半分
二瓶視点です。
女衒[ぜげん]って今の歌舞伎町などのスカウトみたいな職です。
トロールにより渡河を阻まれた我々は上流に向かい歩を進めていた。
盗賊崩れの冒険者の一人が複数の足跡が上流に向かっている事に気がついたからだ。
しばらく川沿いに歩くと夜営の跡が見つかった。
「先行の冒険者の夜営跡に、トロールの足跡もありやすぜ。旦那」
その盗賊崩れが言うには渡河地点はこのあたり。トロールも当初は[鋼鉄の鍋]に狙いを定めていたらしい。
「旦那、このあたりは水深が浅い。トロールが戻ったら事ですぜ」
「心配なかろう。あれだけ獲物が取れたなら、暫くは動かぬ」
盗賊崩れの言葉に対し、魔術士が言い放つ。
まわりの冒険者共が嫌な顔をするが、ベルヌは平然としている。誰でも、短い間とはいえ、知った顔がトロールに喰われるのを想像するのは気分が悪い。
「それより、渡河を急ぐ方が良かろう。雨が近くにきておるからな」
「カエデ、そうなのかい?」
「はい、雲の動きから数日降るかと」
ベルヌの指摘に紀伊様が尋ね、竜人忍びが答えた。
確かに空には雲が広がり、日差しはない。見れば川の水量も増している。上流では既に降っていたのだろう。
そしてロープを準備しているうちに、雨が落ちはじめた。
「ここは水深は浅いが、水流は早い。旦那、今すぐの渡河はおすすめしない」
盗賊崩れが告げてくる。
「これしきの雨。渡河すべきでは?エルフらとは、それほど離れてはおりませぬ」
ベルヌは川向うを眺めながら話す。私にも比較的ゆっくりな移動の[鋼鉄の鍋]に追い付つけそうな感覚がある。
夕刻近いとはいえ、今からなら日暮れ前に渡河は済むだろう。
「竜人忍び、何名か連れてロープを渡せ、日暮れまでに渡河する」
「待って二瓶、今日は、ここまでとしよう」
紀伊様が突然今日の渡河中止を決められた。竜人忍びは、さっさとロープをしまい、天幕を張る様に準備を始め、冒険者共もそれに倣う。
「紀伊様、今を逃せば四〜五日は渡河叶いません」
「二瓶、わからないかい?今、何名残っているか顔を見て数えてみなよ。」
今、残っているのは紀伊様と、某、竜人忍びに魔術士、そして冒険者十二名の総勢十六名。ロイターから出発した時の半分になっている。
そして、冒険者共は皆、疲労した顔をしていた。
ちなみに魔術士は軽蔑の色を浮かべ、竜人忍びは表情を消している。
「鍛えが足りませんな」
冒険を生業とするには体力が足りていない。だがそれを指摘しても意味がないだろう。事実として雨が止み水位が下がるまでは冒険者共を休ませるしかない。
天幕が張り終わる頃には、雨は本降りになっていた。
☆☆☆
「[大木の精霊よ、我が命に従い、暫し道を開け!]」(使1残29)
惑いの森にベルヌのエルフ語が禍々しく響き、結界を開いた。
雨と増水による停滞で、五日程時間を無駄にした。今日になり水位が下がった為、渡河をしたが下女達は森の奥に進んだだろう。
「[鋼鉄の鍋]を雇ったエルフは何が目的なのだ?」
何か知っている様子のベルヌに改めて尋ねるが、目的はわからないと平然と答える。ただ、エルフが今の様に五部族に分かたれる前の古い遺跡を目指している事は確だと言う。
「旦那、足跡を見つけましたぜ」
盗賊崩れが嬉々として話す。
冒険者共は雨での停滞中、保存食を齧りながら、「捕らえた女に女衒が幾ら出すだろう」と語り、隠れて禁じている酒を飲む者も居た。
女である竜人忍びと数名の女軽戦士は自然と集まり、なにかと情報交換をしている様だ。
ゴブリンの気配が珍しくしない森の中を我々は順調に進む。
欲望に駆られた者共は自然と歩みも早くなり、二日半で石畳が敷かれた街の様な所に着いた。
☆☆☆
「街の中央の建物に旗が翻ってますぜ。旦那」
どうやらこの街の今の支配者は魔族の様だ。
翻えるのは旧魔王軍の軍旗ではあるが、無論戦争当時の物ではない。
つまりこの街は魔族が管理している証拠である。
まだ屋根ある建物も多く、噴水も機能していて、中央の建物の大扉は閉じていた。
「魔術で閉ざされてますな」
ベルヌが腕を組んだまま大扉を見ている。
「エルフが閉じたのか。無駄なことを」
[開門](使1残29)
ベルヌが大扉に軽く手を触れると、扉は音を立てて開いた。
冒険者共は金目の物を探し街をまわっている。
エルフの街に魔族の旗となれば、魔法の品でも見つけたなら、間違いなく金になるからだ。
と、
噴水近くから、いくつかの悲鳴が聞こえた。
「旦那!上から……」
[火球](使1残26)
走っていた盗賊崩れが、降って来た火球に包まれ火達磨になる。
見れば上空に魔獣ハーピーが羽ばたいていて、次々と地上を走る冒険者に魔術攻撃をしていた。
それは戦いなどではなく、一方的な殺戮である。
「剣聖様、早く建物の中に!」
竜人忍びが叫び、紀伊様に続き自身も建物に駆け込んでゆく。魔術士も魔獣と術比べをする気はないようで、外には姿を見せていない。
こんな時の為の護衛だろうと、内心舌打ちするも、刀では遺憾ともしがたい現実に建物に駆け込んだ。
「なるほど、前に開け放たたれていたのを閉めたのは、この為か……」
ベルヌが何か呟いたが、あたりが騒然としていて聞こえない。
私が駆け込んだのを確認し、ベルヌが扉を閉じる。
[閉門](使1残28)
建物に駆け込めたのは八名。
「おい!ふざけるな!開けてくれ!」
「待ってよ、助けて!」
大扉の向こうから声がするが、大扉の近くのベルヌは知らぬ顔だ。
「ちょ、奥から何か来るよ!」
竜人忍びと共に奥を覗いていた軽戦士が叫んだ。
頭を下げたミノタウロスが突進して来ていた。
二瓶達は雨振る川岸で停滞していますが、雨の中、増水の恐れのある河原などでキャンプをするのは大変危険な行為です。
私の黒歴史がまた1ページ。




