斬首まで残り十秒!? こんな致命的な場面に何度戻されてもどうしようもないんだけど!? その後のお話
『今の私』は夢を見る。
煌びやかで、優しく、だからこそ心を抉る夢を。
──自分で稼いで寄付することで存続させた孤児院の孤児たちに囲まれて楽しそうに笑っている『あの人』はもういない。
──孤児院だけじゃない。身分なんて関係なく困っている人には誰にだって手を差し伸べて、面倒を見て、きちんと救う『あの人』はもういない。
──悪意に満ちた社交界においてさえも腐らず、染まらず、その善性を貫いた結果不利になってしまっても構わずというか周囲の悪意に気づくこともなく邁進して、結果として粗探しをして責めようとしていた周囲の人間を自身が磨き上げてきたもので意図せずして黙らせてきた『あの人』はもういない。
これは夢だ。
『今の私』なんかよりもずっと凄くて、優しくて、憧れてしまうくらい完璧な『あの人』はもういない。
転生。
その元になった人間は転生してしまった時点で死んでいるのが『定番』だから。
『今の私』がこの世界で目覚めた時にはもう『あの人』はどこにもいなかった。
その立場を、才能を、名前を、あらゆるものを横から奪う形で『今の私』は転生したんだから。
あんなにも底抜けに優しい『あの人』がこの世界にいたのだという事実を『今の私』が好き勝手することで塗り潰してしまった。
ああ、ちくしょう。
こうして『あの人』がこの世界に生きていたのだとまじまじと見せつけられてしまったら誤魔化しも効かなくなってしまう。
いつまでも目を逸らしていられない。
だけど直視してしまったら終わってしまう。
だから『今の私』は笑うしかなかった。
そうしていないと、だって、私は……。
ーーー☆ーーー
「そろそろ貴女の名前くらい教えてくれても良くないか?」
「…………、は、ひ?」
第一王子をはじめとした王家をぶっ潰したら国家が転覆していたとか、犯罪組織を壊滅させたとか、宗教国家主導による異界の聖なる光を利用した大規模虐殺を阻止したとか、なんかもう唐突すぎて理不尽なまでに最強だった魔王の撃破とか、まあこの世界に転生してからそれなり以上に平穏とは無縁の生活ではあった。
特に魔王はヤバかった。
視界に収めた生物を傷一つなく確実に殺す力とか何アレ!? 宗教国家の幹部も聖なる光は悪しき者を触れただけで傷一つなく殺す慈悲深い力とか言っていたけど、この辺のレベルになると雑にとにかく殺してくるから厄介すぎる!!
まあなぜか私は一発だけなら耐えられたからわざと直撃を受けた上でどうして簒奪(?)したのに生きているのだとか何とか言って魔王が驚いているところに不意をついて後はローガンとかその場に居合わせた人たちに手伝ってもらって倒せたけど、あんなのはもう二度と勘弁してほしい。万とか億とかそれくらい繰り返してやっとだったからね。
ってか、それより何よりさっきのローガンの発言は結構致命的じゃない!?
「な、にゃにっ、名前ってそんなのローガンは知っていると思うけど!?」
お前本当はシャルリリアじゃねえだろクソ野郎ってこと? 私が転生者だってバレた!? あの人の肉体とか立場とか奪ったことが!?
だけど、そう、落ち着いて考えれば私の危惧している通りとも限らない。だって『今の私』が実はシャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢という底抜けの善人に乗り移って転生しているとかそんなとんでもないもんが見抜かれるわけがないし!!
なんかちょっと公爵令嬢らしくないなーとは思ってもそこで中身が別人に変わっているとかそんな発想に至るわけがない。うん大丈夫この世界がいくら魔法ありきのとんでもファンタジーでも憑依とか生まれ変わりとかそんなものは魔法でも不可能ということになっているしうんうん今のはあれだよ名前を忘れたから聞いたってのが真相だよ私が一人で無駄に狼狽えているだけだよね絶対っっっ!!!!
