不時露営
信濃視点です。
不時露営
山などで何らかの事態により、予定外に停滞しなくてはならない事。
基本的に失敗であり、既に遭難の危険が高い状況に陥っている事を示している。
何故17に魔術が使えたのか?誰も尋ねはしなかった。その姿を見れば分かるからだ。
「見ての通り、あーしは魔族だよ。でも下級だから[生活魔法]しか使えない」
魔術による偽装を解いた(解けた)17が私達に向け話す。私は干し葡萄を口に放り込みながら、その告白を聞いていた。干し葡萄と言葉を、ゆっくりと噛みしめる。
先程、残った最後の竜力を使い[竜回復]を行ったので、一晩寝ればミノタウロス戦で負った傷は全て癒えるだろう。竜力の回復も図りたいので見張り番を決めたら休みたい所ではあるが……。
「何故人間に偽装を?それに先の音声は?」
フール殿が疑いの目で17を見る。
「力ある魔族と違い下級魔族は生きづらいからね。特にあーしはディーラーやってたから、魔術によるイカサマを疑われる」
そう言うと17は笑った。
「魔術でバレずにダイス目イジれたら苦労しないっつうの」
それに関しては人間から超人と勘違いされている竜人の私にも理解出来る。竜力は確かに人にはない力だが、先の魔獣の魔力の様に大量に使える訳ではない。
「音声はあーしと信濃とで店に入った時に拾った。伝説の古魔族の声は何かに使えるかもってね」
[魅惑の伯爵夫人]の二つ名を持つ古魔族。初代勇者と死闘を繰り広げた伝説の魔族デポトワールの名は田舎者の私でも知っている。
魔都ハルピアや竜の島の歴史の影に見え隠れする闇の魔族としても。
そして、まだ何かを話そうとするフール殿に対し私は告げた。
この状況で疑心暗鬼はきりがない。
「依頼人殿の名も我らは知らない。フール殿、冒険者の過去は問わぬものと聞くが?」
「そうそう、それよりさ。ディッツはどう?」
フール殿は一瞬沈黙したが、思い直す様に、横たわるディッツ殿とその傍らのペプシに視線を向けた。ペプシは疲れた顔を上げると視線を返して寄こす。
「く、薬で眠っています。き、傷ついた内臓と折れた肋骨を癒やしたら神力が尽きました。火傷は薬を塗りましたが、砕けた肩の骨は固定しただけ、発熱もしていますし、神聖魔術で完治させるには二日はかかります」
誰となく溜息がでる。
「あーしが最初の見張りをするからさ、食事して寝なよ。心配しても竜力に神力に魔力。回復しないと動けないっしょ?」
確かに一番消耗が少ないのは17だ。それに今、ミノタウロスなどに襲撃を受ければ全滅する。
しかし17の青白い肌や青い唇。
声や話し方などは変わらない、いや変わらない故に違和感が拭えない。
「私は二刻も寝れば魔力は全開する。そうしたら交代しよう」
フール殿が告げた。
エルフの睡眠時間は人間の半分で済む。ゴブリンも同じと聞いたが、それを指摘すると大半のエルフは怒るか不機嫌になるという。
「ウンディーネは?」
私の問いにフール殿は首を振る。
「大量の真水を用意して魔力を注ぐ儀式をしないと再生不能。現状では水ぐらいは出せるが、瓢箪からは呼び出せない」
17が魔法陣を書いた羊皮紙を広げ起動させた。私が鍋を出しフール殿が水を注ぐ。私達は黙ったまま、塩辛い干し肉と石の堅さのパンを鍋に放り込んだ。味付けもせず、ただ煮るだけ。鍋を魔法陣の炉にかけ、食事の準備を始めた。
☆☆☆
翌日
「儂にも少し食わせてくれ」
朝食準備中にリーダーのディッツが目を醒ました。熱は下がっていない様だし、もちろん肩の骨折は癒えていない。
先程も上半身を起こす時にペプシが誤って触れた左肩を抑え暫く歯を食いしばっていた。
「肩を癒やさないと駄目だと、あーしは思うんだけど……」
「同感だ。もう一泊停滞した方がいい」
私と17の提案に17起動の魔法陣で湯を沸かしながら、首を振りフール殿が答える。
「肩の治癒の件は同意ですが、停滞は無理です。昨夜に警備用スチールゴーレムの巡回がありました」
全員がフール殿を見た。警備用ゴーレムの巡回とは……。ここは魔族の生きた施設という証だ。
「あーしの時は来なかった。交代後は熟睡していた」
17と同じく私も[竜回復]の効果で熟睡していた。油断していたかも知れない。体調も竜力も万全になったが、一歩間違えれば皆殺しになっていても不思議ではなかった。フール殿は何故、誰も起こさなかったのだろう。
「どこで入手したかは問いません。我々がまだ生きているのは、ディッツ殿の持つ[魔族の護符]の効果です」
フール殿の話によるとゴーレムの示した防衛機構の認識は施設への仮入場者と引き渡し素材になっていたらしい。十二刻の間は有効との表示がされていたそうだ。
今度は麦粥を啜るディッツ殿に視線が集まる。
「偶然だ。しばらく前の遺跡探索で偶然拾った護符にそんな効果があるとは。儂らにはツキがある」
17は無関心に髪をイジり、ペプシはまわりの顔色を伺っている。フールが表情を消しているのは警戒感からだろう。17が髪に触れているのは……良くない兆候だ。
「で、お前さんの目的地まで時間は足りそうか?それとも早々にここを出るのか?」
ディッツ殿がフール殿に問いかける。
!? 続けるつもりなのか!前提が狂いエルフの遺跡調査ではなくなったというのに。
時間制限は約九刻。更にミノタウロスの例からして、防衛機構への欺瞞は完全ではない。
「今を逃せば[神の寝所]の調査は二度と叶わないでしょう。続行です」
フール殿が告げた。
「マジで?」
17が呟く。
「だ、大地母神よ。この者の肩の怪我を癒やしたまへ」(使4残2)
ペプシが神に祈る。
「すまんなペプシ」
ディッツが左肩をゆっくりまわす。
そして私は一人、秘かに溜息をついた。
魔族の施設を探索するなど、狂気の沙汰だが、違約金を払い抜けるには、もう遅すぎる。
「フール殿、儂の護符については[遺跡探索]を参照して見るが良い」
「宣伝とは……流石は妖魔ドワーフやり口がえげつない」
「あーしはちょとしたサービスだと思うけど……」
「そ、そうですかね?」
私の黒歴史がまた1ページ。




