第98話
「あの。お兄ちゃんは?」
「……え……っと……」
ユエルは言葉に詰まる。
今の司は知り合って間もないユエルですら心が痛くなってしまう。もしも蒼が見たら彼女が感じる苦しさはユエルの比では無いだろう。そう考えると誤魔化しておいた方が良いのかも知れない。
「あ、あの……司くんは……」
適当に嘘を言って取り敢えず蒼をこの場から移動させようとしたユエルだが、そんな姑息な思考は通用しないものだと思い知る事になる。
「え……お、お兄ちゃん? な、何してるの?」
目の前に広がっている光景が信じられないのか、蒼は驚愕で声が震えていた。
ユエルは思わず司の方へと視線を移す。するとそこには蓮の首を絞めながら持ち上げている司の姿があった。
「つ、司くん!」
「ユエルさん! お兄ちゃんを止めてください!」
まだ全快では無いのか思うように体が動かせない蒼は、そのままの体勢でユエルに必死の訴えをした。
「あの蓮って人、『まだ生きている人』ですよね? あのままじゃ、お兄ちゃんが殺人犯になっちゃいます! そんなの絶対嫌です! 私の為に、お兄ちゃんが罪を犯すところなんて見たくないんです! お願いします、ユエルさん……あなたしか居ないんです!」
「――ッ!」
蒼の目から零れた涙を見て、そして彼女と同じく司には犯罪者になって欲しくないという思いが働いて、ユエルの中から迷いを完全に消し去った。
気が付いた時にはもう、ユエルは司の元へと全力で向かっていた。
「かは……っ……ぁ……」
蓮は司の手首を掴み必死の抵抗をするが全て無意味に終わっている。最期の足掻きを見せる蓮に対し、司は鬼の形相で腕をプルプルと震わせながら首を絞め続ける。
「お前だけは……お前、だけは……!」
司がより一層力を強めた、まさにその時だった。
「止めてください、司くん!」
「……!」
蓮以外への注意が散漫になっていた司はユエルの声でようやく自身へと迫る跋の手に気付いた。大きな手が彼の体側面にヒットし、そのまま薙ぎ払われた司は蓮の首から手を離す。その事によりようやく解放された蓮だが彼はヨロヨロと数歩ふらついた直後に膝から崩れ落ち、その場に倒れてしまった。
司によって完膚無きまでに打ちのめされただけでなく、抵抗力も底を尽きたのだと考えれば自然な現象だ。寧ろ死ななかった事が不幸中の幸いである。
「先輩……何するんですか? 邪魔しないでください!」
受け身を取った司は立ち上がってユエルを睨む。
來冥者としてあれだけの戦力差を見せられた直後に向けられる鋭い眼光は、思わず怯んでしまう程の迫力がある。いつものユエルであればビビってしまう場面だが今の彼女は司を前にしても引かない。




