第72話
「これで蓮はお前を助ける為にここにやって来る訳だ。自分の方からわざわざ出向いてくれるなんざ、寧ろ大歓迎だ」
「……。一つ訊いて良いですか?」
暦は必ず蓮が助けに来てくれると信じているのか、声が震えているのは変わりないがどこか落ち着いている。
「何だよ」
「もしかしてですけど、私の事色々と調べましたか? 私の事をどこまで知っているんですか?」
恐らくは蓮が来るまでの時間稼ぎのつもりだろう。それは分かった上でカムリィは付き合う事にした。先程もカムリィが口にしたが、指名手配犯の蓮の方から来てくれるなら有り難い事この上ない。今の暦は餌のようなものだ。
ならば蓮がやって来るまでの暇潰し程度に思っても問題は無いはずである。
「確かにお前の事は色々と調べさせてもらった。んで、その結果知った事は四つだ。一つ、お前が協会を受けたのは三年前である事。二つ、同時期に実は來冥者である蒼が同じく協会を受けていて、その時にお前は蒼と知り合った事。三つ、蒼は合格したがお前は補欠合格であった事。四つ、運良く席が一つ空いた事で繰り上げ合格になりはしたが、何故かお前は辞退して異世界創生班として入った事。こんくらいだな」
「なるほど、結構調べてますね。その通りですよ」
司は以前ユエルに蒼の事を話した時に、蒼が『協会を受けた時に同性の友達ができたとはしゃいでいた』と口にしていたが、その『友達』が暦だったのだろう。
「最初は何故お前が辞退したのか気になってたが、蒼殺害の件に絡んでいると知った今なら何となく分かるぜ。まず『空いた席』ってのは蒼の枠だ。死んじまったせいで、その分空いたって訳だな。嫉妬か何かの感情で衝動的に蒼を殺しちまいそうになり、最終的にはお前の彼氏の手によって本当に殺された事で、少し冷静になったお前は怖くなったんだろ? それで少しでも疑いの目が自分に向かないよう、適当な理由を付けて辞退した。もし繰り上げ合格をそのまま受け入れたら、『それ目的でやったんじゃないか』っつー事で、動機の線から疑われるかも知れねぇからな」
「……」
「協会にやって来てからもだ。少しでも余計な疑いを持たれたくなかったお前は、『最初からラスボス役のオーディションには落ちていて、異世界創生班として入会した』って設定で周囲の人間を欺いてきたんだろ。わざわざ他人の経歴を事細かにチェックする仕事仲間なんざいねーだろうからな」
「……さすが……ですね。ちなみにですけど、私の事を調べようと……そういう気持ちにさせたキッカケでもあったんですか?」
「勘違いすんなよ。俺は別にお前を蒼殺害の犯人として疑っていた訳じゃない。現にさっき蓮との会話を聞くまではまさか事件に関わっていたなんて思ってもいなかったしな。こうしてお前を追って来たのも、明らかにトイレって感じの雰囲気じゃなかったからってだけだ。ただ『天賀谷蒼』については今回の異世界が始まる前から知っていたんだろうなとは思ってた」
「え? ど、どうして」
暦の疑問に答えるべくカムリィは仕事用ノアを展開後、異世界創生会議で使用したパノン運用に関する資料を彼女に見せた。ちょうど登場人物に関するページだ。
「天賀谷蒼に関する情報は、『名前』と『役割』しか記載されてねぇだろ? 蒼って名前は男でも女でも有り得る名前だし、俺はあの時居たメンバーに対して『妹』とは一切口にしていない。つまり蒼の事を何も知らない奴からしたら、司との関係性は家族であれば妹に限らず有り得た訳だ。けどお前、あの時司に『相手が妹さんでも私情を挟んだらダメだよ』って言ってただろ?」
「……」
確かにそんな事を暦は司に対して言っていた。後悔しても遅いがその失言が無かったらカムリィとこうして対峙する事も無かったのかも知れない。
「でもお前は蒼の事を知らない風に振る舞っているし、少し気になって色々調べたって感じだ。ニュースで知ってたっつー設定でいけば良かったものを……『疑われたくない』っていう不安から、お前は『天賀谷蒼という人間については一切知らない』っていう風に振舞いたかったんだろ?」
まさにカムリィの言う通りであり、暦は居たたまれない気持ちになる。何故この男はここまで自分の考えが分かるのか。その疑問で脳内が埋め尽くされた。
「ま。そもそも蒼に関する話は一切口にしない方が良かったし、彼氏のおかげで協会に入れたってユエルに話したのも余計だったな。蓮が蒼を殺した事で繰り上げ合格になったお前は確かにラスボス役を降りはしたが、それはあくまでも結果的に恐怖心の方が勝ったからに過ぎない。蒼が殺されなかったらそもそもお前は協会に落ちていた訳だし、今ここに居る事も無かっただろうよ」
蓮が蒼を殺してくれたおかげで今の暦がある。もしも彼女が恐怖心を感じないサイコパスであれば、今頃ラスボス役として活躍していた可能性だってある。
カムリィの言う通り結果的には恐怖に支配されてラスボス役を辞退した訳だが、協会への入会ができたのは『ラスボス役の繰り上げ合格』の道を作ってくれた蓮のおかげなのだろう。
「……。犯罪者にアドバイス送るのはあれだが、お前……用心深さが中途半端だ。結果的に、その中途半端さがお前を調べようと思ったキッカケになっちまったんだからよ」
カムリィがそこまで言うと暦は諦めたように小さく息を漏らす。
「……。私、昔からよく近所の子にイジメられていたんです。ほら、こんな見た目だし、暗いし、口下手だし。見返してやりたくて協会のオーディションを受けても毎回落ちて……。そりゃそうですよね。來冥者としては弱い、演技力も不十分……そんな奴、落とすのは当たり前ですよ。あの時、補欠合格にまで漕ぎ着けたのだって、奇跡みたいなものです……」
自分自身について暦は語り始めた。彼女が最も欲していたもの、それは誰にも負けない自分だけの強みだったのだろう。
面接ではよく聞かれる定番の質問『あなたの強みは何ですか?』に対する回答を暦は持ち合わせていなかった。




