導入
視点 竜人忍び
「転生したら忍者でした」
「魔獣ミノタウロス」
異世界でも牛頭人身の化物が[ミノス王の牛]と呼ばれているのは、私と同じ転生者が居た為だろう。
そのミノタウロスが私の前で冒険者を吹き飛ばした。
正確には頭を下げて突進してきて、その角で腹部を突き刺し、跳ね上げたのだ。
全ては一瞬の出来事。
気が付いた時には隣にいた冒険者は腹部から腸がはみ出した上に、頭から地面に落下し動かなくなっている。
[竜加速](使1残4)
[怪力](使1残28)
ミノタウロスが手にしていた十文字槍を振り回してきた。
私は咄嗟に竜力を使い加速したが、僅かに躱し損ねた。
着ていた薄い鎖帷子により斬り裂かれはしなかったものの、筋骨隆々の肉体から繰り出された一撃。
さらに魔力で増強を重ねた怪力により壁に叩きつけられる。
激痛により、呼吸困難。
全身打撲により、移動困難。
骨及び内臓の損傷あり。
致命的損傷はなしも状態は大破。
忍びの里で訓練された損傷評価により無意識に自己の分析をしたが、意識が薄れるのは止められはしなかった。
☆☆☆
私はFラン大学を出て、ショッピングモールのテナント社員をやっていた。いや、元社員だったが正解か。
入社したばかりなのに、研修もそこそこで、いきなりチーフの役職を貰い、マネキンと呼ばれる派遣社員やパートなどを管理する立場になった。
正しく致命的に人手が足りないのだ。
そして三年待たず、人間関係のストレスから病んで職場に行けなくなり、処方薬をツマミとして缶チューハイ数本で全て流し込んだら、白い部屋に招かれた。
誰だ岩の上にも三年などと言った奴は。
まぁ、最後に大量に飲んだアルコール高度数の缶チューハイは死ぬほど美味かった訳だが。
「で、あなたが神様?私は乙女ゲーとか無縁だし、薬学部とか出てないけど」
〘古典経済学部でしたよね〙
「そうそう。全ての人間が合理的なサイコパスでないと成り立たない学問」
古典経済学は人間性が抜けている為、理論と実態の乖離が大きい。例えば需要と供給、いわゆる[神の手]だけでは物価は決まらないし、人間は自分が損をしてでも、相手だけが利益を得るのは許せない。
白い部屋の神様だけあり、流石に流れてきた私の事は知っているみたいだ。
しかし、私は馬鹿だな。まだ酔いが抜けてないのか、死んで開き直ったのか神様相手にタメ口きいている。
もう少し謙虚な態度で敬わないといけないだろうに。
〘……色々ありますが、転生に抵抗感はなさそうですね……〙
「ムメイアプリは読んでたから」
一時流行った転生物や異世界恋愛はスキマ時間で山程読んだ。それに死んだら天国に行く宗教を信じていた訳ではないので、ショックもない。
〘では、大丈夫ですね。〙
「いや、ちょっと待った!ムメイで読んだ話で、事前説明が大事と学んでるから。行くのはどんな世界?魔王とか魔法とか」
〘一応、魔王とか妖魔とかは居ます。が、小競り合いぐらいで、全面戦争している訳でありません〙
〘魔法はありますが、人間が使うには才能が必要で、しかもコストをかけ10年以上教育を受けねばなりませんね〙
「じゃあ私に使命とか義務はないのね。スキルとかレベルとかは?後、何か貰えたりはしないの?」
〘スキル制、レベル制は採用してません。ギフトもありません。そもそも記憶が継承されるのがギフトですし。それに生まれは孤児になりますから、領地経営などもありません〙
う、なかなかハードモード転生らしい。しかしなればこそ、ここでの交渉が文字通り一生を左右する。
「じゃなんで異世界転生?それとも死んだら皆んな異世界転生するの?」
〘違いますよ。異世界転生するのは貴女が魔術を行使したからです〙
異世界転生するのは多分酔った勢いで買った怪しい本が原因だと思う。
何故か知らないが、一時、奇書魔導書にはまっていた。
しかし通販で本物の魔導書が買えるとは……あの祈祷書あたりが原因か。
「でもさ、『チート、ギフトでバグでマジで』とかが転生じゃないの?」
〘全裸生身で、森の中でも良かったのですが?〙
「格闘技とかやってないから。それにサバイバル系は勘弁してよ。しかし何かないの?」
〘チートなど、ありませんよ。しいて言うなら……そうですね人間ではなく竜人に転生でどうです?〙
聞けば竜人とは人間と竜の仔の子孫の亜人らしい。繁殖力は人間に劣るが、竜力という自己強化系の力が使えるそうだ。
そして転生場所は竜人の集落の近くに赤子として転生する事となった。記憶は満10歳で[啓示]と共に戻るという。
「野垂れ死にしないでしょうね?」
〘記憶が戻るまでは[保証期間]にしておきます〙
そうして満10歳で至高神の啓示を受け、記憶が戻ったが、竜人の集落とは[忍びの里]の事で、拾われ子として、きっちり忍びとして育てられていたのは想定外だった。
☆☆☆
澄んだ音がした。
刀が折れる様な音だ。
私は一瞬何処にいるかわからなかったが、急速に記憶と全身の痛みが戻る。
立ち上がろうとしたが、動けない。
そうだ、大破していたんだっけ。
目の前では、紀伊様とミノタウロスが対峙している。
私にトドメを刺しにきたミノタウロスから庇ってくれた様だ。代わりに紀伊様の魔刀でない方の刀が根本から折れている。
戯れの関係を持ったとはいえ、代わりの効く忍び一匹に優しいお方だ。
「紀伊様!某の刀を!」
「いらないよ。助太刀も不要」
紀伊様が普段と変わらない声で答えて、そして魔刀烈風を脇構えに構える。
正剣聖流に一刀術があるのは知っていたが、始めて見る構えだ。
入口付近では冒険者と魔術士が揉めている。大扉の外の冒険者はハーピーを避けられただろうか?
師範代は人間としては間違いなく強者だが、魔獣の出鱈目なパワーには対応出来ないだろう。
こんな時でも、忍びの私は冷静に観察を続けている。
治癒を祈ろうにも、痛みで声が出ない。
槍は突く、払う、そして叩いて使うというが、純粋に叩きつけれただけでもミノタウロスの怪力では致命傷になる。
ミノタウロスが十文字槍を振りかぶった。
対して紀伊様は凪いだ状態で、微動だにしない。
奥義[一之太刀]
十文字槍が振り下ろされる一瞬前に紀伊様が踏み込んだ。そして漢字の一の様に真横に刀を振るう。
紀伊様は、まるで何でもない様にただ横薙ぎに振るったが、そこに刹那の見切りと秘技があった。
ミノタウロスの首が刎られたのだ。
胴体が血を吹き出しながら倒れる。
この方は、いやこの方こそが[剣聖]
私は確信した。
☆☆☆
夜。
私は自らに[竜回復]を使い休んでいた。
奥への扉は魔術に寄って閉ざされおり、明日になってから魔術士に開けさせ先に進む事になっている。
しかし、こちらは既に七名。[鋼鉄の鍋]とエルフ、ウンディーネ相手に勝負を挑むのは剣聖様と師範代が居ても厳しい。
さて、どうしたものかと考えていたが、朝になり別の問題に直面する事になる。
夜の間に見張りの冒険者一名を殺害し、ベヌルが姿を消していたのだ。
今回ネタを練り込んであります。
経済学に関する認識は竜人忍びの個人の見解です。
(行動経済学等で修正もありますし。)
私の黒歴史がまた1ページ。




