過ぎたる力は
ペプシ視点です。
獣道を歩く事数日、私達は山頂方向から流れる川の向こう岸に鬱蒼と茂る森が見える所まで来ました。
朽ちたドワーフ様式の石柱が対岸にあり、遠い昔は橋が架けられていた形跡がありましたが、こちら側には何も残っていません。
時と水の流れが全てを押し流したのでしょう。
優れたドワーフの技術でも、自然には逆らえない様です。
「川幅があり流れも速い、もう少し上流で渡河しよう」
リーダーのディッツさんが、そう話すと17が空を見た後、辺りを見渡します。
「オーク達の集落が多分あっちだから、あーしも上流に向かう方が良いと思う」
二人の言葉に依頼人のフールさんも頷きました。
「ただの博徒にしては地形が読めるのだな。」
「だから、あーしは馬鹿じゃないっつうの」
最近頻発する様になった掛け合いに信濃は無関係を装い、フールさんは苦笑している様ですが、何も話しません。
二人はたびたび言い争いをしていますが酷く対立する様にも見えず、どうやらディッツさんは17が、いずれパーティの中心になると考えている様に思えました。
橋のあった跡から一刻程上流に歩いた後、渡河に向いた場所を見つける事が出来、少し早いのですが夜営にしようと天幕を張ります。
今日は水で保存食を戻して食べるのではなく、数日ぶりに温かい食事を作る事になりました。
☆
「フール殿、向こう岸が[惑いの森]なのか?」
信濃がジャガイモの皮を剥きながら、フールさんに尋ねます。
「そうですね。トレントの魔力を感じますから」
フールさんは対岸に目を凝らし何かを探す雰囲気を見せました。
どうやら大木の精霊トレントの魔術により、[惑いの森]になっているそうで、トレントに干渉できる者なら奥に進む事は容易いそうです。
ただ逆にそうでないなら、オークが言う様に魔狼でも惑うとの事ですが。
「フ、フールさんは、と、トレントに干渉出来るのですか?」
「もちろんです。魔力は多少消費しますが問題ありません。」
私の問いに笑いながら、心配ないと答えてくれるフールさん。
普通の森は夕方になると、鳥が飛び回り、もう少し騒がしいものですが、対岸の森は不気味な程静かで、何かの力の気配がします。
私にはよく分かりませんが、それが魔力の気配なのかもしれません。
「フール〜。もし魔術に詳しかったら、あーしやペプシでも、トレントに干渉出来るもの?」
17が硬いパンを削り、粉にしながら話しかけました。
「魔術に詳しければ可能です。しかし、思っていたより結界が強固ですので、遺跡がゴブリンの巣の可能性は下がりましたね」
「湯が沸いたぞ」
火の番をしていたディッツさんから声がかかります。
私達はそれぞれ準備していた食材を鍋に放り込みました。
味付けは最近しなのがする事が多く、わずかな塩の他に香草なども使用されていて、皆に評判です。もちろん私も気にいっています。
☆☆☆
「フール殿、遺跡はエルフ戦争以前のものなのだろう?」
夕食が終わり少しくつろいでいる時にディッツさんがフールさんに話を切り出しました。
思うのですが、ディッツさんは絶えず情報を集めています。そして警戒を怠りません。仲間である私達に対してさえも。
「えぇ、私達はエルフ戦争ではなく、妖魔の乱と呼んでいますが……。」
大地母神神殿では第一次魔王戦争よりも更に昔、エルフの五部族は二つに分かれ戦争をしたと習いました。
ダークエルフに進化したアルガ、ウルガ、オルガ三部族とエルフの本流を主張するエルガ族が弓を交えたと聞いています。そしてイルガ族は同族どうしの争いを嫌い竜の島を含めた南方の島々や聖王国に移住したと。
ちなみに中立を保ったイルガ族は第一次魔王戦争で魔王軍に敗れ、竜の島の一部と聖王国に僅かに残るのみになっています。
「では[契約の石板]などが眠っている可能性もあるのか?」
「それは分かりません。あったにしろ流石に[契約の石板]は妖魔が持ち去っているでしょう」
「ちょっと!あーしにも分かる様に話してよ。お宝の話でしょ?」
二人の会話に17が口を挟みました。
「17、エルフがダークエルフに進化する際に[妖魔の神]と結んだ契約を記した石板があると言われている。それが[契約の石板]だ」
「へ?それがお宝なの?」
「か、神の記した聖なる品ですよ」
17の物言いに私はつい口を挟んでしまいました。
信じる神ではないとはいえ、神と交わした契約書があるなら、神官として是非見てみたい。
「ペプシ、問題はそこじゃない。ディッツもフールも隠し事は止めて欲しい。問題はそのエルフの遺跡には神招く術式があるかも知れない事だろう?」
黙っていた信濃が突然恐ろしい事を述べました。
「その通りだ信濃、契約を結ぶには話をする必要があるからな」
ディッツさんは肯定します。
「そ、そんな不遜なことが……」
「現に妖魔は存在します」
フールさんも否定しません。
大半が竜を信仰する竜人である信濃は平然としていますが、私は動揺しました。何と言う不遜。神と取引する発想事態が恐ろしい事です。
「へぇ~じゃあ、あーしでも直に神様と話せるチャンスあるって事?」
「何者かに神降ろしが叶えばあるいは。伝説では[妖魔の神]は高位エルフに降臨したとあります」
「ふ、触れてはいけない、き、禁忌なのでは……」
もし神降ろしの術式が存在するならば、どう考えても良い方向には向かわないと思います。過ぎた力は世界の安定を損なう事にしかならないでしょう。皆、自分だけは違うと信じていますが、愚か者なのですから。
「フフ……」
突然フールさんが笑いました。
「大丈夫ですよ、ペプシさん。少し脅しが過ぎました。」
「我々エルフの研究者の間では術式はとうに失われたと考えられていますし、術式があったにしても、一朝一夕で再現出来る儀式ではない上に成功確率の低い術式と推測されています。」
「現に第一次魔王戦争の時に呼ばれたのは神ではなく、異界の勇者だったではないですか」
私は担がれたのでしょうか?ディッツさんは「ロマンは金になる」とだけ言い、17は「まぁそうだよねぇ」と笑います。
私も愛想で笑って見せましたが、信濃が小さく呟いた一言が忘れられません。
「フールは、少なくない経費をかけて物見遊山に来た訳ではあるまい……」
前作「遺跡探索」の舞台がイルガ族の住んでいた島の一つです。
しかし日本は何か呼び出す事の禁忌感がファイナルファンタジー辺りから薄れた気がします。
女神転生2ぐらいまでは、人ならざるものを呼ぶ背徳感があったものですが……。
キリスト教圏では正気度が下がる行為も、日本ではそこまでタブーではないのは元からですが……。
私の黒歴史がまた1ページ




