第3話
ユエルが五名の男女グループと対峙していた時、まさにサービスを提供している最中であり最後の局面だった。
そして先日、彼女は無事に自らの役目を果たして主人公たちに倒され、該当異世界での仕事を終えた。今は束の間の休息期間であり、転生協会内の一室で休んでいた訳だが。
「はぁ。もっと実力が拮抗してるように演技できたはずなのになぁ。上手くいかないよ」
どうも彼女は落ち込んでいるらしく、先程からため息ばかりついている。そんな中、彼女に近付く影があった。その者はユエルを見つけると思わず微笑みを浮かべる。
「お。やーっぱりここに居た。ずいぶん探したよ、ユエル」
低めの声でユエルが居る部屋にやって来たのは一人の女性だった。特徴的なその声は可愛いと言うよりかっこいいと言われる事が多い。
彼女の名は草薙琴葉。ナチュラルボブがよく似合い、髪色は全体的に黒色だが黄緑色のメッシュを前髪に入れている所が印象的である。
白のオフショルダーに黒いスカートという出で立ちで、露出した肩が魅力的だ。目のやり場に困ると言う男性も居るかも知れない。年齢的には十代後半くらいだろう。
彼女もユエル同様、転生協会のメンバーとして日々活動している。ユエルの大親友であり、普段は人事の仕事をしている。ラスボス役では無いのだが來冥力の方も申し分無いようで來冥者と呼んでも問題無さそうだ。
「…………」
「こらこら。寝たふりしてもダメだぞ」
琴葉はやや呆れた様子で早歩きでユエルに近付く。ユエルの後ろに立って数秒様子見をした後、全然反応する気配が無い事を察するとニヤリと笑って彼女のガラ空きの脇腹をくすぐり始めた。
「うひゃあ⁉」
「お、やっと反応した」
「起きてます! 起きてますからあはははは!」
ギブアップの意思表示を確認すると、琴葉はようやくユエルに対するくすぐり攻撃を止めた。
「はぁ、はぁ……」
「まったく。最初から素直に反応してくれ」
「だ、だからって急にくすぐる事無いじゃないですか。もう……それで何の用ですか? 琴葉ちゃん」
「ああ、実はユエルに頼みたい事があってな」
そう言うと彼女は再びニヤニヤとした表情になる。その表情を見たユエルは嫌な予感が止まらなかった。絶対に面倒な何かを頼まれると思ったからだ。
「気持ち悪い顔してないで早く言ってください」
「気持ち悪いとは酷いな。君に後輩ができたって事を考えると面白がらずにはいられないんだよ」
「……。……え……?」
セリフを脳内で何回か再生し、やはり聞き間違いでは無かったと思ったユエルが最初に発した言葉がそれだった。
恐らくは成り立ての新人ラスボス役が居て、その人の教育係としてユエルが任命されたのだろう。とは言え状況が上手く呑み込めない点は変わらず、第二の言葉が出て来ない。
「だーかーら! 君に後輩ができたんだって。それで教育よろしくって事を伝えに来たのさ。あ、それと後輩は二つ歳上の男の子らしいよ。かなり整った顔立ちだったし、これをきっかけにお近付きになると言うのも良いんじゃないか?」
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
「これからあいさつに向かうから。ほら行くぞ」
ユエルは返事する時間を与えられる前に、琴葉に半ば無理やり引っ張られる形で連れて行かれる事になった。