1.林檎の精
久々の新作、短期連載の予定です。お楽しみください。
1.林檎の精
リンゴへ
ダーリンと、温泉行ってきまーす
オヤツあるからね
お土産は買って帰るから、留守番ヨロ。
母の手紙を見て少女はため息を漏らした。
結局、これだから……。
昨日の夫婦喧嘩のとばっちりを、「彼女」は被ることになった。
まあ、終業式も終わったし、おばあちゃんのとこでも行こう、ご飯作るの面倒だし……。
彼女は、食卓にどっさりおいてあるリンゴに手を伸ばした。置き手紙が添えてあり、それは青森から男がトラックに載せて、はるばる売りにきたものらしい。
すぐ、こんなもの買うんだから、母さん。
そういう彼女は「リンゴ」と友達から呼ばれるように、何よりリンゴが好物だ。
食べちゃあダメ!
その声は、彼女がリンゴに手を伸ばしたときに聞こえた。 誰もいない部屋。
空耳かぁ
彼女はくすりと笑うと、ひとくちリンゴを掴んだ。
ダメーッ、お願い食べないで!
間違いない、誰かこの部屋にいる……。
誰かいるの、正体あらわしなさいよ!
彼女は辺りを見回し、果物ナイフに手を伸ばしかけた。
ここよ、ここ。あなたの目の前。
なるほど、目の前の赤いリンゴの陰から声の主がひょっこり顔を出した。
ひゃ〜あなた誰、いや、ちょい待ち。わかった、きっとリンゴの精って設定でしょう?
う、うん、そうだけど……
やっぱりね、刑事の勘ってやつ!
でも、どう見てもあなた刑事じゃないけど……
まぁ、探偵の見習いかなぁ。私、凛子、あなたの名前なんていうの?
プルプル、シワラナ、サスニーナ。
う〜ん、長い。プルプルでいい?
いいけど、あなたは?
探偵リンゴ
やっぱり、探偵なんだ、よかった。
なんか事件かしら?
一応、彼女は探偵小説、刑事物、時代劇はテレビ、ビデオでドラマ、アニメまで知り尽くしている。でもこんなのは初めてだった。プルプルは早口でここに来た訳を話した。
林檎の精は「始まりの木」に宿っているの。一番大きくて、古い林檎の木の精。その場所は人間には見えない。ところが最近おかしなことが、続いて起こるようになった。と、プルプルは彼女に話した。
おかしなことって?
林檎が色づくまでに枝から落ちるようになったの、それもほんの少し目を離した隙に。
大風でも吹いたんじゃあない ?
うーん、でもなんだか変なことも起きているの……
変なこと?
林檎の精たちが次第に痩せてきたの、それを悲しんで、女王様が寝こんでしまわれた。
痩せてきた?
そうなのやせ細ってきたリンゴの精たちの手では、リンゴが色づくまでの間、枝につかまっていられないの。始まりの木のリンゴはそれぞれ1000本のリンゴの木につながっていて、そのリンゴが色づくまではリンゴの精がしっかり持って枝につなげていないといけないの、それって結構体力が必要なのよ。
わかるー、私も鉄棒や「うんてい」は苦手だったし。それは今もだけれどね……
私はその原因を突き止めるために、女王様から任命されたってわけ。それでリンゴの箱に忍び込んでいたの。リンゴを一箱買ってくれるような人ならこの話を信じてくれると思って。
うーんでも、その原因を突き止める間、家をずっと留守にはできないしね。
それは大丈夫。
そう言うとプルプルは後方にクルッと回転した。
どう、そっくりでしょう。
リンゴの前にもう一人のリンゴが笑って立っていた。リンゴ村まで、学生一枚。
プルプルに言われた通り、赤いリンゴの絵の入ったカードを駅員に見せて彼女は聞いたことのない駅までの切符を買った。もちろんキャッシュレス決済だ。
0番ホーム
無愛想に駅員がそう案内してくれた。赤錆びたレール、枕木の間には雑草が茂っているどう見ても長い間使われていないホームだ。
こんなレールじゃほとんど電車は走っていないな。それにまんまリンゴ村ってのが怪しい……
何よりプルプルが自分に変身したことが怪しいはずだが、そこはすんなりと受け入れてしまうリンゴだった。
コトン、コトン、コトン……
きた、電車じゃないよ。あれって何?
彼女の前に停車したのは遊園地内を走る小さな蒸気機関車だった。
可愛い!
小さなSLは客車もなく、操縦席の後ろに座席が2列きりしかなかった。よく見ると0番ホームのレールは幅も狭い。
どうも臨時列車用のホームらしいわね。運転手は一人、乗客は私だけか、まあそうでしょうね。