第70話
「……」
「おい、暦。どうした? いつにも増して暗い感じだが」
どこか放心状態の暦に気付き、カムリィが声を掛ける。肩をビクッと震わせた暦は明らかに動揺している人のそれであり、慌てた様子で返答をした。
「あ、い、いえ、別に」
「ふーん」
カムリィはジッと暦を見る。明らかに先程までとは様子が変わっているのだ。何かあったのだろうかと疑う方が自然である。
やがて暦は急に立ち上がり、震えた声でカムリィに話し掛けた。
「か、カムリィさん。すみません、私お手洗いに行って来ても良いですか?」
「ああ。別に良いぞ」
「それじゃあちょっと失礼しますね」
そう言って暦は逃げるように異世界転移部屋-E-から出て行った。
「……。さて」
カムリィはヘッドセットを装着してからパノンへと通信を再度繋げる。
「司。ユエル」
「はい、どうしました?」
呼び掛けた数秒後に司が反応を示す。
「暦がトイレ行ったんだが、俺も行きたくなってな。監視役が二人揃って居なくなるのは申し訳ねぇが生理現象だしそこはしょうがねぇって事で。連絡はしておこうと思ってよ」
「分かりました」
「おう。それじゃあ」
監視役が二人とも居なくなる場合はラスボス役に連絡をしなければならず、カムリィは律儀にもそれに従った。何かあった時にはユエルが何とかしてくれるはずなので心配は無いが、カムリィも暦も今は居ないという事実を知ってもらった方が、その時に彼らも判断しやすくなるだろう。
カムリィはヘッドセットを外すと経過速度差を二〇倍に再設定し部屋を出る。
トイレに行きたくなったというのは嘘で、本当は暦の様子が気になり彼女の後を追いかけようと思ったのだ。暦が席を立った理由が本当にトイレだった時が少し気まずいが、そんな細かい事は気にしない。
「 (暦の奴、本当にトイレに行ったのか?) ……おい、お前」
偶然にも近くを通りかかった男性をカムリィは呼び止める。男性は相手がカムリィであると気付くと急に緊張した様子になって会釈をした。
「カムリィさん! お疲れ様です!」
この認知度はさすがカムリィと言うべきか、これまで総責任者として様々な案件に関わってきただけはある。
「おう、お疲れさん。いきなりの質問で悪いが、お前、ポジションは?」
「私ですか? 異世界創生班です。ついこの間も一件終わらせたばかりです」
これは当たりを引いたと思ったカムリィはニッと笑ってから質問をした。
「そいつはラッキーだ。じゃあ暦って奴知ってるだろ? 前髪で目元隠したちょい暗い感じの女」
「はい、知ってますよ。もしかして彼女に用があるんですか? 暦さんならさっきすれ違って、あっちに行きましたね」
そう言って彼が指差した先はこの近くにあるトイレとは真逆の方向だった。
「サンキュー」
予想通りと言うべきかやはりトイレに行きたい発言はただの口実だったらしく、カムリィは早歩きで暦が向かった先へと進む。




