2.夢幻SLゼロ
2.夢幻SLゼロ
夢幻SLゼロ、発車いたします。次はオクラ、オクラ駅には30分後に到着いたします。
ドアを閉めると、運転手はハンドルを右に回してSLを動かし始めた。赤錆びが浮いたレールの上をSLゼロは滑らかに走り始めた。5分ほど遅くオクラ駅に着いた、運転手はドアを開け乗客を乗せると車中の丸い時計の長針を5分戻した。
夢幻SLゼロ、発車いたします。次はトマト、トマト駅には15分後に到着いたします。
乗り込んだのはまさしくオクラだった、六角のずんどうの体に薄いTシャツを着た若い女性客が何かオクラ後で話しかけるが彼女にはわからなかった。何度か愛想笑いをしているうちに、トマト駅に着き、彼女はオクラ後の渦から解放された。今度は5分早く着き、慌てて運転手は今度は時計の針を5分進めた。
何なのよ、全く……
トマト駅ではトマトが、キャベツ駅ではキャベツがそしてジャガイモ駅ではジャガイモが乗り、次の駅でそれぞれみんな降りていく。もう彼女の頭の中では、野菜たちの言葉が前後左右を飛び交っていた。
あのう、運転手さん。リンゴ駅はいつ到着しますか?
彼女は恐る恐る運転手の背中に聞いた。
あと8つの駅を過ぎたらリンゴ駅です。到着予定はえーっと……、1時間30分いや、2時間くらいかな
それを聞いた彼女は、しばらく耳栓をして眠ることにした。
痛っ !
頬に何かがぶつかり、その痛さに彼女は目を覚ました。足元の床を見ると丸い物が散らばっていた、彼女はそれを拾ってため息まじりにこういった。
凶器はパチンコ、やったのはアズキ村の人ね。坊や、人に向けたらダメでしょ!
物的証拠の小豆から、彼女は犯人を向かいの座席の子供に特定した。
ごめんなさい
あれっ、言葉が通じる。
ガリリと口の中で音がした。アズキの一つは寝ていた彼女の口にも飛び込んでいたのだ。野菜たちの言葉が通じるようになったのはそのおかげかもしれなかった。居眠りしていた間にいくつの駅を過ぎたのか、彼女は車中の時計を確認した。
あれから5分も経っていないなんて、あり?
彼女は驚いて運転手に聞いた。
あれからいくつの駅を過ぎましたか?
えっ?
彼女は質問を変えてみた。
ジャガイモ駅からアズキ駅までいくつの駅を過ぎましたか?
えーと、大根、人参、パセリ、ブロッコリー、ほうれん草、白菜、ピーマン、そしてアズキ駅だから……
あら、パセリ駅の次は確かキュウリ駅があったわよ
とアズキの坊やのお母さんが笑った。
ピーマンの次はレタス駅があるのに入ってないよ
だめだこの運転手は、1.2.3……、えっ10駅通過したってこと、じゃあリンゴ駅は……
そうかそうか、お客様ジャガイモ駅からはもう10駅通過しましたよ
少し威張ったように大げさにせきばらいまでして、運転手がそう答えた。
呆れた、この運転手いい加減すぎる。待って、じゃあたった5分で10駅も走ったってことなの。それに肝心なリンゴ駅まであとどのくらいかかるのかしら?
運転手さん、リンゴ駅にはあとどのくらいかかるのかしら?
彼女の質問に運転手は答えた。
あと8つの駅を過ぎたらリンゴ駅です。到着予定はえーっと……、1時間30分いや、2時間くらいかな
さっきと同じ答えだ、きっと間違っている……
リンゴの疑わしそうな目を見て、アズキ親子が笑った。
お姉ちゃん、リンゴ駅はあと4つ先だよ。僕たちはその前のソラマメ駅で降りるからその次だね
そうそう、よく覚えてるわね。リンゴ駅までは2時間はかかるわね
間もなくカボチャ駅、降り口は左側です。カボチャ駅では10分停車いたします。
なるほど、この母子の言葉を信じよう。それにしてもあの時計って、変すぎる……。そうかわかったわ
駅に着くと運転手が時計の長針を30分進めた。
きっと駅ごとに時計の針を調整しているうちにこんがらがったのね、全く。あれれれっ
進行方向に向かって右側の座席に彼女は座っているのだが、その左に並べて新しい座席が据えられ、それを運転手がボルトで床に取り付けた。向かいの親子の右側にも同じく座席は追加された。
ふーん、新しい乗客たちが乗るんだ。隣の座席で足り無いってことか、よほど大きな人かしら?
新しい乗客は、彼女の予想通りドテカボチャのご婦人だった。