「『はぁ。異世界転生ってもっと、こう、人生がハッピーに好転するもんじゃないの? やだやだ。お先真っ暗だってえーの』……だったか」
「うわあんあの時のアレが聞かれていたとかそんなのあんまりだよおーっ!!」
それって国家転覆のすぐ後のアレだよね!? うっかりそんな独り言を漏らしていたけどまさか聞かれていたとは!!
犯罪組織とか宗教国家とか魔王とかその辺を二人でぶっ倒したちょっと濃いめな『その後』の初っ端から私の秘密はダダ漏れだったとかそんなのあんまりだってえ!!
いや、そう、そうよ。
出会ってからこれまでローガンは『今の私』のことをシャルリリアと呼んだことがなかったような? 私のうっかりを置いていても疑惑くらいはあったのかもしれない。
だからこそ異世界転生なんて突拍子もない発言を信じることができたのかも。
「……なあんでそこまでわかっていて今日まで何も言わなかったのよ? 『今の私』は公爵令嬢として育ってきたシャルリリアの肉体とか諸々を奪った女なのよ? 嫌悪して糾弾するのが普通じゃない?」
「まあそれが善人の行動なんだろうな」
だけど、と。
ローガンは何でもなさそうにこう続けたのよ。
「復讐を完遂できるような男は善人とは程遠いからな。そんなことで俺が貴女の敵に回ることはないさ」
「……っ!!」
「今の発言から転生とやらは生まれてすぐじゃなくて途中からだったみたいだが……公爵令嬢の立場を奪ってやろうという糾弾すべき悪性持ちならばこうして国を飛び出して肝心の公爵令嬢としての特権を手放すこともなかっただろう。というか処刑騒動の前に有能だと聞いていたシャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢の評判に比べて今の貴女は明らかにアレだし、心配せずとも悪知恵が働くような女だとは思っていない」
「なんかサラッとすっげえー馬鹿にしていない?」
「……、ふっ」
「ちょっといい顔で笑えば誤魔化せるとでも!? 顔がいいからって何でもかんでも押し通せると思うなよ、こんにゃろーっ!」
「まあそれはそれとして」
「誤魔化し方が雑すぎる!!」
どこまでもいつも通りに。
嫌悪とか憎悪とかそんな悪感情は一切出さずに。
ローガンはこう言ったのよ。
「異世界転生とやらは貴女が狙ってやったことではない。シャルリリアと同じく貴女も巻き込まれた側だとすれば、そんな貴女を責め立てる理由はないな」
「……本気でそんな風に考えているわけ?」
ちくしょう。
頑張って隠してきたのに、ここまで言われたらもう止まらないじゃん。
「確かに気づいたらこうなっていた。どうしてシャルリリアの身体に転生したのかそんなの私もさっぱりわからないわよ。でも、だけど! 『今の私』の記憶として残っているどうしようもなく優しかったシャルリリアが最後まで思いつきもしなかったことを私はやった!! 自分のために暴力に任せて全部ぶっ壊した!! 優しさとは対極の自分勝手な我儘をシャルリリアがやったんだと多くの人は思っている!! 死んでまで貫いたあの人の善性を私は穢したのよっ。そんな私に責め立てられる理由がないって? ふざけるのも大概にしやがれってのよお!!!!」
シャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢という底抜けの善人がいた。平民とかその辺りであれば美人で優しい女性だと騒がれて、お似合いのイケメンと結婚でもして、どこまでも幸せに生きていけたんだと思う。
住む世界が間違っていた。
権謀術数渦巻く貴族社会にいていいような女性じゃなかった。
だから殺された。
機密情報を他国に流出して国家転覆を目論んでいたとかそんな冤罪を仮にも婚約者だった男に押しつけられて。
最後の最後まで話し合おうと、時間をかけて調べてくれれば誤解は解けるはずだと……悪意をもって貶められているとは考えもせずに。
シャルリリアは本当の本当に善人だった。殺されるその瞬間まで。だけどその身体を奪ってこの世界に転生した『今の私』は善性とはかけ離れていた。
だから『今の私』にはシャルリリアができなかったことができた。できてしまった。あの人が生まれ持った魔法の才能でもって王家とか色んなものをぶっ潰してやったのよ。
シャルリリアやローガンの父親のようなこれまで王家に陥れられた冤罪被害者を救うためとかそんな理由じゃない。誰かのためになんて命をかけられるわけがない。
徹頭徹尾、最初から最後まで、私は私が救われることしか考えていなかった。
もしも今この瞬間に処刑される十秒前のあの時に戻ったとしても私は同じ選択をする。
あんな地獄のような繰り返しから脱するためなら私はシャルリリアの善性を何度だって踏み躙ることができる。できてしまうのよ。
「なあ」
それでも。
だとしても。
私がシャルリリアの身体に潜り込んでしまったせいで最後まで善性を貫いたあの人の生き様を穢してしまったことを後悔していないわけではない。
シャルリリアの才能を借りて、シャルリリアの立場を奪って、シャルリリアとしてこの世界で我儘を押し通して、あの底抜けに優しいシャルリリアの評価を貶めていることに変わりはないんだから!!
