第102話
『じゃあ俺は帰るぜ。このバカを牢政様にプレゼントしないといけないんでな。パノンの運用をどうしたいかはお前らに任せる。心配すんな、俺が許可するから。結局俺らが一番に考えなければいけない事は、主人公に最高の異世界生活を提供する事だ。そこには正解不正解なんて存在しねぇ。妹さんの為に、ラスボスとしてじゃなく兄として、最高のおもてなしをしてあげる……そんな異世界運用もあって良いんじゃねぇか?』
『……ラスボスじゃなく、蒼の兄として……』
『ま。選択するのはお前らだ。特に司……せっかくの初異世界運用、楽しめよ』
それを最後にカムリィと蓮は光と共に消え去った。
ポツンと残された三人は呆然とし、誰も言葉を発しなかった。そよそよと吹く風の音だけが聞こえ、少し物寂しい。
だがそんな静寂は一つの決断をした司によって終わりを告げた。
『蒼。大事な話があるんだけど良いかな?』
『え? う、うん。何……?』
真面目な雰囲気を感じ取った蒼は少しの不安を覚えながらも司の次の言葉を待った。そして彼の口から語られた言葉とその後に続く一つの提案はユエルの想像を超えるものであった。
「それにしても」
司と同じく当時の事を思い出していたユエルは、懐かしむように話題に出した。
現実世界では暦と蓮が逮捕されてからまだ一週間しか経っていないが、ユエルと司はその後更に六〇日もパノンに滞在したのだ。二ヶ月前の事を思い出話のように語るのは自然だろう。
「あの時は驚きましたよ。パノンにおける私たちの役割や、どんな過程でこうなったのかを教えただけでなく、台本通りの展開を全部捨ててただ蒼ちゃんと一緒にパノンで過ごしたいなんて言い出すんですから」
「ああ、私もそれを聞いた時は驚いたよ。君は協会にとって多くの『初めて』を提供してくれたみたいだな。とんでもない新人が来たものだね、本当に」
「あはは。だって、しょうがないじゃないですか。あの状況で僕たちは実はやっぱり敵でした、さぁ台本に沿ったストーリーを展開しようなんてさすがに無理があるでしょう。それに、やっぱり僕は残りの時間を蒼とただ一緒に過ごしたいなって思ったんですよ。きっと蒼も同じ気持ちだったと思います」
「確か蒼ちゃんがその話を聞いた後、笑顔で喜んだんだっけ?」
「うん。一発で理解してくれただけでも十分驚きなのに、即受け入れてくれるなんて予想外だったよ。……本当……夢のような時間だった」
司がした提案を受け入れた蒼は心から喜び、司、ユエル、そして治療を受けて動けるようになった彼女の仲間たちと一緒にパノンを巡る旅をするだけの時間を過ごした。
パノンのストーリーでは司がラスボス役でユエルがその右腕という配役である事から、自分の仲間たちは全員造り物だと改めて認識した蒼だが、そこにショックした様子は見受けられなかった。
もともと主人公たちはその辺を把握した上で異世界転生したいと意思表示をしているのだ。それに加え実際に一緒に時間を過ごすと、造り物の存在であっても仲間意識が自然と芽生えるものである。
その証拠に蒼は仲間と話したり共闘している時、非常に楽しそうにしていた。
メインストーリーなんて存在しない、ただ異世界でのんびり過ごすだけの旅行のような生活ではあるのだが、好きな人や気心の知れた仲間が側に居ればそれだけで楽しいと思えるものだ。
せっかくの異世界生活なのだから一緒に戦闘もしてみたいという蒼からの強い要望を受け、司とユエルは蒼たちと共にモンスターと戦ったりもした。
蒼にとってはこの上なく幸せな時間だったのだろう。終始笑顔で楽しそうに過ごしていた。




