3.海水浴
3.海水浴
SLゼロ発車いたします。次はジュンサイ、ジュンサイ駅。右手に海が見えますのでどうぞご覧ください、そのあとはトンネルにはいりますので、窓はお締め下さい。
ははーん、わかった煙が入ってくるからでしょ。まてよ、こんな短い機関車のすぐうしろの席に煙が入るのかしら
そう考える間もなく、青い海が見えた。この景色はこの列車の旅で一番まともなものに違いない、彼女は列車の窓をあげると、身を乗り出して目を凝らした。野菜や果物の形の雲が浮かび、島の代わりに芋が浮かんでいる……
なんじゃ、この海は。進行方向に視線を移すと、機関車が見えた。
こんな短いSL列車の客車に煙なんか入る訳無いわ、あれれっ
煙突からは煙は出ていない。彼女は今度は後方を振り返る、ゼロはいつの間にか貨車を二両も引いていた。
カボチャ駅で連結させたのね。何を運んでいるのかしら?
彼女は推理しながら、窓を閉めた。
アズキ村の坊やといえば、案の定、窓を少し閉め忘れていた。
まあ、煙は出ていなかったし。きっと大丈夫だわ。
トンネルは坂になっているのか、リンゴは体を支えようと座席の端を握った。結構長いトンネルだった。ようやく辺りが明るくなった。
なんじゃこれは
客車の床は水浸しの上、「ヒトデ」までへばりついていた。彼女は何故窓を閉めろと、運転手が言ったのかが理解できた。
あのトンネルは海中トンネルだったのか、しかも、所々穴の空いている。
大漁、大漁!
なんだか、かぼちゃの夫人は嬉しそうだわ。
バケツに車内に入ってきたヒトデや海藻を入れながら彼女は笑った。
ジュンサイ駅までは、今までで一番早く到着した。
リンゴ駅まであと3駅でしょう、これから先、本当に2時間もかかるのかしら。
運転手がやってきてアナウンスをした。
ではみなさん全員降りてください。そうだ、忘れるところだった。座席の下の水着も忘れずにお持ちください。
さあ、急いで急いで、みんな待っている。
はあん、水着、そんなの聞いてないよ。あった、これか?
客車の最後部には更衣室があった。まだ「ぺったん」のリンゴだが、フィット感は良く、左の胸にある、「りんご」のプリントも気に入った。
私のサイズ、よく調べたわね。それにいつ用意したんだろう。まさか発車するまで、ここで海水浴でもしろってか?
ちょっと、これサイズが小さくて私、無理。
かぼちゃ夫人に合うサイズの水着は多分、ない。
彼女はクスッと笑い、口を押さえながら客車を降りた。
秋だというのに日差しも風も夏のようだ。しかし、目の前にには海も砂浜もない。どこにもあるただの駅である。
早く早く、お姉ちゃん、こっちこっち。
乗客がきちんと一列に並んで立っていた。
ははーん、プライベートビーチ行きの、専用バスが来るのね。
彼女はアズキ村のぼうやの隣に並んだ。係りの人がやってきて、網袋を一枚くれた。
サンダル入れにしては少し大きいけど、まあいいか。
それではお客さんが待っていますので、手際よく。鮮度が大事ですから、手荒に扱わないでくださいね。はい、回れ、右。
えっ、回れ右って?
みんなにつられて彼女は回れ右をした。目の前には途中で連結された貨車があるだけだ。貨車にかけられた梯子を、乗客は一人ずつ登っていく。彼女の番になり、梯子を登りきった時、彼女は信じられない光景を見た。
なんじゃこれは、プールじゃないの。
貨車の中には海水が入り、小さなプールになっていた。
ウーッ、ショボい。
彼女はこの中で泳ぐために、水着が用意してあったんだと思った。しかし、それにしては小さくて、実にショボい。
まてよ、鮮度って言ったわよね……。
そっち行ったー。逃すなっ。
ぎゃー、過去が腕に吸い付いた。早くとって、早く早く。
新鮮な海の魚たちが入っている、プールだったのである。
ご苦労さん、また頼むよ。
魚屋の主人が、トラックの中に魚の入った網袋を次々と放り込んで笑った。
SLゼロ発車いたします。次はソラマメ駅、予定していたトウガラシ駅は通過致します。次はソラマメ駅……。
予定より随分早く着くね、お母さん。
ええ、迎えが来るまで、時間があまっちゃったわ。
お姉ちゃんのせいだよ。あんなことするから。
彼女が、かぼちゃ夫人をプールに入れて、水を溢れさせたおかげで、魚たちが簡単に捕まったのだった。
時間が短縮できたから、すぐに出発するなんて、実にいい加減な列車だ。