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エイプリルフール投稿  庚申待ちの闇鍋会(中編)

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庚申待ちの闇鍋会(中編)


 二の宮様を襲ったフギャーッ!、バサバサ、バッチャンバッチャンといった音の数々は、四方に配した夜目の利く動物たちが、それぞれてんでばらばらな理由ながら一斉に動き始めた為でした。

 まず最初に動いたのは夜目の利く鳥代表の梟で、側についていた鷹匠の腕よりバサバサという羽音を立て、飛び上がったのです。その梟の羽ばたきと前後する形で、私の担当していた黒猫も閉じ込めていた籠の中からするりと抜け出し、板の間に躍り出ました。そしてその後は、フギャーッという鳴き声を上げ、二の宮様へと襲い掛かったのです。

 北側と東側の甕の中では、周囲の不穏な気配を察知したのか、鯰と鰻がバッチャンバッチャンと浅い水底の中暴れまわり始めたようです。

 一瞬の間に起こった複数の事態に、一早く反応されたのは、長子の一の君様でした。

「そうか! まずいぞ、その梟、三、二、一、の掛け声で獲物に向かうよう訓練されている! で、今の紫葵子の鍋投下号令を突撃の号令と勘違いしやがったんだ! この場の総員、頭を袖や手で覆い、一旦、床に伏せよ! あと、おい! 北側の甕だ! さっき、タカが鰻とすっぽんを取り出してみせたろ! 梟は夜目が利くからあの時それを見て獲物と認識したんだ! 狙いはそっちのはずだ!」

 一の君様は、近衛府にて少将の位を賜る現役の武官であられるだけあり、緊急事態の察知能力に長けていらっしゃるご様子です。

 一の君様から、そうした矢継ぎ早の指示が飛ぶ中、我々の頭上をバサバサッという音が通過し、その場に居た者は「うわ!」「ひぃ!」といった悲鳴を上げながらも、指示通り伏せの姿勢になって行きます。女房たちの中には固まってしまい反応が遅れた者もおりましたが、それらの者たちも男君様たちが袖内に庇うような形で強制的に伏せの姿勢にさせられたようです。実は、私自身もその反応の遅れた者の一人だった訳ですが、ちょうど側にいらっしゃった三の君様にお助け頂く形で難を逃れました。鰻とすっぽんを触ったばかりのぬるっとした手で抑え込まれたのと、あともう片側の袖には例のメェ~という生き物も一緒に庇われていたことが少し気になったのですが……いえ、庇って頂いた立場でそれらを云々するのは恩知らずというものでしょうね。

 私に被せられた三の君様のお袖布の隙間から、姫様が二の宮様に庇われる形で床に安全姿勢を取られたご様子も見て取れました。二の宮様におかれましても、……一応、そういうところは男君としての御自覚がおありでいらっしゃるのか、そのあたりはその……少し見直して差し上げても良いのでしょうか。但し、現状その小さな袖では姫様の頭半分しか覆えていない点がまだまだではあると思いますが! ……ただ、そのあたりも「背伸びしているところが可愛らしい」という他の女房たちの意見に賛同しても良いような気にほんの少しなります。ええ、ほんの少しですがね……!

 こういう時、普段でしたら一番上の兄君である一の君様が姫様を庇われるのが常でありましたが、この時は、もとの座位置が姫様から遠かったことと(一応、我々女房としましては兄君よりも婿君の席を姫様のお側に作ったわけですよ、ええ不本意ながらも!)、一の君様がその場の全体指揮を執られている関係から、二の宮様が動かれることになったのでしょう。ですが、これも後々考えてみますと、象徴的な気が致します。有事の際姫様を背に庇われるお役目は(うちの姫様は何故かそういう「有事」がとても多い御方ですので!)、それまで父親代わりとして何かと世話を焼いて下さっていた一の君様の手を離れ、婿君である二の宮様の手に移られた、と。……これまでをよく知る私といたしましては、少し寂しい気もしますが、それがこの儚き現世うつしよ趨勢すうせいというものなのかも知れません。

 そして、二の宮様の袖に庇われたのは、どうやら姫様だけではなく、黒猫のあて君もであったようです。フギャーッ!フギャーッ!、ドタンバタンという音を立てて、もう一方の小さな袖が上下に大きく盛りがっては下がりを繰り返していました。そして、その激しく上下する袖の盛り上がりに対し、

「いや、そこな猫! この鉢の中は駄目だ! あれは猫が食せば毒となる食材ぞ!? だから、駄目だと!」

 と、制止する声を掛けられています。どうやら猫は二の宮様の持ち寄られた食材に強い興味を抱いてた様子で、それを食させまいと二宮様は必死に抑え込まれているようです。

 また、同じ時、北側の甕の方では、バチャンッ!ガサガサ! バチャンッ!と先程より激しい水音と、羽音がすることから、一の君様の予想通り、梟が甕の中の鰻かすっぽんかを今まさに捕まえんとしているようです。

