第97話
「……はぁ、はぁ……この……!」
地上では不利だと判断した蓮は翼を羽ばたかせ上空へと一旦避難する。司に空中浮遊の性能があるかどうかは不明だが、あったらあったでその時に考えれば良い。今は少しでも司に対する分析の時間が必要だと蓮は結論付けた。
蓮は先程のお返しと言わんばかりに、先端が鋭く尖った鉄の羽根をマシンガンの如く両翼から乱射した。銃弾と言って差し支えないそれは鯨夢の都の地に次々と降り注ぎ、土煙を発生させながら蜂の巣にしていく。
数撃てば当たる戦法のように見えるが蓮も脳死で撃っている訳では無い。今銃口の役割を担っているのは翼だ。横長に広がっている都合上、鉄の羽根の落下地点は限られている為に照準を定めないと狙った標的に当てる事はできない。
だが、結果から言えば蓮は一発も司に当てられていなかった。
先程から司の居る位置および彼の移動先を先読みして速射しているにも拘らず、彼の移動速度と回避能力が蓮の射撃速度を完全に凌駕していたのだ。
どれだけ撃っても鉄の羽根は司には当たらず、この周辺の地をただ破壊して地形を壊すだけとなっていた。
やがて司は回避を続けながら高速で蓮の斜め下まで移動し、跳躍一つで彼と同じ高さまで垂直跳びをする。
「……!」
司は蓮の顔を手で掴み、そのまま勢いよく彼ごと真下に落下して豪快に地面に顔面を叩き付けた。
「……」
司にとって今の蓮はストレス発散用のサンドバックのような存在になっており、一方的な蹂躙がその後行われた。
反撃の隙は生まれずカウンターを仕掛けようという気力も湧き上がらない程の攻撃が蓮の全身に高速で叩き込まれ、彼は限界寸前の瀕死状態にまで追い込まれる。
自慢の翼はとうの昔にボロボロに破られ羽ばたく事すら叶わなくなり、立つだけで精一杯であった。
そして変わり果てた蓮を前にしても、司は攻撃の手を止めない。司の攻撃は拳や脚を使用した打撃技だけでなく、來冥力によって発生させた稲妻による電撃やマグマのような灼熱の弾丸で撃ち抜くなど、ありとあらゆる手段で行われていた。
常軌を逸した來冥力と司の強さに、蓮は手も足も出ていない。状況処理速度、反射神経、戦闘経験、來冥力などの、彼ら來冥者同士の戦闘の勝敗を決定付けるあらゆる面において蓮は司に負けていた。
文字通り住む世界が違うその桁違いの強さは、これまでの司がいかに手加減していたか、そしてあくまでも目的は蓮の逮捕であって彼を痛めつける事では無いと思いながら戦っていたかがよく分かる。
だが今は違う。蒼が目の前でやられ、完全に堪忍袋の緒が切れた司は手が付けられない状態だ。そんな中、蓮は血まみれになりながらも必死に耐えている。
これほどまでに実力差があるのに蓮がまだ耐えられているのは、司が彼の実力を正確に把握しているからだ。『どれくらいの本気を出せば蓮を殺さずに、かつそのラインギリギリで痛めつけられるか』を、司はここまでの戦いだけで見極めてしまった。
蒼と同じ苦痛を味わわせる。司が口にしたこの発言を彼は実行しているのだ。決して殺さず、蓮がギリギリ死なないレベルに調整した超火力を、一瞬の間も空けずに与え続けている。
「司くん……」
蓮は確かに許せない憎むべき存在だ。だが憎悪に支配された今の司はとても見ていられず、ユエルは悲痛の声を上げる。
さすがに彼を止めた方が良いのではと迷いが生まれた時、寝起きのような声が小さく聞こえた。
「ぅん……ユエル、さん?」
「……! 蒼ちゃん! 目が覚めたんですね!」
「あれ、私……そっか……あの時あいつに攻撃されて……もしかしてユエルさんが治してくれたんですか?」
「はい。もう大丈夫ですよ。後はゆっくり安静にしていれば完全回復しますから」
蒼には不安な顔を見せてはいけないと判断したユエルは意識して笑顔を作り、優しく言葉を掛ける。そのおかげか蒼は心底安心した様子になり、ホッとした表情になった。
「ありがとうございます。まさか敵だと思っていた人に助けられるなんて……ユエルさんは命の恩人ですね」
「あはは。そんな、大袈裟ですよ」
一安心したのも束の間、蒼は仰向けになりながらも顔をキョロキョロと動かして司を探し始めた。




