一難去って
視点フールです。
三日続いた雨も止み、私達は惑いの森の深部に向け進み始めた。
里に残っていた記録が正しいなら三日も歩けば最深部の[旧エルガの里]に付くはずだ。
そして目的地の[寝所]は更にその内側にある。
「この先に中継拠点に出来そうな場所はあるのか?」
ドワーフが尋ねてくるが、私が答える前にシーフが返事をした。
遺跡の荒れ具合によると答えるつもりだったのだが。
「依頼の調査期間が、だいたい一ヶ月っしょ?荒れ具合かも知れないけど、場所のあたりぐらいはあるよね?フール〜」
「17、お前には聞いとらん」
このシーフ、第一印象とは違い中々に鋭い所がある。探索予定から私の返答を読んで答えるのだから。
神官と竜人が「また始まった」と言う顔をする。
私も内心はともかく苦笑をしてみせた。
☆
そこから更に森の中を四日程かけて進み[旧エルガの里]の外縁部に辿り着く。結界のおかげか移動中、ゴブリン一匹見当たらない。
私はウンディーネを瓢箪から出し、先行させた後、里に入った。後ろから[鋼鉄の鍋]達がついてくる。
最初シーフが先行すると言ったが断った。どこからか魔力の気配が漏れていたからだ。
里に敷き詰められたドワーフ製の石畳は荒れてはいたが、かつての栄華の痕跡を残している。
資料から見て三日との読みは、里までの道が既に完全に失われていた為はずれたが誤差の範囲内だろう。
「ま、また小雨が……こ、これは霙ですね」
神官が掌を上に向けながら話す。今年は少し冬が早いのかも知れない。
本格的な冬の前に調査を終えられなければ、少なくともロイターまで戻り契約を延長して春を待たねばならないだろう。
「また雨?あーしは、もう天幕眺めるの飽きたんだけど?」
「馬鹿者、天気に飽きるも何もあるか」
シーフが上を見上げながら嘆き、ドワーフに、窘められている。
「でも結構、建物の屋根残ってるし〜」
「確かに朽ちていない建物が使えれば良いが、何が住み着いとるかわからん」
屋根の残る建物に中継拠点が作れれば雨は問題なくなる。
探索先の[寝所]は地下が主になるのだから。
だがその為には周りをしっかり確認する必要がありそうだ。先程から何者かの魔力の気配が漂っている。
アンデットが残っている可能性は否定出来ない。
「川でのドワーフの橋跡に石畳。太古のエルフの遺跡ではないのか?」
辺りを見渡しながら竜人が私ではなくドワーフに尋ねた。歴史を学んでいないなら、もっともな疑問だ。
「儂らの先祖はエルフに隷属させられていたと伝わっとる」
「だ、大地母神の教本ではエルガ族から、た、他部族が独立戦争を起こしたのが[エルフ戦争]の発端と記されてます」
歴史を学んでいるであろう二人が竜人の疑問に答えた。私が里で学んだ歴史とは違うが、外の世界との見解の相違は埋めがたい。
私が学んだのは竜や魔族を除いた全ての種族が我々エルフの指導の元、調和を持って暮らしていたが、エルガ族がエルフを主導する事に不満を抱いたアルガ族、オルガ族が妖魔神を呼び出した挙げ句に反乱を起こしたと言うもの。
[ダークエルフの乱]さえ無ければ、人間やゴブリンが蔓延る、今の混沌とした世界にはならなかっただろうし、魔族が増長して魔王戦争を起こす事も無かっただろうと学んだ。
同じ景色でも、見る窓が違えば印象が変わる。
「ドワーフ族がエルフに従属して建築を行っていたのは事実の様ですね。それだけでも、現地調査の意義はあると言うものです」
私は竜人に、そう説明をしてウンディーネと共に里の奥に進んだ。
☆☆☆
里の中央の近く、今も機能が生きている噴水の側の建物に私達は荷を置いた。
もちろん建物内の安全は確認している。
ウンディーネのお陰で飲み水には困らないが、体を拭いたりちょっとした洗い物をしたりするのに、噴水の水は便利だ。
そして中央の建物。里の資料にあった[寝所]の建物に皆で近づき仰ぎ見る。
「先客がいた様だな」
「こいつは想定外だ」
竜人とドワーフが呟き、神官は不安げな顔をした。
視線の先には古びた魔族の旗が翻っている。私の知る限りでは旧魔王軍の南方方面軍旗に見える。
魔術で封じられているはずの[寝所]の入口大扉は内側に向け開け放たれていた。
「なるほど、森にゴブリンがいないわけだ。あーしらも駆逐されない様にしないと」
シーフは肩をすくめる。
「な、何か居るのですか?」
「完全ではなくとも、何らかの防御機構は働いている恐れがあります」
私は溜息と共に神官に答えた。この分では期待していた資料の大半は魔族に渡ったか、最悪価値がわからずに廃棄されているかも知れない。
最深部の[寝所]の結界が破られたかどうか次第ではあるが、完全に無駄足の可能性も出て来た。
と、
[敵襲きます]
ウンディーネの声が頭に響く。
[水撃]×3(使3残27)
[瞬間氷結](使2残28)
上空から羽音がして、ウンディーネが水撃を上に向けて次々と放つ。
だが上から来た敵はそれを巧みに躱すと魔術を放った。
ウンディーネが一瞬で凍りつき、落下して砕ける。
「え、え」
「魔獣ハーピー!屋根ある建物に飛び込め!」
混乱する神官をドワーフが近くの建物、[寝所]に押し込む。
私も砕けたウンディーネの核だけ回収すると[寝所]に滑り込んだ。
こうなってしまうと、再生するには大量の水と時間と魔力が必要になる。
[火球](使1残27)
[竜加速]『燕返し』(使1残9)
魔獣ハーピーが放った火球を竜人が魔剣で斬った。魔術を斬るとは竜人とはいえ信じられない技量だ。普通なら火達磨になって終わる。
だが竜人は入口からは離れてしまった。
ハーピーの魔術を竜人は剣技と竜力でいなしていたが、このままでは時間の問題だろう。
「あーしが扉閉めるから、信濃!飛び込んで!」
「簡単に言う!」
魔術ハーピーは上空を旋回しつつ魔術を放つ基本通りの戦術を取っている様だ。
建物内には追っては来ないだろう。
私は入口まで戻り、矢を『連射』してハーピーを狙ったが掠りもしない。
それでも牽制にはなった様で、竜人が隙を見て建物に走り込んで来た。
すかさず扉を閉める。
「ま、前から、何か来ます」
しかし一難去ってまた一難。
[寝所]の入口エントランス奥から牛頭人身の魔獣が姿を表した。
魔族、魔獣や精霊は中魔術と呼ばれる無詠唱の魔術を使います。
対して普通の魔術師やエルフは詠唱が必要な小魔術を使います。
竜力は身体強化系で自身にしか使えません。
大魔法と言われる魔術は六冊の大魔法書との契約者しか使えず、威力が大き過ぎる為使い勝手が悪いと言われています。
ちなみに六冊の内訳は[勇者の書(杖)][魔王の書(冠)][妖魔の書(本)][魔術の書(珠)][妖精の書(本)][聖女の書(電子書籍アプリ)]となっています。