だから。
だから。
だから。
「貴女、本当に馬鹿だな」
…………。
…………。
…………。
「え、あ?」
「聞こえなかったか? 馬鹿に馬鹿だって言ったんだ」
「聞こえているわよ……。これでも結構センチメンタルな感じなんだけど!? 普通に罵倒するとかあんまりじゃない!?」
「だってなあ。何をそんなに気にしているのかさっぱりわからないしな」
「何でわからないわけ!? シャルリリアは底抜けに優しい人だった! あんなクソッタレな第一王子とも話し合えばわかり合えると信じられるくらいに!! 処刑される最期の瞬間までずっとそう信じていたシャルリリアの身体を私は奪った。その才能を使って私が救われるためだけに暴力に訴えかけた!! もっとうまい方法が、あの人の善性を守りながらクソ野郎どもを破滅させる方法があったかもしれないのによ!! もう今のこの世界ではシャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢は自分のためなら『そこまでできる女』として定義されてしまっている!! そうやって私はシャルリリアの尊厳を穢したのよ!! だから!!」
「やっぱり馬鹿じゃないか」
「はぁっ!?」
「なあ。貴女には一度言ったくらいじゃ伝わらないようだから何度でも言うんだが」
ローガンの声音は呆れさえ滲ませていた。
そのままこう続けたのよ。
「貴女は王家の横暴に苦しむ多くの人を救った。もちろん俺も貴女のおかげで復讐を完遂できたし、俺の家族は元の生活を取り戻すことができた。それ以降もどれだけのことを成し遂げたと思っているんだ。そんな貴女に感謝こそすれ責め立てるわけないだろう」
「それは、だって、私が苦しいのは嫌だという我儘なだけで……」
「結果として多くの人を救ったならそれでいいじゃないか」
「だって、私はシャルリリアが選ばなかった暴力による解決を選んで、シャルリリアはそんな方法は望んでいなくて」
「あそこまで腐った連中相手に平和な方法なんて通用しない。どちらかが死ぬしかなかったんだ」
「だって、これまで私が色々とできたのはシャルリリアの魔法の才能を使っていたからで私自身は平凡な女でしかなくて!」
「そんなの関係ない。貴女『が』その力を振るうことを選んだのが重要なんだから」
「私は生きているだけでシャルリリアの尊厳を穢していて!!」
「今ここにいない奴の気持ちなんざわからないが、普通なら多くの人が救われた今この瞬間を喜びこそすれ責め立てるようなことはないと思うがな。こればかりはシャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢を知らない俺が断言できるものでもないが」
そういえば似たような問答があったと、私はようやく思い出していた。
王家を打倒した後、シャルリリアが生まれ育った国を夜逃げのように出て行こうとしていた時に追いかけてきたローガンとよ。
『……もしかして恩義を感じていたりする? 私なんかのためにそこまでする必要はないんだよ?』
『俺がそうしたいと思えるくらいのことはしてくれたんだと、胸を張ってもいいくらいだと思うが?』
『私は別にそこまでのことはしていない。王家がローガンの父親を貶めていたのを暴いたことを言っているならそれはギフトという反則があったからできたことだしね』
『それでもあの時、あの場で、俺に復讐の指標を示してくれたのは貴女だ。それにそれからも王家との闘争に力を貸してくれたしな』
『それは……だって、そういう約束だったし』
『だとしても、途中で反故にして逃げても良かったはずだ。だが貴女はそうしなかった。俺や王家の圧政に苦しめられている人たちのために戦い抜いてくれた。そんな貴女に感謝するのも、恩義に報いたいと思うのも普通のことだろう?』
あの時はまだ自覚が追いついていなかった、というよりも、無意識的に目を逸らしていた。
シャルリリアの尊厳を穢していることを自覚してしまったら後悔するとわかっていたから。
だけど、自覚してもなお……ああくそ、この卑怯者。
こんな言葉をかけてもらえるほど上等な人間じゃないことは私自身が一番わかっているのに、それでも今こんなにも……ッ!!
