追手
二瓶視点です。
って誰?
「[剣聖]、魔狼に喰われていたのは服装からして商人の様です。」
「まだ、[剣聖]と呼ばれるには早いのですが……。」
竜人忍びの報告に、それでも満更でない様子で紀伊様は答えた。
[剣聖]
紀伊様の憧れる最強の剣士の称号。
周りの冒険者達も早晩、紀伊様を[剣聖]と呼ぶ様になるだろう。
紀伊様にはその資格がある。
正剣聖流の後継候補筆頭である紀伊様は[剣術]の天啓を持ち、3年前に齢、僅か14で免許皆伝を受けた天才だ。
だが反面、純粋(脳筋)である面も強く、ただ強ければ[剣聖三流]を統一した[剣聖]になれると信じている。
無論、剣術に強いだけでは最強にはなれても、[剣聖]にはなれない。
[剣聖]の名には既に様々な利権が絡んでいる。
紀伊様は剣術以外を計算するには純粋過ぎる。
ならどうするか?剣術以外の条件は自分が整えれば良い。
他流派の剣ではなく政治力が強い剣聖候補を闇討ちしたり、[上弦][下弦]の二刀を持つ者こそが[剣聖]であるとの噂を広め、病に臥せていた初代剣聖を襲わせたりしたのはその条件を満たす為だ。
裏仕事こそが自分の役割。
ただの下女に二刀を持ち逃げされたのは想定外だった。
どちらにしろ、今の第三代目[正剣聖]が病に臥せっている現在、次の[剣聖]に1番近い位置にいる男は紀伊様だ。
そして自分はそれを裏から支える男になれればそれで良い。
「二瓶、いや師範代。今日はここで夜営する。冒険者達に伝えて欲しい。」
「かしこまりました。紀伊様。」
未来の[剣聖]の命に恭順の意志を示す。
「あと夕食後、私の天幕で竜人忍びの報告を共に受けてくれ。師範代も気になるだろう?」
「無論です。相手は竜人、ただの下女とはいえ油断は禁物ですぞ……。」
紀伊様はたかが1人の竜人娘から二刀を奪うのに慎重を期す自分を笑う。
互いに剣士なら、剣を交えた方が早いと。
だが、それぐらい慎重で無ければ[剣聖]統一など叶わないだろう。
自分は冒険者のリーダー達を呼びつけた。
☆☆☆
「依頼人のエルフに[鋼鉄の鍋]、総勢5人か……。エルフが厄介ですな」
自分の呟きに紀伊様は不思議そうな顔をした。
紀伊様は魔術の恐ろしさをまだ知らない。
刀で切れぬ物などないと信じている。
臨時雇いの安価な[おのぼり]冒険者3組15名を除くと、こちらは紀伊様と自分、目の前の竜人忍びに門弟2名。
紀伊様はもちろん自分も、門下生も並の剣士ではないが、弓に優れ、魔術を使うであろうエルフには分が悪い。
「[鋼鉄の鍋]の内訳は?」
調べてあった事なので、紀伊様の質問に自分が端的に答える。
目標である竜人の信濃
リーダーのドワーフ戦士ディッツ
シーフあがりの博徒17
大地母神の下級神官ペプシ
「ペプシで、ございますか?」
黙って聞いていた竜人忍びが聞き返してきた。
「?、どうした?知人か?」
「こちらに来てから飲めなくなったと改めて……いえ、何でもございません」
?
