停滞
ディッツ視点です。
「フールは、少なくない経費をかけて物見遊山に来た訳ではあるまい……」
昨夜、信濃がペプシに囁いていたのが儂にも聞こえた。
その通りだ。
大地母神の下級神官であるペプシが万が一にも離脱しない様にエルフは誤魔化したが、神降ろしの魔術式や儀式に使う魔法陣、祭壇等を調査する為に奴は来たのだろう。
フールというのも間違いなく偽名か通称で、発音しづらいエルフ語名の最後にエルガとつく名前なのに間違いはない。神降ろしが再現性が低い儀式なのも確かだろうが、研究改良に使う時間は山程ある。何しろ奴らはエルフなのだから。
だが今、儂がやらねばならん事は依頼人から、なるべく金を引き出し稼ぐ事。その為に浅いが、滑りやすい川をロープを持ち渡る事だ。
神がどうのは手に余る。どうしてもというならペプシに任せればいい。
「渡り終えたぞ。ペプシ、17、ロープを伝って慎重に来い」
ロープを適当な木に結びつけ、儂が声をかけると、まずペプシが次に17が渡河してくる。
エルフと信濃はその後で、殿は空中に浮くウンディーネだが、渡河中に足を滑らせるなどのアクシデントもなく渡り終えた。ロープを回収し纏めていると、空をみていたペプシがエルフに確認をしている。
「あ、あの雲、雨が近いかもしれません。」
「そうですね。ウンディーネの観測でも数刻後には雨になる様です。」
エルフとの話し合いの結果、トレント結界を抜けたら天幕を張り停滞した方が良いという結論になった。
大地母神の歩き巫女は雲など空を見て天候を予想する訓練があり試験もあるそうだ。
☆
「[トレントよ、我が声を聞き、古き盟約に従い、暫し道を開けよ]」(使1残7)
エルフが呪文を唱え念じていると、17に肩を叩かれる。そしてエルフ語の詠唱を妨げない様に小声で伝えてきた。
「ディッツ、あーしの記憶では夜営場所に、あんな岩無かったけど……」
川の対岸を見ると昨夜の夜営場所に3メートルはある岩が現れている。
!?
いつの間に……。もちろん動く岩などない。あれは妖魔トロール。捕食者だ。
トロールはその巨体に似合わず、襲いかかるまでは静かに近づく。また岩への擬態も上手い。
信濃は既に抜刀し、臨戦態勢だ。
「結界が緩みました」
「トロールが来ておる!急げ!」
エルフの言葉と同時に儂は叫んだ。
こちらが気付いた事が分かったのだろう。トロールは川を渡り始めた。足場が滑るので走れないのが救いだ。
「信濃!ペプシ!奥へ行って先を確認!」
後ろで弓音がして、矢が飛翔して行ったが、左腕を盾の様に構えたトロールにあっけなく防がれる。
エルフがトロールの目を狙ったのだろうがトロールも馬鹿ではない。
続いて乾いた音もしたが、トロールの肩辺りで弾が跳ねた。残念だが牽制にしても非力だ。
トロールの歩みは止まらない。
「胸の真ん中狙って肩ぁ?」
「結界の奥は問題ない!」
ペプシの呟きと、信濃の叫びが聞こえる。
「通り過ぎたら、すぐに結界を閉じます。急いで!」
エルフの叫びに儂と17は走った。この人数でトロールと殺り合ってはただでは済まない。
後ろから珍しいトロールの咆哮が聞こえた。
☆
「やばかった。あーしは……」
17の息が上がっている。儂も膝に手を付き肩で息をしていた。情けない姿を若い者に見せたくはないが、荷を持ち全力疾走はキツイ。
「トロールは結界の外を彷徨ってます」
森の外に目を凝らしていたエルフの報告に安堵する。もし儂らが渡河している途中で仕掛けられていたら、ただでは済まなかっただろう。
「は、早めに天幕を張りましょう。あ、雨が降り出しそうです」
息を整えた17が既に天幕の準備を進めている信濃を手伝い始めた。
なかなか息の整わない儂にはペプシが水袋を渡してくれ、それを飲んでやっと少し落ち着く。
「だ、大丈夫ですか?」
「すまぬな。少し鈍っていたようだ」
恥ずかしさと情けなさを隠す様に呟くが、エルフからは同情の目で見られる。
その後儂らはなんとか雨が降りだす前に儂らは天幕を張る事が出来た。
☆☆☆
天幕を張ってから二日、儂らは停滞を続けている。
本格的な雨が続き見知らぬ森を彷徨うのは危険性が高いからだ。
張られている天幕は三つで、エルフとペプシ、17としなの、そして儂の天幕になる。
「ディッツ殿、薬草茶はいかがですか?」
エルフが小さな薬缶を持って儂の天幕に入って来た。どうやら水出しではなく、湯で煮出した物の様だ。
雨の中では火など焚けず、もちろん天幕内で火を扱うなどは論外。
だがエルフや下級魔族の使う生活魔法は火が無くとも、羊皮紙に書かれた小さな魔法陣で少量なら湯が沸かせたりする。
天幕内とはいえ冬に向かう中、雨で気温は下がっていて、冷えた体に温かい茶は有り難い。礼を言って金属製のカップに茶をもらう。
「こちらもどうぞ」
エルフは小麦粉を蜂蜜を混ぜて練り焼いた保存菓子も勧めてきた。
甘い物は貴重で、冒険者風情の口にはまず入らない。こちらも有り難くいただく。
「そういえば、ディッツ殿に渡したい薬があります」
更にエルフが薬紙に包んだ小さな丸薬を三粒渡して来た。独特の匂いが鼻につく小さな物だが何の薬だろうか?
「腹を下したりはしとらんが……何の薬だ?」
「竜人丸と呼ばれる戦闘薬です」
エルフは禁制薬名を普通に告げた。
質の悪い傭兵などが使うシロモノで一時的に反射能力やら筋力やらを増す効果があるが、使用後に反動があり心の臓が突然止まったり、酷い脱力を起こしたりする。
竜人が使う竜力の様にも見えるので竜人丸と呼ばれるが竜力とは全く違う。
「お渡しする理由は、ご自身の方がお分かりでしょう」
儂の衰えを確実に見抜かれ、侮られているのが悔しいが、突き返す選択肢は儂にはない。
エルフの言う様にそれは自身が良く理解している。
「金は出せんぞ」
「元手はかかっていません。この森に生えていた[狂人茸]等が原料ですから。時間潰しですし手間賃もなしです」
雨除けが使えるエルフが近くを歩き回って薬草等を採取をしているのは知っていた。薬学に通じているエルフ製薬物は闇市に出回る質の悪い物とは違うので、副作用はそこまででもないはずだ。
使わなければ売って金に変えてもいい。
「なら、ありがたくいただく。他の連中には……」
「秘密にしておきます」
天幕からエルフが出て行った後、儂は情け無さに溜息をついた。
禁制薬
人間の多くの国、各宗教宗派、妖魔族連合、魔族などが定める禁止薬物の総称。
もちろん、これは表向きの話で戦闘薬などは特に、上記組織の他、犯罪組織や魔術師ギルドなどが、それぞれ研究を進めています。
薬
この世界では薬学においてエルフは最も経験があり、その技術や知識は人間より先に進んでいます。
(正式に薬学を学ぶなら、エルフ語は必須)
ただ人間に効いてもドワーフには効かないなど種族間で薬効に差がある為、ある意味現在より調薬は大変かもしれません。
私の黒歴史がまた1ページ。




