第1話
地上数十メートルという高い位置に浮遊している巨大な円形の要塞。厳かな外観に加えて不規則に鳴り響く雷鳴、周囲を吹き荒れている刃のような風はまさに物語におけるラスボス戦の舞台だ。
そんな要塞の中心地で一人の少女と五名の男女グループが相対していた。
少女は14歳程に見える幼い容姿をしており、右手でスマホサイズの大きめな鍵を必死に握り締めていた。肩まで伸びている黒のセミロングは、毛先だけが藍色に染まっていて先程から風でなびいている。
五名の男女グループは片手剣を握っている一人の男性をリーダーとし、彼の後ろに四名が綺麗に横に並んでいる状態だった。
その光景は最後の敵に立ち向かう時の勇者パーティ御一行のそれだ。唯一そういった場面と異なる点と言えば、彼らの前に立ちはだかっている少女をラスボスのポジションに配置するのであれば彼女にはあまりにもその風格が無いところだ。
少女はラスボスと言うよりは敵にさらわれたヒロインの方が似合っているだろう。何せ彼女は特に奇抜な見た目をしている訳でも、周囲に召喚物や浮遊物がある訳でも無い。
小柄な体にロリ要素の強い可愛らしい顔をしており、小動物的な感じだ。
パーカーにスカートと、小柄な彼女によく似合っている服装に身を包んでおり、その容姿を見た誰もが思う――ラスボスではなく村娘Aだと。
ストレートな表現をするのであれば、彼女にはボスキャラに必要な強キャラ感が一切無いのだ。戦う相手と言うよりは守るべき対象のように見える。
「覚悟はできたようですね」
雷や風の轟音に掻き消されてしまいそうな、弱々しい声。少女が目の前に居る五人全員に向かってそう言った。
「ああ」
彼女の言葉に対し、リーダー格の男性が代表して一言だけそう返した。
彼らの間に余計な言葉はいらない。空気がそう語っていた。
「その答えが聞けて良かったです」
「……」
少女は男性の返答に目を閉じ、そして数秒後悲しそうに微笑みながら目を開けた。その目には涙が溜まっており、やがて少女の頬を伝って地面に落ちた。
「それではお願いします……」
震えた涙声で少女は静かに、微笑みながら言った。
「私を……殺してください……」
「……っ……ああ。最後に、一つだけ良いか?」
「……?」
「お前の事、絶対に忘れないから」
気付けば少女だけでなく男性の方も目に涙を浮かべていた。だがそれと同時に確固たる決意も宿った強い目でもあった。
「はい。私もです。いつかまたどこかでお会いしましょう」
そう言うと少女は思わず目を瞑りたくなる程のまばゆい光を放つ。その光はまるで線香花火の火花のように段々と弱くなっていく。
やがて彼女の姿を直視できるようになった時、その姿が変化している事が露見した。
漢服を身に纏い、羽衣の天女のようだ。先程までの弱気な目はそこには無く鋭いキリッとした目つきに切り替わっていた。彼女の全身に纏わりつくように禍々しく帯びている紫の光は毒煙のようだ。
その背後にはバスケットボールサイズの藍色の球体が正五角形型に五個規則正しく浮遊している。
見た目も雰囲気も別人となった少女は軽く息を吹いた後、彼らに向かって先程までと比較して少しだけ低い声で口にした。
「それでは皆さん。決着を着けましょうか」