「おい、二の宮! その鉢の中身は早く鍋に投入しちまって猫を静かにさせろ! 湯に投入しちまえば流石に猫も梟も近づかん! 紫葵子も側にいるんなら猫を受け取り、保定しろ! 梟に、猫の方を獲物認定されてはことだ! それから、あと、誰ぞ、天窓を開けよ! そこから梟を一旦、外に出すのだ!」

 この東の対の母屋には、姫様たっての希望で屋根には明り取りと風通しのための天窓が設けてあります。一の君様のご指示通り、その天窓を開ければ、即座にそちらから風が入り、その風の流れを察知したらしき梟がバサバサッと再度大きな羽ばたき音を残し飛び立っていきました。天窓から指す月の光を背景に見たその姿は鉤爪のあたりに蛇のような長いものを垂らしていたようなので、結局、獲物として鰻を選び捕獲していったのでしょう。

「次! 火元の消火だ! 鍋を下ろし、火鉢に水を掛けろ! 消火確認後は、総員、北の戸口より東北ひがしきたたい方面へと退避! 外へは出るな! 鷹匠! 鳥笛を用い、梟を素早く回収し収監せよ!」

 一の君様のご指示通り、その場に居た者は全員(猫やヤギを含めて)、火元確認後に一旦東北の対に避難することになりました。

 さて、この時でございます。私が信じられないものを見たのは。

 一の君様の御支持により、最初にお客様である若君様や二の宮様付きの女房から避難を始め、その後は同じくお客様のお付きの家人の男性陣、その後、我が対の女房と家司という順で避難することになりました。こういう場合、対の責任者である私は一番しんがりを務めるものであると存じますので、最後の方まで残っておりました。ただ、この時、三の君様はヤギが言うことをなかなかきかなかったらしく、だいぶ手間取られていらっしゃいました。それを、お兄様であられる二の君様が声掛けをして急かされ、最終的には、なんと三の君様がヤギを背負って移動する次第になったようです。

 二の君様と三の君様、このお二人は同腹の御兄弟でいらっしゃり他の御兄弟よりもより近しい仲であられるため、三の君様が何か突飛なことをなさるとその尻ぬぐいを二の君様がなさるというのはよくあることなのでございます。そして、この時のそれも、まさに尻ぬぐいという言葉に相応しいものだったのですが……。

 先程、ヤギが手間取っていたと申し上げましたが、それはその、事態を少し婉曲に申し上げたまでで、ありていに申し上げますと、ヤギが避難の最中にもよおし、渡殿の途中にて粗相をしてしまったのです。その始末をするべきかどうか迷う中、一の君様から「皆、移動したか? 最後部遅れていないか?」というお声が掛かったため、三の君様はその始末をせずそのまま移動(それも肩に抱え上げて)することとなった訳なのです。そのヤギの残した「落とし物」を、二の君様はしばしじっと見つめていらっしゃいましたが、その後それをおもむろに拾い上げ懐紙の中にしまわれた後、渡殿から東の対へと逆行され、その懐紙の中身を大鍋の中に投入さなさったのです!

 ヤギの糞を鍋へ入れる……それをしたのが左大臣家の良心と呼ばれる方。

 それは、まさにわが目を疑うような光景でした。

 その時、その場に居たのは、二の君様ご本人と私、そして、梟の世話係として天窓の様子を最後まで確認していた鷹匠役の家司のみでした。

 その時、鷹匠役の男も私の目線の先に合ったものと同じものを見ていたのでしょう。その者は信じられない物を見たという表情をして視線を彷徨わせ、一瞬、こちらと目線が合いました。そして、互いに固唾をのみながら、一つ、頷き合ったのでした。


***


その後、鷹匠が梟を捕獲し安全確認がなされた後、再度、皆、東の対へと戻って参った次第でございましたが、この騒動に巻き込まれた者たちの中には「なんなんだよ、この屋敷の庚申待ちは!」「闇鍋など、戯れにもほどがある、これだから田舎育ちの姫は!」といった雑言を口にする者もおりました。二の宮様付きの家人や京に来てからにわかに姫様付きとなった者たちに多かったように思います。総じて、姫様の突飛な行動に慣れていない者たちとくくることができましょうか。