「というか一つ気になっているんだが、シャルリリアをどうにかすることはできないのか?」
「え?」
「なんかシャルリリアはもう死んでいる前提で話が進んでいるが、魂とかその辺のアレソレがどういうものかは解明されていない。もしかしたら身体の中に眠っているだけで呼び起こすことができるかもだしな。シャルリリアのことも完璧に救えれば貴女がこれ以上後悔に苦しむこともないし、挑戦してみる価値はあると思うぞ」
「ああ……。そういえば言ってなかったっけ。転生する前の私は何の力もない女だった。だけどこうしてシャルリリアの身体に乗り移ってからギフトに目覚めたのよ。これだけはシャルリリアが元から持っていた力じゃないから、おそらくはシャルリリアが死んでから私が転生して生じたものね」
「ちなみにギフトとはどんな力なんだ?」
「死んでも十秒前に戻ってその間の出来事をなかったことにできる、それが私のギフトよ。シャルリリアが処刑されてから私は転生した。そこから私はローガンに何度も処刑されたけど、それでも今も生きていられるのはギフトのおかげってわけ」
重要なのは歴代のギフトの持ち主に関することよね。
ギフトに開花する前に普通なら死んでいるような大怪我を負っている。
そしてギフトに目覚めた前と後では人が変わったように振る舞うこともある、というのがある。
人が変わった『ような』じゃなくて、実際に人が変わっていた──つまりギフトを得た時点で魂が別の誰かに変わっていたとしたら。
つまり『今の私』のように。
ギフトとは死んだことで元の人間の魂がかき消えた後の肉体に別の誰かの魂が入り込むことで生じる力なのよ。
「待て。待て待て! 俺が貴女を何度も処刑したというのは後できちんと償わせてもらうが、今はそれよりも、だ。シャルリリアは処刑されたと貴女は言ったな。それは俺がシャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢の処刑を担当したあの時でいいんだよな?」
「うん」
「おい……。つまり俺が最初にシャルリリアを処刑した結果、その身体に貴女が転生してギフトに目覚めたというんだな? それよりも前に何かがあったわけじゃなくて、あの時にシャルリリアが殺されたり貴女が転生したりしたわけだな!?」
「そ、そうだと思うけど」
「この馬鹿」
そのはずだった。
完璧に詰んでいるはずなのに、ローガンは続けてこう言ったのよ。
「シャルリリアはまだ生きているのはほとんど確定じゃないか」
「……、え?」
いや。
いやいや!!
確かにそうだったら嬉しいけど、だけど!!
