第89話
これはマキナとの戦いで使った戦法と同じだ。
だがあの時と異なるのは使用した藍色の球の数。破片集めゲームでは一個ずつだったが今回は二個ずつだ。ステータスが飛躍的に上昇している跋を相手にするのは苦戦を強いられるだろう。
ちなみにラスト一個の藍色の球は予備としてユエルは残しておいている。
「……」
声を発しない跋は無言でゆっくりと腕を引き、照準をガルムに合わせながら距離を詰めて行く。
「ギャアアアオッ!」
ガルムはそんな跋に一切の怯みを見せず口を大きく開けて同様に突っ込んで行った。
やがて跋の拳がガルムの顔面手前まで迫った時、ガルムは豪快に齧り付いた。
普通であればそのまま喉を貫通して体外へと拳が突き出てもおかしくない破壊力を秘めていたが、寧ろガルムの方が優勢だ。鋭い牙が跋の拳にメリメリと食い込み、今にも咬み千切りそうである。
基本的にガルムのような咆哮を上げたりする事は無い跋だが、この時ばかりは違った。強烈な激痛のせいで猿轡をされた人間の口から発せられたような悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと跋……! 落ち着いて……! 今治すから!」
やはり念の為に球を一つ残しておいて良かったと思ったユエルは、まだ蓮との戦いで披露していなかった最後の能力『治癒』を使用した。
文字通り回復を行う能力であり、実際に負った傷を癒すだけでなく痛みも瞬時に消す事が可能だ。今の状況を打破するにはピッタリと言えるだろう。
ユエルはそう思っていた。
「え……。な、何で……」
間違いなく『治癒』を使用したはずだ。それなのに跋は今も変わらず悲鳴を上げ、苦痛をユエルに訴えている。
「無駄だ。お前の回復能力で跋を治療する為には、ガルムが与え続けているダメージを上回る回復量が必要だ。でもお前は強化面に力を配分し過ぎているせいで、それだけの回復量を出せていない。つまり跋を苦しみから解放したい場合、取る方法は一つしかない」
「『新星』か『召喚』のどちらか、もしくは両方の強化分を取り除いて、その分『治癒』に分け与える……」
「ああ。だがそうすると今度はガルムに対抗できるだけのパワーが確実に不足する。まぁ俺はどっちでも良いけどな。そいつの手が引き千切られるのが先か、ガルムに力負けするのが先か……決めるのはお前だ」
ユエルとの戦闘を経て彼女の性能と能力を完全に理解した蓮は、この場における主導権を握ってしまった。
『治癒』に全力を注いだらその瞬間一気にガルム側に天秤が傾き、反撃の隙を与えられる前に倒される。
逆に意地を張って今の回復量のまま『治癒』を使用し続けても跋の傷は治らず、寧ろまともに戦闘できない状態が力尽きるまで続く。
すなわちどちらを選択しても負けは必至だ。この選択に果たして意味はあるのだろうか。ユエルは自身にそう問い掛ける。
「……っ……」
次第に暴れる力すら奪われてきたのか跋の動きが弱々しくなっている。一体どうすれば良いのだろうかと悩んでいた、まさにその時だった。




