第86話
「もう、司くん。蒼ちゃんを守るのは良いですけど、自分の身の事も考えて行動しなきゃダメですよ」
注意の言葉を口にしながらもユエルの視線は蓮とガルムに向けられたままだ。
先程のガルムによる刃の雨は逆にユエルに絶好の攻撃手段を与えた。『吸収』によって一箇所に集めた数多の刃はもうこちらのものとなっており、これをどう使うかはユエルの自由である。つまり主導権はユエルにある訳だ。
「はぁあ!」
気合いを入れてユエルが右手を前方に突き出したと同時に、吸収した全クナイ型の刃がガルム目掛けてマシンガンの如く発射された。それも先程ガルムが放った時よりも高速となっており、殺傷能力と貫通能力は格段に上昇した強化版となっている。
どうやら『吸収』の原理は圧倒的な風力を生み出し自由自在に操る事で、あの吸引力を生み出しているようだ。普段はそれを引き寄せに使用する事で吸引の性能を見せているが、今回のように追い風として使用する事も可能である。
ただ吸引として使う事の方が多い為、ユエルはこの能力を『吸収』と呼んでいるのだ。
自身の攻撃に牙を剥かれる事になったガルムだがそこは百戦錬磨と呼ぶべきか、一切の動揺を見せなかった。
「ギャオオオアアアアッ!」
人の声では生み出せない獣の雄叫びを上げたガルムは、口を大きく開けエネルギーを集約させていく。やがて一つの大きな塊になった光弾を咆哮と共に解き放った。
ユエルに飛ばされた事で刃の威力が増していたとは言え所詮は銃弾の延長線である事に変わりは無く、それらは光弾に触れただけで塵の如く粉々に消し飛んでいく。あれだけ存在していた数多の刃が全て儚く飲まれる光景はエネルギー量の違いを物語っていた。
勢いが衰える事無くユエルと跋に迫る中、彼女は地面を蹴って宙に浮かぶ。元々浮遊性能を所持しているユエルはそのまま天高く跋の頭上付近まで上昇した。
そして周囲の物体を焼き尽くしていく光弾を見ながら、斜め後ろに居るであろう司に向かって叫ぶ。
「司くん! この場から蒼ちゃんを連れて離れてください!」
「……! 蒼」
これから何が行われるかを瞬時に理解できた司は素直にユエルの指示に従い、少しでも距離を取る事を試みる。
「え? きゃあっ!」
蒼をお姫様抱っこした司はそのままダッシュとジャンプを繰り返してこの戦場から素早く避難していく。まるでパルクールのような動きだが、その移動力と機動力を人一人抱えたまま行えるのは來冥者ならではと言えるだろう。
「お、お兄ちゃん! ユエルさん、大丈夫かな?」
「話しながらだと舌噛むよ。彼女ならきっと大丈夫だ。それに蒼を安全な場所に送り届けたら、僕も参戦する。さすがに一人で戦わせる訳にはいかないからね」
「お、お兄ちゃん! その……わ、私も戦うよ! さっきまではあれだったけど、もうあいつには慣れたから! 多分。ちょっとデカいモンスターとでも思えば……」
「バカ。蒼を危険な目に遭わせる訳にもいかないでしょ? 蓮の目的は僕たちを『倒す』事じゃなくて僕たちを『殺す』事だ。今まで蒼が潜り抜けて来た戦闘とは文字通り世界が違うんだよ。いいから僕たちに任せてよ」
キリが良い所で大分離れた所にやって来た事を確認した司は停止して蒼を下ろした。基本的に鯨夢の都は広場と中世的な家が全体の大半を占めているような場所になっており、周囲の景観はさほど変わらなかった。