「話を聞いていた? 私はギフトに目覚めている! この力はシャルリリアのじゃなくて、つまり転生した後で獲得した力で、これまでギフトに目覚めた人は普通なら死んでいるような大怪我を負った後で覚醒していて、歴代のギフト持ちが人が変わったように振る舞うのは私のような転生者である可能性が高くて、だからギフト持ちとは死んだ人間に乗り移ってその副産物か何かで不思議な力が働いて身体が再生して生き返ってギフトに覚醒しているから元になった人間は死んで本当に人が変わっていて、だったら私も死んだシャルリリアの身体に乗り移って転生したに決まっていて、もう私が転生した時にはあの人は死んでいたのよ!!」
「馬鹿」
一言だった。
ローガンは冗談を言っているようでなくて。
「今までのギフト持ちがどうだったかは知らない。が、少なくとも貴女に関することだけで考えるならシャルリリアは生きていないとおかしいくらいだ」
「え、え?」
「ギフト」
本当に本気でローガンはこう言ったのよ。
「貴女のギフトが本当に死んでも十秒前に戻るというならシャルリリアが殺される十秒前まで巻き戻っているはずだろうが」
「……いや、待って! だけど、あれ?」
「シャルリリアが死んだのは俺の手で処刑したから。で、すぐに貴女が転生してその十秒前に戻った。そうして処刑の前に戻ったならその時点ではシャルリリアは殺されていないわけで生きていないとおかしい。ならシャルリリアが死んで十秒以上経って転生して不思議な力が働いて肉体が再生したとかで生き返ったとしよう。他のギフト持ちはそうだと貴女は疑っているようだしな。だから十秒前に戻ってもシャルリリアは殺された後だとするならその時点で首は斬り落とされた状態のはず。転生したその瞬間に首がくっついて死体が起き上がっていないと辻褄が合わないというわけだ。が、現実にはそんなことにはなっていない」
「あ、れ?」
「シャルリリアの死だけはギフトでもなかったことにできなかった、ということもあるかもだが、貴女の死も十秒前に戻すことでなかったことにできるくせにそんな例外があるほうが不自然だ。後は、まあ、ギフトは魔法とはかけ離れた超常現象だから因果とか時系列とか無視してとにかくシャルリリアはもう死んでいますというふざけた結果だけを叩き出しているというのもないとは言えないが、少なくともシャルリリアはまだ生きているけど何かしらの理由で表に出てこれないというのが可能性としては一番高い」
ああ、そうか。
私は無意識のうちに思い込んでいたのかもしれない。
転生。
その結果として乗り移る異世界人はもう死んでいるのが『定番』だと。
だけど、そうじゃないかもしれないなら。
何かしらの理由で表に出てこれないだけなら。
「シャルリリア、も……助けられる? あの底抜けに優しいから第一王子なんかに殺されたあの人を助けられるの!?」
「今のところ具体的な方法はさっぱりだがな」
「……は、はは。はははっ!!」
課題は多い。
魂とかそんなものをどうこうするのは今の超常だらけなこの世界でも一般的じゃない。魂に干渉できる力、そういうギフト持ちでもいればいいけど、いないなら一から魂に干渉する方法論を組み上げる必要がある。
そもそもローガンの推測が間違っていて因果も時系列も何もかも無視してシャルリリアはもう完全に死んでしまっているというどうしようもなく救いようがない現実が待っているかもしれない。
それに、何より、シャルリリアを救うということはその身体に転生した私の魂をどうするという話にもなる。新しい身体をそれこそゴーレムとか何とか魔法で用意するにしても、それでうまく乗り移れなければ今度こそ確実に死んでしまう。
「上等よ」
だから。
だけど。
「まだ生きているなら! 諦めなくていいなら!! この世界には存在しない救済方法だろうが一から組み上げてハッピーエンド掴んでやるわよお!!!!」
あらゆる危険性を承知の上で私に迷いはなかった。
だって『今の私』があるのはシャルリリアのおかげなのよ。底抜けに優しいあの人が残してくれた力があったから今日この日まで生き残ることができた。
だったら今度は私の番。
不可能だろうが覆して奇跡を起こしてやる。
何が何でも、絶対に、シャルリリアを救ってみせる!!
