第5話
人事部の琴葉は今回司の採用や教育研修に携わっているようだが、その彼女に明かしてくれなかったとなると確かに不思議な話だ。
「確かにラスボス役としての能力や來冥力解放時の姿を教える義務は無いが、普通教えるものだし我々はそれを知る必要がある。だが経歴書には記載なし、口頭でも教えてくれない……何で上はこれで採用したのかが分からないんだ。私個人の判断で言えばそんな人落とすんだがな」
立場的には琴葉はまだ下の方だ。常識的に考えて落としたくなるような人だったとしても、発言権はそこまで強くないせいか今回みたいな展開になる事も有り得る。
「とは言え、さすがに何の考えも無しに採用した訳では無い、と、思いたい、うん」
「……。ちなみにですけど教育係に私を指名したのは……」
「私だな」
「………………」
満面の笑みを浮かべて即答した琴葉にユエルがイラッとしたのは言うまでも無い。
「まぁまぁ、そう不機嫌にならないでくれたまえよ。良い経験だと思ってさ」
そうこう話している内に二人は研修室に辿り着いた。扉に掛かっているプレートは『使用中』となっており、既に中に人が居る事が窺える。
「あ! そうそう。案内や進行役は私一人に任されているから、研修室には後輩君一人だけって状況だ。軽く自己紹介を済ませたら今後の流れを説明するから」
「あの~やっぱり今回辞退させて頂く訳には……」
全てを言い終わる前に琴葉はコンコンとノックした。
「ちょっと、琴葉ちゃん!」
「いい加減覚悟決めな。ここまで来て逃げるのは無しなんじゃないかい?」
「そ、それは……そう、ですけど、うう……」
ユエルの心の準備が終わる前に研修室の中から男性の返事が聞こえ、それを聞いた琴葉はウキウキとした様子で扉を開けた。
「しっつれいしまーす!」
ユエルからは確認できないが琴葉は今最高の笑顔になっているに違いない。
「 (逃げたい……) 」
もしも許されるのならば今すぐにでも全力ダッシュしてこの場から離れたいと思っている彼女は、憂鬱な気持ちで押し潰されそうだった。
「ごめんな。待っただろう?」
「いや、気にしなくても良いですよ。別に待つのは苦では無いので」
「そうかい? いや本当はもうちょっとだけ早く到着するつもりだったんだけどさ、君の教育係ちゃんが照れちゃって……」
「照れてません!」
「さっきから私の後ろでこそこそしている状態で言っても説得力無いぞ~」
今のユエルはその幼い容姿も相まって、親が知り合いと会った時に親の後ろに隠れながら密かに様子を見ている子どものようだ。