大階段
信濃視点です。
「我々には、この[寝所]は元々エルフ各部族共同の地下墓地として設計されたと伝わってます。」
私達は17が浮かべる魔法の灯り(使1残9)を頼りに地下に続く大螺旋階段を降りていた。
17は魔族から人の姿に戻っている(使1残8)。本人によれば今となってはスッピンを見られている様で落ち着かないらしい。
そしてフール殿はこの[神の寝所]の説明をしている。
「ただ実際造られて見ると、我々エルフは石の墓地ではなくやはり樹木の元で大地に還りたい者が多かった様で、墓地としては利用される事なく、公共機関や図書館に転用されました」
「力ある者が無駄な建物を作りたがるのは人間もエルフも変わらぬのだな。皆も一度、聖王国の大聖堂を見に行くがいい。あれこそ壮大な無駄だ。」
ドワーフのディッツが鼻を鳴らしながら言う。
「えー、あーしはドワーフって、種族的に建物好きと思ってた。」
「古来よりドワーフは技術はあるが、造らされる立場で、造る立場ではない。」
17の見解にディッツは面白くなさそうに答えた後、疑問を口にする。
「フール殿、この大螺旋階段は一体、何処に通じている?」
「フロア案内によれば、地下八階フロア迄は、このまま階段で降りられる筈です。」
フール殿が踊り場の壁にかかっているエルフ語の石板を見ながら答えた。
ただエルフ語の石板の上には赤い魔族語で、何か殴り書きがされている。
「魔族語で[工房][立ち入り禁止]って赤で書いてある」
「地下四階までは[工房]、地下五階から地下八階は閉架図書館、地下九階、地下十階は[立ち入り禁止]と書かれてます。魔族が後から書いた様です」
地下五階の、ここに降りてくるまで全ての扉は魔術で封じられていた。だが、ここからは雰囲気が変わり扉も開け放たれている。
扉の中を覗くと、本棚が整然と並ぶが中には一冊の書物もなく、清掃用のスライムが悠々と巡回しているのが見えた。
「ほ、本は全てスライムの餌に、な、なってしまったのでしょうか?」
ペプシが残念そうに呟いた。古い本には、それだけでも財産的価値があるし書かれている内容によっては財産以上の価値がある。
だが、文字が読めない大半の人間や妖魔には、それが理解出来ない。
私の生まれた[竜の島]は、転生者の[竜人族の祖]によりリザードマン語を学ぶ、学ばせるのが常識とされる[竜人教]が広まった為、文盲の方が珍しい。
例えば村に文盲の子などがいると分かると、放置している村長や村の有力者の恥となるのだ。
「そういえば、あーしら[鋼鉄の鍋]って全員文字の読み書き出来るの珍しくない?」
「そういえば、そうですね。そして本は失われた訳ではありません」
フール殿が17に相槌を打った後、ペプシに元々大半の本が持ち出された経緯を説明した。
エルフ戦争の後、独立したダークエルフとエルフとの講和条件で、ほぼ半々に分けられてしまったそうだ。
「本を故意に焼くのは、人間ぐらいのものだ」
ディッツの指摘に人間代表の様にペプシが恐縮していた。
☆☆☆
地下五階を過ぎた後も我々は問題なく大階段を降りている。
時折すれ違う清掃用スライムや、警備用スケルトンウォリアーは我々を無視して、通り過ぎてゆく。
そして地下七階から地下八階に降りる階段の踊り場に、金属製の兜や片手剣、それに盾の枠組や硬貨などが転がっていた。
良く見れば革鎧などに使われる金属製の金具などもある。
「あーしの見た感じ、多少は錆びてるけど、そこまで古くなく、剣は武器ギルドの企画品」
落ちている硬貨を拾いながら17が呟いた。
「人数は二人、金属部以外はスライムにより清掃済みだな」
ディッツが辺りを見回し分析する。
「こんな奥まで辿り着く冒険者が二人だけと言うのは不自然ですが……急ぎましょう」
ペプシが型どおりの祈祷をしている横で、フールは首をかしげていたが、先に行く事を促した。
私達には時間がない。
ディッツの護符の効果が切れたなら、魔族の警備が我々を排除に来るだろう。
「しかし戦士二人では遺跡に入る事さえ叶わない。他のメンツもいただろう。先を越されてるやもしれん」
階段をやや早足で降りながら、ディッツが言う。
「え〜、あーしら無駄足?」
17が答えるが、[鋼鉄の鍋]には無駄足などない。
我々の目的はフール殿を護りハルピアまで戻る事。
どうやらディッツも17も、遺跡探索の余録を狙っている様だ。
「いえ、その心配はないでしょう」
突然足を止め、フール殿が言う。
地下八階に付いたが、視線の先には床に書かれた魔法陣と、その中に寄り添う様に倒れている白骨死体。
こちらは魔法陣の効果により、清掃はされていないらしい。
「あ、アンデットではない様です。」
「旅司祭に、こっちはあーしの同業者。骨盤からして両方共に女、それに人間だね」
ペプシの死体の鑑定を受けて、17が死体を調べている。
「食料や金目の物がないから、仲間割れかも?いや、それにしては荒れてない……」
祈祷している側で効率良く荷物を漁る17をフール殿は黙って眺めていたが、微かに嫌悪の気配を感じた。
必要な事と感情は別物だが、気分の良いものではないのも確かだ。
だがフール殿のそれは違うものに見える。
「ん?日誌があった。どうやら自害だって」
「見せてみろ」
ディッツが日誌を受け取りめくる。
そして斜め読みした後、ペプシに渡した。
「ペプシ、読んでおけ。お前が書いている日誌の参考にしろ」
「は、はい」
「え〜、縁起悪る〜」
「行きましょう。地下に降りる階段はこの先の様です」
フール殿の合図に合わせ、私達は地下八階の廊下を歩き始めた。
しばらく前からスチールゴーレムが一体、後をつけてきている。排除出来なくもないが、無駄だろう。
ハーピーにミノタウロス。魔獣との交戦はディッツの護符も万能ではない証拠だ。
私はディッツの護符は自動化された防衛機構を無効にするだけと推測している。
意志ある者、恐らくは魔族はただ私達を殺すタイミングを見ているだけなのかも知れない。
用語解説
スチールゴーレム
魔族が開発した汎用ゴーレムで、戦闘用のアイアンゴーレムとは区別されている。
転生者の表現で「小さなドラム缶にバケツの頭を乗せ手足をつけた感じ」の外見。
付属ユニットを変える事で清掃、消火作業など幅広く使えるが、戦闘に関しては出来なくはない程度である。
私の黒歴史がまた1ページ。