ーーー☆ーーー
「うう」
『彼女』は物陰からそんな二人を見つめていた。
なんかもう全体的に異形というか魔の者というか、まあ端的に言えば魔王の肉体の持ち主は困ったようにこう呟いたのだ。
「実はもうわたくしはこうして別の身体に乗り移っているから気にしないでくださいとは言い出しにくい空気ですわっ!!」
例えば、魔王は視界に収めた生物を傷一つつけずに確実に殺す力を使っていた。その正体は不明なままローガンたちに撃破されたわけだが、実はその正体は魂を抜き取って吸収するギフトであった。
例えば、シャルリリアの魂は魔王でも完全に吸収できないほどに強大で結果として即死させることはできなかった(だからこそ即死せずに不意をつくことができたのが魔王撃破の一助になっていた)。つまり魔法の才能の一部は元の肉体に残ったままだった。その残った力だけでも弱体化することなく、『今の私』はシャルリリアの力の大半が抜け落ちていることに気づいていない。それほど『シャルリリアの魂に眠っていて覚醒していなかった才能』は強大だったということだ。
例えば、魔王は倒されたが、まだその魂は無事だった。ただし弱っていたのは確かであり、宗教国家が呼び出そうとして失敗した聖なる光、それが不完全な状態で漏れ出ており、その源である異界の上位存在はいずれ脅威になりかねない魔王の存在を許さなかった。ゆえに誰にも気づかれることなく漏れていた(悪しき者を慈悲深くも傷一つなくねじ伏せる奇跡だと宗教国家では信じられているが、実際には魂だけを消し飛ばす怪物の一撃でしかない)聖なる光から魔王の魂をシャルリリアは守り抜いた。
例えば、魔王の死を受け入れられない部下たちがその死体を回収・蘇生しようと試みた……のだとすれば、結果的にギリギリのところで魂が抜け落ちずにいた身体が再生したことで魔王にシャルリリアの魂が入り込んだ状態で復活したわけで。
「ううううう、困りましたわあ!!」
見た目は魔の王に相応しい禍々しくて厳つくてまあもう本当魔王って感じだけど中にシャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢が混ざっている存在が身悶えている光景はハタから見れば異様という他なかった。
……その後、見つかった『彼女』が魔王としてローガンたちに追い回される一波乱が待っているのだが、何はともあれしばらくしてシャルリリアがきちんとこの世界に表出していることはローガンたちに伝わったのだった。
ーーー☆ーーー
気がつけばハッピーエンドだった。
何せ唐突にそして華麗にシャルリリアは自分で自分を救っていたからよ。
……何なら魔王の部下にして世界征服を目論んでいた魔族四天王とか暗黒連合軍とかなんかこう私も知らないヤバい連中を魔王の肉体に憑依しているシャルリリアが説得して戦争を防いだらしい。視界に収めただけで他者を殺す魔王の力には頼らず、それでいてシャルリリアの力で戦争賛成派の魔族たちが荒事に訴えかけても傷一つつけることなく完封して、その後でじっくりと説得していった結果なのだとか。
私が関わってきた事件の結末と違って、誰一人犠牲者を出すことなく。そう、死んでも十秒前に戻れる『今の私』と違ってやり直す機会すらないのにそんな完璧な結末を導いたのよ。さっすがシャルリリア!!
その結果、聖なる光から魔王の魂を守り抜いたとか何とか色々あってあの悪意の塊だった魔王が改心してシャルリリアと共存しているとか。
そんなこんなで魔王と共に生きているシャルリリアは歴代最強の絶対王者にして慈悲深き聖女とか呼ばれて大人気らしいけど、まあそうよねっ! あんなに優しいんだもの、どんな姿でもどんな立場でもどんな場所でも人気になるのは当然よ!!
魔王の部下も魔王自身もシャルリリアと接していくうちに少しずつ変わっていっているらしいし、いやだけどそうなるとシャルリリアの魅力が伝わってしまうわけでもうとにかく全てが最高なのがバレちゃうわけでそれはそれでなんかこう私だけがよく知っていた憧れの存在がみんなのものになってしまうわけで、うおおお!! なんか複雑だよお!!