変な女だ。
竜の島から流れてきた抜け忍であろうが、妙に博識であったり、常識外れであったりする事がある。
多分、閉鎖された忍びの里がそうさせたのであろう。
色々問題はあるが、金さえ払えば、それなりには仕事をするので、重宝している。
「エルフを取り除けないか?」
「魔術を防ぐのなら、冒険者達の数に任せた方がよろしいかと。」
この女、自分の実力と分を弁えている。
端的に言えば、必要分しかやる気がないのが欠点だ。
☆☆☆
「う、ぐぅうあー」
夜。
[おのぼり]冒険者の見張りを交代で残し、休んでいた我々はその見張りの間延びした悲鳴に叩き起こされた。
「化物だ!見張りが殺られた!」
遠くでは魔狼の遠吠えが響いている。
人数さえ揃えて居れば魔狼が襲ってくる事は珍しい。
また、襲われたにしても何名かを餌として持ち帰れるなら魔狼深追いはしてこない。
「ひ、逃げろ!」
「化物が出たぞ!」
しかし様子が変だ。
[おのぼり]冒険者に魔狼は荷が重いとはいえ、あまりに混乱が過ぎる。
それに夜営地を不用意に離れ森に逃げ込むのは、それこそ魔狼の思う壺だ。
と、
天幕近くから唸り声の様な吠え声が上がった。
「いったい、何事だ?」
二刀を携え天幕を出ると、突然黒い塊が飛びかかってくる。
咄嗟の事で二刀抜く事は能わず、利き腕が抜きたる一刀にて斬りつけ攻撃をいなした。
不覚。
抜きざまの一刀は澄んだ音を立てて、その半ばから折れた。
天空には明るい月が輝く。
怪我こそ無かったが、完全に相手を見誤っていた。
「人肉、美味い」
唸る様に目の前の化物は告げる。
「魔狼憑き!」
人狼の上位種とも言える化物。
魔狼憑きが厄介なのは、人狼が理性と知能の両方を手放すのに対し、理性しか手放さない事だ。
そして人狼と同じく通常の武器は効かない。
それを理解していなかったのか、門弟の一人がやはり一刀を折り、腹を裂かれてうずくまっている。
即死はしていないが、内腑がはみ出しているので、神聖魔法が無ければ苦しみ抜いて死ぬだろう。
自分の持つ刀は銘こそないが、業物の類だ。
だが、魔力付与は勿論無く、魔狼憑きに不用意に斬りつければ刀の方が傷んだり、折れたりしてしまう。
残り一刀を構えてはいるが、進退窮まった。
「冒険者は逃げたね。」
後ろから声がかかる。
紀伊様だ。
「私のは一刀は魔剣だから、もう一刀は預けるよ。二瓶」
そう言うと一刀を外し、もう一刀の魔剣、銘[烈風]を抜いた。
魔狼憑きは、こちらに踏み込む構えを取っているが仕掛けては来ない。
いや、来れないのだ。
味方である自分が気圧される程の殺気が紀伊様から発せられている。
普段は抑えている紀伊様の気がこれ程とは……。
やはり[剣聖]は、この方しかいない。
咆哮と共に飛びかかってきた魔狼憑きを紀伊様は、あっさり斬って捨てた。
おまけ 忍び視点
「竜人忍び、癒せるか?」
出てしまった臓物を抱え苦しむ門弟を見ながら師範代が尋ねてくる。
自称至高神の声を聞いた私は神聖魔法が使える為、便利使いされている。
竜を信仰する竜人に神聖魔法の使い手は少ない。
〘自称はしていませんが〙
ん?何か幻聴が聞こえたか?
「臓物を収めたなら、傷を塞ぐ事は叶いますが……」
口調にやれと言うならやりますが感を込めて返事をする。
傷を塞いでも、その後起きる感染症を癒やすには更に神聖魔法が必要で、更にライカンスロープ症の感染も考えるとリソースが足りない。
「介錯してやれ」
師範代が、あっさりと言う。
私は愛用の鎌を振り上げた。
最初は血さえ怯んでいたのが、慣れとは恐ろしい。
「[おのぼり]で傷を負った者も全て介錯しろ。魔狼憑きが増えたら事だ。」
魔狼憑きや人狼に傷をつけられると呪いが伝染る。
感染症の概念がないこの世界の人でも、経験則から知られている事だ。
黙って頭を下げたが、正直面倒くさい。
放って置いても、大半が発病前に魔狼に喰われるだろうから心配ない。
近づくなら言葉による警告だけして、殺してまわる事はしないと決めた。
夜営地を出発出来た[おのぼり]は7名。
8名が死ぬか行方不明になった。
冒険者は命懸けの商売だ。
私の黒歴史がまた1ページ。




