自己責任
二瓶視点です。
甲高い呼子の音が青い空に響く。
それに呼応する様に魔狼の遠吠えが聞こえる。
「剣聖様、オークと魔狼が前方に集まっております。その数約二十、内訳はオークが七に魔狼がその倍近く」
偵察として先行した竜人忍びが告げてきた。報告を受けた紀伊様がこちらを見る。私は首を横に振った。
「我らの目的は下女に御座います。オーク討伐は蛇足に御座いましょう」
私は戦いを避ける様に進言した。実際には雇っている冒険者達ではオークにも魔狼にも勝てるかは怪しい。いや、戦えば勝てはするだろうが戦う理も利もない。
「戦わぬなら、道を逸れ避けるか、使者を仕立てるしかあるまいて」
魔術士が他人事の様に呟く。
冒険者共は浮足立ち中には逃げ出しそうな者もいる。
前の村では人数の多さに夜営を許されず、不満が上がった。
前金で十分な食料を買わず周りに乞う者もいる。
普段接していた[正剣聖流]の門弟達が常識を弁えた上澄みであったと認識を改めているところだ。
「カエデは使者として先行して話を。師範代は念の為戦闘準備してくれ」
紀伊様が竜人忍びを、いつの間にか名で呼ぶ様になっている。
竜人忍びには立場を弁える様に改めて伝えねばならないだろう。
☆☆☆
「しばらく前に火を焚いた後があります」
オーク達に[鋼鉄の鍋]が向かった先を教わり、我々は道を急いでいた。
出来るなら[惑いの森]に入る前に捕捉したかったからだ。
先日は竜人忍びが話を纏め、オーク達に通行料を一人頭銀貨二枚、総額で銀貨六十四枚支払った。
[金で解決出来る事は金で解決する]
言うは容易いが、払うのは[正剣聖流]の資産からだ。既に多額の費用を使ってしまっている。失敗は許されない。
「少し早いが、ここで夜営する」
紀伊様が宣言された。
少しでも先に行きたい私は反対だったが、冒険者共は荷を下ろし夜営する体制に入ってしまっている。
何故かこれといった荷を持たない魔術士が一人頷いていた。
朝
夜が開けると冒険者の数が減っていた。その数七名。
逃亡したのか?しかし何故?近くにはオークの集落しかないと言うのに……。
「冒険者が減っている。何故だ?」
竜人忍びに問いただすと、わざとらしく首を傾げ答えた。
「脱走に御座いましょう」
あからさまな偽りの答えに私は思わず刀に手をかける。
「怒りなさるな。奴らなら不死者蛍火に誘われ歩き去った故な」
魔術士が当然の如く隣から答えた。
「知っておったなら何故止めぬ!」
「あの程度の悪霊に魅入られし者など、必要ございますまい?」
魔術士はそう答え不敵に笑い、竜人忍びは素知らぬ顔をしている。
確かに後金の銀貨140枚が浮いた計算にはなるが、不死者に誘われし者は不死者になると言う。
生ける者として許すべきではないのではないか?
