壁に向かい呟いていた魔族が、こちらを向き立ち上がる。
古びた旧魔王軍の軍服に、やつれた体、
そして紅い瞳に伸びた犬歯。
ヴァンパイアだ。
「まさか……。ペプシ、ペプシなのか?」
ヴァンパイアが嗄れた声を出し、こちらに歩いてくる。
長年座っていた為か、歩き方はぎこちないが。
「ペプシ、知り合い?」
17が声をかけるが、ペプシは首を横に振る。
私は抜刀し構え前に出た。
魔刀ならばヴァンパイアとはいえ斬れるはずだ。
「ペプシに魔族の知り合いはいないだろう。17ならまだしもな」
「あーしにも、あんな知り合い居ないって」
[光の矢](使1残7)
ディッツが鼻を鳴らし悪態をつき、17がペプシを庇う。
フール殿は問答無用に魔術を放つ。
「違う!僕だ!キュリオだ!肉体を盗られたんだ!」
飛翔した光の矢が三本胸に突き立った。流石のヴァンパイアにもダメージは通っている様だ。
と、
不意に後から声がして、通路に炎が溢れた。
「盗んだとは心外であるな」
[爆炎](使2残20)
[耐火障壁](使2残5)
フール殿が咄嗟に魔術を展開しなければ焼かれていただろう。
青白い顔をした赤黒い髪の男が通路の後に現れた。
声は若く、魔術師然とした姿をしている。
肌色は人間のそれだが、気配は全く違う。
姿を見せるまで全く気配を感じなかったのは魔術による偽装だろうか?
「に、兄さん!」
ペプシが明らかに動揺を見せかたまった。
「違う!そいつはベヌルという魔族だ!」
ヴァンパイアが即座に否定する。
[展開][射出][起動](使6残14)
若い男の前で魔法陣がひかり、ストーンゴーレムが飛び出してきた。
[竜飛翔](使1残9)
とりあえず、私は仲間を飛び越え後の男に斬りかかる。
アンデットよりも、若い男の方が危険な感じがしたからだ。
が、
若い男の前に立ちはだかるゴーレムが斬撃を防ぐ。
魔刀とはいえ、刀で岩を両断とはいかない。
逆に拳闘でいうフックからストレートをゴーレムに放たれ、かろうじて躱す。
オーガより一回り大きいぐらいの大きさの割に早い。
「魔族の旧式戦闘用ゴーレムだ!額を割らぬと倒せぬぞ」
ディッツが叫ぶ。
「邪魔するでない!雑魚共が!」
[多弾式光の矢](使6残8)
若い男の周りから全員に向け光の矢が放たれた。
ディッツには三本共刺さり、フール殿は咄嗟に魔術防壁を展開し防いだが、連携したゴーレムの突進とパンチで壁に叩きつけられる。[使1残4]
17は矢が当たる寸前に姿を消し、そのまま気配も消えた。[使1残8][使1残7]
ペプシには刺さる寸前でヴァンパイアが庇った。
ヴァンパイアに六本の矢が刺さり灰にはならないものの倒れる。
私は自身は咄嗟に三本とも矢を斬り落とす。
魔刀でなければ出来ない芸当。
ハーピーの時といい、刀を譲ってくれた亡き師には感謝しかない。
「そなたが信濃だな。ただの下女ではないではないか」
何故か私の名を知る男は余裕を見せている。
確かにストーンゴーレムと魔術使いを双方相手にするには分が悪いが……。
「まぁ、上の奴らに嬲られない様に殺してやるとしよう。」
[竜縮地](使1残8)「双月兜割」
[高熱火……]
[視界転移](使1残6)「バックスタブ」
私は竜力を使い急加速してストーンゴーレムの頭を割った。
魔術が来ずに、弱点が分かっていればストーンゴーレムとはいえ倒す事は可能だ。
「あーしは殺られてないっつうの!」
17は魔術と盗賊の技能を駆使して若い男の首を掻き切った。
ディッツは17を見誤っている。
博徒は肉体を鍛えたりはしない。
17が私の考える職業なら表の顔は持つだろう。
だがその職業を指摘するのは危険だ。
魔術と技能を駆使されたなら、防ぐ事は難しい相手になるだろうから。
ストーンゴーレムは動きを止め、若い男は血溜まりに伏している。
血の色は赤く、魔族ではない。
ペプシはフール殿に17はディッツに駆け寄った。
☆☆☆
「大地母神よ、この者の、致命傷だけ、癒やし賜へ」(使3残0)
ペプシの祈りに神が応えフール殿の体が淡く光った。
どうやら間にあったらしい。
ペプシに残っていた神力で間に合わなければ神聖魔法は発動せず、ただ去りゆくのを眺めるばかりになっていただろう。
「よ、良くない状況です。怪我では死にませんが、追加で癒やさなければ衰弱で死にます」
確かにフール殿は目覚めない。
「ペプシ!こっちは?傷は洗ったけど!」
「き、傷を縫います。その後、薬を塗って布を巻きます」
ディッツの方は血だらけの服を切って脱がせ傷口を水袋の水で洗っていた。
ディッツの状態も悪い。
光の矢傷に火傷跡、青痣も残り発熱しているのをペプシが懸命に治療している。
私は治療には参加せず、少し離れた所でヴァンパイアを見張っていた。
血への渇望を抱えながら、小さな部屋の片隅で倒れ呻いている。
血を啜らなければ、このヴァンパイアは永くはない。
無論、立ち上がろうものなら斬るつもりでいる。
滅ぼさずにいるのは、ディッツや17なら情報を聞き出すと言うだろうからだ。
「咄嗟に戻りはしたが……ここまでのようだな……すまぬが、儂の話を聞いてくれぬか」
私は黙って頷いた。
旧式ゴーレムの額が弱点はラビの作るゴーレムの故事から来ています。
ちなみに新型の高機動ゴーレムはタロスの故事に習い踵の弱点を勇者に突かれた設定があります。
私の黒歴史がまた1ページ。




