正直者の狼少年
ある山のふもとの村に羊たちの世話をしている一人の男がいました。羊は村のとても大事な財産でこの仕事を誇りに思っていました。
ある日、男は甥を預かることになりました。しばらく家にいるということになり、彼にも羊の世話を手伝ってもらうことにしました。
ですが、羊を外に連れて行かせれば羊を逃がしてしまい一日かけて探しまわることになり、羊の毛刈りを頼めば羊を怒らせて追いかけまわされたりとどうにも頼りない。
そこである一つの仕事をやってもらうことにしました。
「おまえさんには見張りを任せる。狼が来たら大声で叫ぶんだ。できるな?」
「うん、わかったよ」
甥は元気よく返事をしました。
「でも、叔父さん、狼ってのはどんなやつなんだい?」
「狼ってのは毛むくじゃらですばしっこいやつだ。見つけたらすぐに声を出さないと羊もおまえも食われてしまうからな」
「毛むくじゃらだね。わかったよ」
叔父は村はずれにある大きな岩の上に甥をつれていき座れました。見晴らしもよく見張りをするにはうってつけです。
ぼんやりと辺りを見回しながらじっとしている甥を見て、叔父は「頼んだぞ」と声をかけて仕事に戻りました。
「狼が出たぞー!」
甥の叫び声に驚きながら村のみんなが手に手に武器をもって駆けつけました。でも、見回してもなにもいません。
「狼はどこだ?」
「ほら、そこにいるよ」
岩の上から指さす先にいたのは、真っ白な毛をふさふさとはやしたウサギでした。村人たちが見ている前でぴょんぴょんとはねてあっという間にいなくなりました。やれやれと思いながら村のみんなは帰っていきました。
叔父は甥に狼についてもう一度説明しました。
「あれはウサギだ。いいか、狼ってのは毛むくじゃらで恐ろしい牙をもっているやつだ」
「恐ろしい牙だね。わかったよ、叔父さん」
元気にうなずく甥に今度は見間違いはしないようにと言い聞かせました。でも、次の日にはまた彼の声が村中に響きました。
「狼が来たぞー!」
村のみんなは今度こそと思いながら走ってきました。でも、やっぱり狼の姿はありません。
「狼はどこだ?」
「そこだよ。毛むくじゃらで恐ろしい牙をもってるやつだ」
岩の上から指さす先には、茶色くてごわごわした毛をはやし、ずんぐりした頭とその口元には牙をはやしたイノシシがいました。
「あれはイノシシだ。いいか、狼ってのは鋭い爪をはやしているんだ」
「鋭い爪だね。わかったよ、叔父さん」
それからも彼は何度も狼を見たと叫びますが、村のみんなは誰も来なくなってしまいました。叔父だけが来ては「これは狼じゃない」とひとつひとつ教えてやりました。
ある日のこと、たくさんの武器を持った集団が道の向こうからやってきました。彼らはあちこちの村を襲ってる恐ろしい盗賊団です。
襲われた村人はその姿を見ると震えあがって、命だけは助けてもらおうと食料やお金を渡していました。今回も彼らにとっては簡単な仕事になるはずでした。
彼らは岩の上に座っていた甥に気がつきました。ちょうどいいと脅しつけることにしました。
「おい、そこのおまえ。オレたちは今からお前の村を襲うつもりだ。怖い目に遭いたくなかったら村中の食べ物と金をよこせと伝えてこい」
「だめだよ。ボクは仕事があるんだから」
いつもなら震えあがった相手が慌てて逃げ出すはずでした。でも甥は盗賊たちをじっと見るだけで岩の上から動こうとしません。
盗賊たちは混乱しました。自分たちが怖くないのか。もしかしたら村には襲撃への備えがあるんじゃないのかと。
「おまえはそこで何をしているんだ」
「ボクはここで見張りをまかされているんだ」
盗賊たちの間でどよめきの声があがります。やっぱり自分たちが来るのがわかってて準備万端で迎え撃つつもりなんだと。
「いいか、どんだけ準備しようがオレたちは兵隊とも戦ったことがあるんだ。おまえら村人がどれだけがんばっても勝てっこないからな」
盗賊が口にしたことは事実でした。でも、実際に戦えば自分たちも痛い目に会うのでできれば戦いたくありません。
「ボクはおじさんたちになんか興味ないよ。見張るように言われた相手はね、毛むくじゃらですばしっこくて恐ろしい牙をもってて鋭い爪をはやしてて―――」
彼が並べていく恐ろしい特徴に盗賊たちは震えあがりました。この村の人間たちはそんな恐ろしい怪物と戦っているのだと。もしも自分たちが襲われたらひとたまりもありません。
盗賊たちはあっという間に逃げていきました。
盗賊団がいなくなった後も甥はいつのもように見張りを続けました。
夕日が沈むころになると、よっこいしょと岩からおりて家に歩いていきます。帰ってきた甥を叔父が「おかえり」と迎えました。
「どうだい今日は狼たちはいたか?」
「ううん、なんだかたくさんのおじさんたちが来たけどすぐに帰っちゃった」
「たくさんのひと? この村になんてめずらしいな」
甥の答えを聞いて、また一つ教えてやらないといけないことが増えたと思いました。
「そのひとたちはきっと行商人か旅人だろうな。今度来たら『ようこそいらっしゃいました』って村に案内してあげるんだぞ」
「うん、わかったよ」
だけど、再び彼らが姿を見せることはありませんでした。盗賊たちの間であの村には近づかないほうがいいという噂が流れているのを知ることもなく、今日も甥は岩の上で狼を見張っているのでした。