聖域入口
ペプシ視点です。
慌ただしい休憩を終え、私達は最下層に向かう階段を探しています。
地下八階以後は大螺旋階段では降りられない為、先ずは地下九階に降りねばなりません。
大螺旋階段で手に入れた手記には、行方不明の兄と同じ名の魔術師が石化されたとの記述がありました。
石化解除に必要な神力、もしくは魔力は五。現在の神力はリーダーの治療を終え三。
もしそれが兄ならば、フールか17に力を借りねばなりませんが、ここは危険な遺跡の奥です。
石化解除に協力して貰えるか微妙でしょう。
石化された者は、精神に変調をおこしてしまう場合が多く、石化を解いても足手まといになる事から、神殿で学んだ冒険者の定跡では捨て置かれます。
症状は様々ですが、例えば廃人同様になっていた場合、移動さえ困難でしょう。
石化を解くまでは精神状態を見る術がない以上、それが正しいと理解はしているのですが……。
☆
「このあたりに階段があるはずです」
フールさんが壁に手を這わせながら呟きました。
やはり遺跡調査は事前準備が重要な様です。
遺跡の大まかな構造を知っているのでしょう。
「ねぇディッツ、一緒に見てくれない?あーしの見立てだとこの壁さぁ」
「ああ、そうだな。扉が塗りつぶしてある。」
17の問いに、そう答えるとと突然ディッツさんが戦斧を壁に叩きつけました。
すると壁がボロボロと崩れます。
フールさんが少し非難する様な目でディッツさんを見ます。
「塗りつぶしたにしてはおざなりだな。しかも比較的新しい」
ディッツさんと、手斧を借りた17が壁を壊していきます。
四半刻もしないうちに奥の扉が表われました。
扉には文字が刻まれたプレートが埋め込まれています。
[これより聖域]
[永遠の神に魅入られしもの、この扉潜ること能わず]
内容からすればアンデットを防ぐ術でしょう。
古い書体のエルフ語が淡い光を発していて、強い魔力が宿っている様に見えます。
[簡易解析](使1残7)
[魔導転写](使1残6)
フールさんがプレートに触れ、何か調べて取り出した紙に転写しました。
魔術の術式かも知れません。
「フール、どう?あーしでなくても魔術が生きてるの分かるけどさ」
「アンデット避けの、知られていない術式です。これだけでも大きな発見になります。それに少なくともこの扉はアンデットに対して[大魔法]で封じられています。」
フールさんが17の問いに珍しく声が弾んで答えました。
「ヴァンパイアロードやリッチでも、この扉は抜けられません」
「術式を一般化出来そう?」
「里で解析すれば可能です。今までのより強力な術になるでしょう。もちろん効果は術者次第ですけど」
ディッツさんが17に目配せをしました。
[魔導転写](使1残8)
17もフールさんの隙を見て術式を写した様です。
私は見て見ぬふりをし、信濃は眉をひそめました。
不本意ではありますが、エルフ達は基本的に持つ技術を公表する事はありません。
例えばシルクなどもエルフ、ダークエルフ、竜人の独占技術ですから。
「時間が惜しい。急ぐぞ」
ディッツさんの声に私達は扉を抜け階段を降りてゆきます。
☆☆☆
「なるほど、石化の理由はこれか……」
地下九階に降りてすぐの大きなフロアの角にコカトリスの巣がありました。
これまでとは違い清掃がされておらず、雑多な感じのフロアになります。
そして魔術により照らされた巣にはコカトリスが座って眠っていました。
コカトリスは馬ほどの大きさの鶏と大蛇を組み合わせた魔獣で鶏の嘴と大蛇の牙に石化能力があります。
また鶏の蹴爪部分は鋭く鉄盾を切り裂く程と習いました。
「眠らない魔獣を眠らせる。魔族の仕業か?」
「あーしとかの下級魔族じゃ、魔術を駆使しても無理だよ」
「魔獣を眠らせる術式がわかればそれだけでも大発見です」
ディッツさんの問いに17とフールさんが、それぞれ答えます。
魔獣はかつて魔族が開発していたものなので、魔族の軍事機密にそういう魔術式があっても、不思議ではありません。
ただそれも第一魔王戦争時の旧魔王軍の頃の話で大半が失われているそうです。
今でも魔族による魔獣開発が続いている噂はありますが、魔族の経済的実情から莫大な開発費に耐えられないのが現実だろうと、神殿では学びました。
「魔術師とやらは見当たらない。砕かれた訳でもなさそうだが」
「石化にタイムラグが出る可能性があります。奥に行きましょう」
更に奥に続く扉はすぐに見つかりました。
私は兄の名と同じ魔術師の事が気になりますが、大きなフロアを隈無く探す時間はありません。
「コカトリスを殺さなくとも良いのか?」
信濃が誰となしに尋ねました。
「試しても良いが……近づいて目覚めたら事だ」
「帰りに襲われたら?」
「ミノタウロス同様すり抜ければいい。冒険者は無駄に戦わないのがコツだ」
ディッツさんが呟く様に答えます。
「ディッツ殿は経験豊富な様ですね。冒険者の店でF+評価だったパーティとは思えません」
「ロートル戦士と新人三人なら順当な評価だ。経験さえ積めば下級神官に竜人の剣士がいるのだから、すぐD評価ぐらいにはなるだろう」
「え?あーしは?」
「流れの博徒はマイナス評価にしかならん」
フールさんが珍しく苦笑しました。
私達[鋼鉄の鍋]とフールさんは更に遺跡を進んでゆきます。
※大魔法の一般化
大魔法は強力ですが、契約者にしか使えないので他の魔術師などが使える様に魔術式を解析して中魔法、小魔法に落とし込む必要があります。
それを大魔法の一般化といい、未発見の新しい術式は研究機関などが高く買い取ります。
もちろん(出来るなら)売らずに自分で解析してオリジナル魔術にしても良いのですが。
ただ大抵の魔法は大魔法なら詠唱により数分で出来る事が一般化したら数人がかりで儀式をして三日かかるなどとなります。
私の黒歴史がまた1ページ。




