捨て駒
二瓶視点です。
「やはり、出奔したようです」
ロイターの街の冒険者の宿の片隅で、私は竜人忍びの報告を受けていた。
先日、魔狼憑きに襲われた際、二人の門弟の内一人を失ったが、もう一人も出奔したのだ。
竜人忍びの話では出奔した門弟は負傷していたらしく、その負傷を隠していたらしい。
魔狼憑きによる傷は月からの魔力で魔狼人狼化を促す。
雇っていた冒険者で傷を受けた者は全て殺していたのが裏目に出た。
早い段階でなら、神聖魔法で治癒出来たというのに……。
「追えるか?」
「御冗談を。手遅れですし、相対しても、私では敵いません」
竜人忍びに尋ねて見るも、あっさりと躱される。
さもありなん。
剣聖流目録者と竜人とはいえ女忍び一匹では格が違うし、魔狼憑きと化していたなら魔剣を持たぬ者では傷一つ負わせられない。
だが、追えぬ事はないはずなのに断るのは単に面倒くさいからであろう。
この竜人忍びは最低限の仕事しかしないうえ、可能なら手抜く。
代りの忍びが手に入れば文字通り斬る予定なのだが……。
「待たせたね。現金を下ろして来たよ」
金融機関でもある魔術師ギルドから紀伊様が戻られた。
本来、現金のやり取りなど雑務は私の管轄なのだが、事、魔術師ギルドに関しては魔術による関係者確認が出来ぬ限り、ギルド内に立ち入る事さえ叶わない。
今、現在[正剣聖流]の口座に触れられるのは[正剣聖]その人と紀伊様、免許皆伝師範の高弟に正剣聖流の経理担当責任者の計四人。
既に[剣聖]の名には利が伴う様になって久しいのだ。
「で、信濃は、何処に消えたんだい?」
紀伊様は給仕に銅貨を放り、エールを頼むと席についた。
そして出て来たエールで口を湿らせてから尋ねる。
[鋼鉄の鍋]らが同行した商隊との契約は、ここロイターまで。
しかも契約更新の形跡はない。
「[剣聖]様、下女は仲間と共に西に向かいましてございます。」
紀伊様の問いに竜人忍びが、畏って答えた。わざとらしく[剣聖]様とつけて答えるのがあざとい。
しかし、それに付け加えた情報は貴重な物だった。
「西に向かった下女所属の[鋼鉄の鍋]に不良冒険者達が仕掛けた様です。ですがエルフ操るウンディーネに撃退され半数も戻らぬとか」
「紀伊様、やはり魔術は厄介ですな」
竜人忍びの言に被せてエルフ魔術の脅威を伝える。
紀伊様は優れた剣士、故に魔術を侮っているきらいが見えた。
確かに紀伊様なら、正剣聖流の剣の間合いに入れば、大抵の者は斬り伏せるだろう。
矢ならば躱すなり払うなりも出来る。
だが、魔術は払うも躱すも敵わない。
「ウンディーネか……流石に刀で水は斬れないね。」
紀伊様は苦笑した。正確には近づいて核を斬ればウンディーネは斬れるが、近づく事がままならないだろう。
「師範代、どのぐらい冒険者を雇えば良い?」
紀伊様が聞いてくる。
用意した現金を元手に冒険者を用意しなくてはならない。
上手く魔術師でも雇えれば別だが、そうで無ければ数が頼みになる。
だが人間が増えれば必要な糧食や水、それを運ぶ荷駄など際限なく金がかかる。
「追わず、この街で待ち伏せては?」
竜人忍びが進言して来た。やる気に欠ける者らしい策だ。
「帰ると考えてるんだ。信濃らの腕を買ってるんだね。」
「でも駄目だ。もし[上弦][下弦]が失われたら目も当てられない」
私が答える前に、竜人忍びと紀伊様が勝手に話をしている。
落ち着いたなら、本来流れの忍び風情が話せる方ではない事を指摘せねばなるまい。
だが今は紀伊様の世話役は私と竜人忍びの二人しか居ないから目を瞑ろう。
「主人を呼んでくれ、冒険者を雇いたい」
手を上げて呼んだ給仕に声をかけた。
☆☆☆
「なんとか頭数は揃いましたな」
宿で購入した紙に名を書き出すと我らも含め総勢三十一名になった。
確認していただく為に、その紙を紀伊様に渡す。
神官司祭はおらず全て軽戦士か盗賊崩れ。
正に捨て駒にしかならないだろうが。
「情弱がこんなにいるとは驚きです」
安堵する私を竜人忍びが皮肉った様だ。
情報の裏取りが出来ない者達だと言いたいらしい。
「[情弱]それは竜人の方言かい?」
紀伊様が紙に目を通しながら、竜人忍びに尋ねている。
私は張り出した条件の紙を確認し、かかる経費を計算していた。
条件を上げ過ぎただろうか?
[急募、逃亡竜人の拘束依頼。前金で銀貨10枚、後金で銀貨20 枚、拘束30日程度、前金に経費含む。30名程度]
斡旋してもらった冒険者達との契約交渉が不調に終わった為、公開依頼に切り替えた経緯がある。
斡旋依頼では相手がウンディーネ使いのエルフを含む冒険者だと分かると「割に合わない」と断られる事が相次いだのだ。
どうやらウンディーネによる一方的戦闘が生き残りにより広まったらしい。
仕方なく公開依頼にしたのだが、三十名近くが一刻立たずに集まった。
竜人忍びは、その噂さえ掴めない者達と主張したい様だ。
と、竜人忍びが立ち上がった。
「怪しい者ではない。エルフを追って、西に行くと聞いたのでな」
見ると無手で初老の、いや逆に若いのか?年齢の分からぬ男が話しかけてきた。
青白い顔をした赤黒い髪の男で、話し方に合わず声は若い。
顔色の悪さは遠目に見れば魔族に間違われるぐらいであろう。
「見るからに怪しいですが?」
いつの間にか、竜人忍びの手には十字手裏剣が握られている。
「渡りし者が魔術士を警戒するのは当然やもしれぬ。が、エルフ相手には役立つと思うのだがな」
「貴殿は魔術士か、願ってもない」
私も立ち上がると、男は微かに口角を上げた。
「ベヌル・バウムと申す」
竜人忍びは眉をひそめていたが、手裏剣は仕舞い込んだ。
こうして三十名近くの冒険者を雇い我々は西に向かった。
銀貨30≒金貨1枚
臨時雇いの冒険者には中々の好条件です。
が、実際は経費差し引き更に命を賭けるとなると、どうでしょう?
闇ではないが、グレー案件です(笑)
雇う側からすれば1ヶ月で捨て駒に金貨30枚以上出るのですから人件費は負担が大きい支出です。
失敗すれば生きて帰っても、責任を問われるでしょう。
何か世知辛い後書きになってしまいましたね。
私の黒歴史がまた1ページ。