「忍びも冒険者も自己責任にございますれば……」
竜人忍びが呟いた。
☆☆☆
不死者蛍火の夜から歩く事数日、我々は山頂方向から流れる川の向こう岸に鬱蒼と茂る森が見える所まできた。
朽ちたドワーフ様式の石柱が対岸にあり、遠い昔は橋が架けられていた形跡が見える。
こちら岸には何もなく、対岸に大きな岩が転がっている所からみても、季節により増水する事がある川の様だ。
冒険者共は、居なくなった者達の残した食料や装備を分けた為、不満は見られない。
無論恐怖を覚えている者もいるだろうが、逃げ出せば人間の領域に帰る前にゴブリンに襲われる。
後悔するには遅い場所にいるのだ。
「あの石柱にロープをかければ渡河出来るな、カエデ?」
「可能にございます。剣聖様」
紀伊様の問いに竜人忍びが答える。が、竜人忍びは自身で渡河を始める様子はなく、体格の良い冒険者にロープを渡した。
冒険者二名が革鎧を脱ぎ、胴にロープを括りつけて渡河を始める。
もちろん何人かの冒険者がロープを掴み万が一に備えていたが、慣れているのか問題なく進んで行く。
一番深い所で冒険者の胸辺りまで水深があったが、渡れない程ではない。
やがて渡り終えた者達は石柱にロープを結び声をかけてきた。
「追加でロープを持って、何人か先に渡ってくれ、荷物はなるべく濡らさずに渡そう」
手際が良い理由を竜人忍びに聞けば、雇った冒険者のなかに賦役で兵役に付いていた者がいたらしい。
徴集した農民兵などは荷運びか数合わせが主な使い道なので、荷物を持った渡河の経験があっても不思議ではない。
☆
対岸で焚き火が始まり、半刻程で約半数が渡り終えた。
荷物も半分は渡し終え、竜人忍びが渡されたロープの上を歩いて渡って見せて冒険者達が手を叩いて喜ぶ。
「ほう面白い、見物ですな」
魔術士が呟き、対岸を見た。
「軽業師の真似事など……あの女、単に濡れるのが嫌なのであろう。忍びの分際で、やる気のない事だ」
私が答えると、魔術士はいやらしく笑う。
「いや、やる気を出しましょうぞ。命がかかるなれば……」
と、転がっていた岩が動いた。
火に当たっていた冒険者が、いきなり岩に捕まれ貪り喰われる。
「トロールだ!」
冒険者共の誰かが叫んだ。
その間にもトロールは二人、三人と冒険者をなぎ倒す。
後で纏めて喰うつもりだろう。
竜人忍びが十字手裏剣を取り出し投げつけたが、甲高い音を残し弾かれる。
他の冒険者は完全に恐慌を起こし剣を抜く者さえいない。
トロールに背を向け川に向かい、そして後ろから叩き伏せられる。
一方的で戦いにもならず、川に飛び込んだ者は慌てて転び流されてゆく。
「ベヌル!なんとかならないか!」
後ろから紀伊様が叫んだ。こちら岸の冒険者達は抜剣はしたものの、渡河しようと言う者はいない。
火球[使1残29]
魔術士が無詠唱で火球を飛ばした。狙い違わずトロールに命中するが、トロールに僅かなダメージを与えただけの様だ。
竜飛翔、二段[使2残3]
トロールに掴みかかられた竜人忍びは、咄嗟にトロールの上に跳び、更にトロールを踏み台にして川に渡されたロープの上に跳んだ。
そして、行きとは違いロープの上を走ってこちらに戻った。
必死の形相を見て魔術士は楽しげに口を歪める。
「ロープを切らねば、トロールが渡河してきましょうぞ」
数人の冒険者が必死にロープを伝い川を渡っている。その後ろからトロールが同じくロープを掴んだ。
「待て、二瓶!」
紀伊様がお止めになるも、私は抜刀しロープを全て斬って落とした。
「カエデ、怪我はないか?」
「ございません」
紀伊様の問いに竜人忍びが答える。
「二瓶、何人残った?」
「紀伊様に、それがし、竜人忍びに魔術士、そして冒険者十二名の総勢十六名に御座います」
「すでに半数以上か……」
私は黙って頭を下げる。
「ベヌル、いつ気付いた。それに無詠唱とは貴殿は魔族か?」
「カエデ殿が渡河された直後に、それに我が肉体には赤い血が流れておりまする」
魔術士は神妙に答えてはいるが、偽りの臭いがする。竜人忍びの直感が正しかった様だ。
「[鋼鉄の鍋]は既に[惑いの森]の内であろう。如何にする?」
「剣聖様、ロイターまで引くべきかと」
「恐れながら、これぐらいの魔術結界なれば抜けるのは容易くございます」
竜人忍びの消極策と不敵に笑う魔術士。
どちらも信じるには足りない。
「二瓶、そなたの考えは?」
「紀伊様の御心のままに……」
私は明言を避けた。
私の黒歴史がまた1ページ。




