第68話
場の士気が一気に高まったところでカムリィは白い靄に対して片手を上げ、案内をするかのようなポーズを取る。
「さぁどうぞ、お二人さん」
全員の視線が司とユエルに集中する。
司は今回が初めてだから当然として、慣れているはずのユエルもこの瞬間に限っては毎回思ってしまう。人工物とは言え、いよいよ異世界に行き本番が始まるのだと。
実感が急速に湧き、程良い緊張感とわくわく感で満たされて興奮が止まらない。こればかりは何度経験しても飽きがくる事は無さそうだ。
「司くん! 行きましょう」
「はい!」
二人はお互いに顔を見合わせた後に軽く頷き合い、再度白い靄の方へと視線を戻す。そしてゆっくりと歩み始め、少し手を伸ばせば触れられる距離にまで近付く。
「蒼。待ってて」
司は隣に居るユエルにすら聞こえない程に小さく呟いた。
意を決した司とユエルは白い靄に触れる。その瞬間、二人の体が異世界転移部屋から消失した。異世界『パノン』へと無事に送られたのだ。
「頑張れよ、司」
カムリィがエールを送ったと同時にこの場に居るメンバーが各々の仕事へと戻る。と言ってもラスボス役と総責任者、そして異世界創生班の内の代表一名以外は今後パノンに関わる事はもう無い。
ここから先はカムリィと、異世界創生班の代表として選抜された暦の二人がパノンの動きを監視する役割を担う。世界に異常が発生したり不測の事態が起きた時に対処できるようにする為だ。
ちなみにその監視作業はこの部屋でそのまま行われる。
カムリィと暦はデスクに座り、ノアを展開してからヘッドセットを装着する。パノンへと向かった二人との連絡手段となり、連携を取る際の必要不可欠な代物だ。
なお通信中はお互いの世界の時間のずれが影響しないように、経過速度差を元に戻してから行う必要がある。
「あーマイクテストマイクテスト。司とユエル、聞こえっか?」
カムリィは脚を組み、腕組みをしながらイスの背もたれに寄りかかって既にこの世界には居ない二人に対して呼び掛ける。
「もしもーし。二人とも聞こえるー?」
暦はと言えばどこか呑気で緊張感に欠けていた。だが日常という感じがして必要以上のネガティブな感情を消し飛ばしてくれる。
そんな個性が出る彼らの呼びかけに数秒後声が聞こえてきた。
異世界『パノン』に辿り着いた司とユエルだったが、息つく暇も無くすぐにカムリィと暦の声が聞こえてきた。まるで脳内に直接話し掛けられているみたいだ。事前視察の際にアルカナ・ヘヴンに居る人たちとの連携方法を予め教えてもらっていた司は、特に驚く事無く冷静に返答した。
「はい、聞こえますよ」
「私も聞こえます」
「よし。取り敢えず通信周りは問題無さそうだな」
「転移地点はっと……ラスダンの……『鯨夢の都』で合ってるかなー?」
「うん。ちょうど中央付近に居るみたいだよ」
司は周囲を見渡してここが今回のラスダン(ラストダンジョンの略称。主人公が最終決戦の舞台として最後に訪れるステージの事を指す)として設定した、『鯨夢の都』である事を確認した。




