第107話
「う。も、もう良いじゃないですか、その話は。僕も反省してるんですよ」
あの時の自分は本当に愚かだったと猛省している司は、恥ずかしさと自己嫌悪が同時に襲い掛かってくるような地獄を味わった。
「あはは! まぁまぁ、新人君に失敗は付き物って事で! それはそうとさ、司くんがキレ散らかした時にユエルちゃんが止めたみたいな話は聞いたんだけど、具体的にどうやって止めたの?」
当時はサラッと流したマキナは改めて話題に上がった事でふと疑問を抱き、せっかくだからと状況を聞こうと思ったのだ。
來冥者としてのシンプルな戦力で言えばユエルは司に遠く及ばない。彼が本気を出せば瞬殺されるだろう。その前提知識の元で考えれば戦って無理やり静めた線は無さそうである。
「思いっ切りビンタされたんだよね。辺り一帯に鋭い音が響き渡ってさ、今まで経験したどんな攻撃よりも痛かったよ」
司は冗談ぽく言うが実際にユエルから貰った平手打ちはかなりの激痛を頬に残した。一体この小柄な少女のどこにそんな力があるのかと疑いたくなるくらいに。
司から語られた衝撃の事実に琴葉とマキナは驚いてユエルを見た。
「おおう……やるねぇ、ユエルちゃん。結構意外~」
「あ、あの時は思わず手が出ちゃって……。今更ですけど本当にごめんなさい……痛い思いさせちゃって」
「いえ! あの強烈な平手打ちで僕も目が覚めましたから! 寧ろお礼を言わないと。それにあの時の先輩、かなり優しかったじゃないですか。自分でもこの感情をどう制御すれば良いか分からなくなっていた僕の事を落ち着かせる為に、優しく抱き……」
「……っ! あ、あー! 私、お腹空きました! 朝あんまり食べなかったからですかね! そろそろお昼ですし、皆さんどこかで昼食にしませんか!?」
「「……」」
急に慌てふためくユエルを見て琴葉とマキナは何かを察したようで二人して見合った後にニヤリと笑った。
「ああ、そうだな。それじゃあ司くんがビンタされた後にユエルが取った行動は、昼食時にじっくりと聞かせてもらおう」
「うん!」
「な、何もありません! 私は司くんをビンタしてそれで終わりです! ですよね!? 司くん! ね!?」
これ程までに彼女の圧を感じた事は無い。言ったらどうなるか分かっているなと目で脅された司は、反射的に合わせようと思ったがここは意味深な感じで返した方が良さそうだと意地悪な気持ちが働いてしまった。
「ふふ。そういう事にしておきましょうか」
「司くん!」
顔を真っ赤にしたユエルは裏切られた気持ちになり、彼を睨む。だが迫力よりも可愛らしさが勝ってしまうのは彼女の長所であり短所だ。
「はは。これだからユエルをからかうのは面白いんだよな」
ユエルの頭を撫でた琴葉は、彼女の反応を心の底から楽しんだ。
そんな彼女たちを見た司は改めて思う。
「 (ねぇ、蒼。見てみなよ。こんなにも優しくて楽しそうな人たちが居る協会で、これから色んな異世界をまわしていくんだ。僕は大丈夫。だから、蒼も僕の事は心配せずに、そっちでの生活、頑張れ……!) 」
異世界運用が終わってもその世界は消えない。消えるとしたらそれは主人公がその世界で死んだ時に訪れる世界の自動消滅である。
つまり蒼はこれからも仲間と共にパノンで過ごしていく事になる。
司は心の中で彼女に言葉を送った。きっと届くと信じて。




