第6話
緊張と恥ずかしさで彼と対面する勇気がどうしても湧かない。さすがに彼に対して失礼だし、曲がりなりにも教育係である以上は情けない姿を見せたくはないが、その一歩がどうしても重いのだ。
頭で分かっていてもなかなか前に踏み出せないでいる。
「えっと……琴葉さんの後ろに僕の教育係さんが居るという事ですか? こう見えて僕も緊張していますのでお互い様ですよ」
優しげなトーンでまだ視界に入れていないユエルに男性は話し掛ける。
「 (うう……新人の後輩君に気を遣わせてしまった……やっぱりこんな私に教育係なんて初めから無理なんじゃ……) 」
「ほら! いつまでも隠れてないで自己紹介しなよ!」
さすがに焦れったくなったのか琴葉は素早くユエルの後ろに回り、彼女の肩に手を置いてから無理やり前に進ませて彼と向かい合わせようとした。
「ちょ、ちょっと! 私まだ心の準備が……あとそんなに押さないでくだ……きゃ!」
「あ」
少々強引過ぎたのかユエルが体勢を崩して前に転びそうになった。
來冥力を解放している時であれば絶対に起こり得ない事態だが、今はただの少女に過ぎない。バランスを崩せばそのまま転んでしまう。
ユエルは反射的に両手を前に出して防御しようとするが、そんな彼女を目の前の少年が優しく受け止めてくれたおかげで無傷で済んだ。
「大丈夫ですか? 怪我とかは……」
「は、はい。私は大丈夫……です」
「それは良かった。琴葉さん、気を付けてくださいよ」
「いやーごめん。ちょっと乱暴過ぎたな。反省するよ」
「………………」
少年と琴葉のやり取りが耳に入って来ない程、今のユエルは心臓がドキドキしていた。
それもそのはずだ。受け止めたと言っても正確には少年に抱き締められているような状態になっていた。彼の胸板に顔をうずめ、背中に優しく手を回されている。
華奢な体型と琴葉から評価されていたが、明らかに自分とは違うガッチリとした感触に、ほのかに香る良い匂い、そして何より異性に触れているという認識が彼女の頭をバグらせ顔も赤くなっていく。
どう反応したら良いか自分でも分からず、石のように硬直状態を維持していた。
「まぁ何はともあれ転ばなくて良かったですよ」
そう言って少年はユエルを離して少しだけ距離を取る。
ユエルはまだ心臓の鼓動が速いのか、どこか上の空だ。
「えっと、彼女……本当に大丈夫ですか? 何か様子が……」
「え? あー、どうせ男の子に間近で触れちゃって年頃の女の子らしくドキドキしてるだけだと思うから気にしない気にしない」
「~~~っ! 琴葉ちゃんッ!」
「お。その反応、図星か~? まったく可愛い奴め」
「うぅぅ……」
頭が沸騰しそうなレベルで恥ずかしい気持ちになったユエルは穴があったら入りたい気分になった。