……まあ、まだ完全にハッピーエンドというわけでもないんだけど。私はシャルリリアの身体を奪ったままだからこの辺を、こう、魂を移動させるとかそんな感じでどうにかして初めてシャルリリアを完璧に救えたと言うべきなんだから。いつまでも魔王なんかと身体を同居(?)させておくのは忍びないし。
当の本人は魔族と人間が争ってどちらも傷つくのは嫌だからと、当面の間は魔王として『みんな』のためにできることをしたいって言っていたから後回しになってはいるけど……ふっ、ふふっ、ひゃっふうー!! あれだけ破壊を撒き散らして私を数え切れないくらい殺してくれやがった魔王さえも底抜けの優しさで殺意を拭い去って無力化するとかシャルリリアはやっぱり最高だよねっ!!
「うへへ。シャルリリアはこうでなくっちゃ……」
「おい」
「わっ!?」
いつのまに近づいていたのか、呆れ顔のローガンがそこにいた。
「間抜け顔晒しやがって。魔王どものシャルリリアに対する崇拝っぷりも中々だが、貴女は特にのめり込んでやがるな」
「まさか、別に崇拝とかそんな、うへっへへ」
「……シャルリリアの身体に転生した影響で魂ごと崇めるよう染められているとかじゃないよな?」
「失礼なっ!! 私は正気だよ!!」
「真っ当にそこまでのめり込んでいるならそれはそれで問題だがな。ちょっと優しくされたからって詐欺とかに引っかかるんじゃないぞ」
「ふふんっ! この世にシャルリリア以上に優しい人なんていないんだから『今の私』が優しさで人の心につけ込むタイプの詐欺に引っかかるわけないじゃん!!」
「駄目だこりゃ。かんっぜんに脳が焼かれてやがる」
「むう。ねえ、ローガンはシャルリリアのこと嫌いなの?」
もしそうなら『シャルリリアの記憶』からエピソードを抜粋して語りに語ってその考えを改めてもらうけど。ローガンは第一王子のように他者の才能に嫉妬するような器の小さな人間でもないし、シャルリリアのことを知ってくれればきっと好きになるはず……はず、で、ええっと、あれ?
なんかそれは、こう、やだな。
いや、ほらっ、好きと言っても恋愛的な意味だけじゃなくて、だけどシャルリリアのことを知っていけば誰だって惹かれるのは当たり前で、ローガンも私のような平凡な女よりもシャルリリアのような底抜けに優しい女のほうがいいに決まっているわけで、だから、それは、つまり!!
「はぁ。この馬鹿」
額に手をやってため息をつくローガン。
「とっくに俺の気持ちは伝わっているもんだと思っていたが、まあ貴女だからな。その馬鹿さ加減に免じてきちんと言葉にしてやる」
「まっ、ちょっ!?」
ぐいっと。
今にも鼻と鼻とが触れ合うんじゃないかというほど距離を詰めて、そしてローガンはこう言ったのよ。
「惚れた女が俺以外の誰かに夢中なんだ。その誰かが好きか嫌いか関係なく、嫉妬するに決まっているだろうが」
惚れた女?
今、あの、惚れた女って、ええっ!?
「あ、あああの、あのあのっ!!」
「いつか、きちんと、貴女の気持ちを聞かせてもらおうと待っていたが、もう我慢の限界だ。貴女は俺のことどう思っている?」
「……っっっ!!!!」
顔が熱い。
心臓がうるさい。
うまく頭が働かない。
だって私はシャルリリアの色々なものを奪った悪女で、だけどその辺は一応のハッピーエンドで解決していて、そうでなくてもローガンはこんな私でも受け入れてくれて。
だって私の本質は平凡な女で、だけどそんな私でもこれまでこの世界でどう行動してきたかをローガンは見てきてその上でこう言ってくれていて。
だって私は、私だって!!
「好き、だよ……。とっくの昔にローガンのことが好きになっていたんだから!! これで満足か、こんにゃろーっ!!」
思わず叫んでしまった私をローガンは抱きしめてくれた。ああ満足だと、耳元で囁かれてもうどうにかなってしまいそうだった。
ああ、ちくしょう。
幸せすぎて死んじゃいそう。