 そうして、肉食性の鳥の獰猛さを目の当たりにする一場面が嵐のように過ぎ去っていった訳ですが、さて、この後起こったことと言えば、当然の如く、

「おい、紫葵子! お前って奴は、また何を考えてやがるんだ!!! 四神相応に見立てるなんて馬鹿を言い出したことに毒を抜かれて、一瞬、こっちも認めるような形になっちまったが、いくら訓練をしてあるとは言え、アレは猛禽類もうきんるいだろうが! そんなもの、軽々しく持ち出すな! お前のその馬鹿な思いつきが、ここにいる者全員をあんな危険に晒したんだぞ!」

 と、一の君様より姫様へ特大の雷が落とされたのでした。

 そうして一の君様から姫様へのお説教が小半時ほど続いた後、二の君様より「まあ、ここはそれくらいで」というおとりなしがあり、その後は中断されていた闇鍋会が再開されたのでした(ただ、私、こうなっては二の君様のおとりなしも、いつものように「左大臣家の良心」の御言葉としては受け取れなくなってしまったのですが……)。

帰還後の東の対では、まず、ちゃんと全員戻ってきたか人員点呼がなされた後、一旦落とされた火鉢の火を再び起こし、そこに問題の鍋が戻されました。

火鉢の火は水を掛ける形で一旦全て落とされてしまったため、中の灰を全て入れ替え、炭も新たに備蓄庫から補充し炎が灯されました。その上に乗せられた鍋は先ほどのものと同じな訳ですが、先程までのと違いは、開け放たれた天窓から差す月の光がちょうど鍋の表面にあたり、うっすらとながらその表面の様子が見えてしまうことでしょうか。

 現状、その鍋の様子は、汁の色はどす黒く濁り、そのような液体がふつふつと煮えたぎる様子は奇しくも先に姫様が例えられた「地獄の釜」とはかくあらんというという様相を呈しておりました。しかも、汁の表面に時々浮き沈みしてくる黒々とした謎の物体や、あまつさえ草履か何かのようなものまで入っているかのように見え、「食べられるものであること」というお約束は一体どこに!?という有様です。

それは、普通に考えても、とても食欲をそそる光景とは言い難く、特に私は、あんな光景を目撃してしまった関係上、その黒っぽい物体は、どう考えてもアレにしか見えないのでございます。そして、漂う匂いもまた、生臭いような、そして言いたくはないですが、肥溜めのような、そんな匂いがして来る気がするのです。

 我が姫様はその水面を一瞥され、しかも立ち上る匂いを大きく吸い込んだ後、

「うーん、そうですね、このどす黒く濁った感じ、闇鍋としてはいい感じには見えますね。良いですか? 取ったものは、必ず食べなくてはならないという決まりは覚えておいででしょうか? では、いざ、実食を!」

と高らかに宣言なさいました。

 実は、私、東の対から避難した折、姫様に、後に残った私があの場で何を目撃したかたその一部始終をお話したのでございます。しかし、それを聞かれた姫様は「あー、それは平気。というか、そんなことがあったならば一層闇鍋っぽくて良い感じになってきたわね」等と笑い飛ばされるばかりで取り合って下さいませんでした。

 こうなったら、私としては、姫様がアレを御口にされる前に、私自身が何か粗相をしたふりをして鍋の中身を全部床にぶちまけてしまうしかないのではないかと、そんな決心をしかけた時です。

 一人の男が立ち上がり、鍋と二の君様を交互に指さしながら、大きな声を上げ始めました。

そう、あの時、最後まで部屋に残っていた者の一人、鷹匠の男です。

「その鍋は駄目だ! それは食えない! 俺は、見た! そこの男が……いや、若君のお一人が、鍋にとんでもないものを入れるのを! そいつはヤギのフ…… む、むぎゅ、ぐ、ぐ……! ぐへっ!!!」

と、ここで、鷹匠の男の言葉は途中からくぐもった音になり、最後まで続けられることはありませんでした。(が、ヤギのフ、という音並びと、その場の状況からその場に居た多くの者がことを察してしまったように思います。)

 見れば、男には、二の宮様が食材を持ち込まれた鉢が頭から被せられ、しかも、直後、二の宮様より横腹を小突かれたようで、その一撃の痛みに悶え、言葉を詰まらせた、という状況のようです。

 自身よりだいぶ身体の大きなその男を一撃で沈めるあたり、二の宮様、実は結構腕力の方もお強いのかも知れません。(これはこの件が全て済んだ後から思った感想でございますが)

「我が家人が失礼した。この者は、私の乳兄弟でもある者で、今日は二の姫から鷹匠と梟を貸して欲しいと言われ連れてきたのだが、自分の役目が上手くこなせなせず梟を逃がし、皆を危険に晒したばかりか、このような言いがかり口にしてしまい、本当に申し訳ない。臣下の無礼、主人である我が代わってお詫び申し上げる」

 二の宮様がそう頭を下げられると、それを受けて、うちの姫様はまた、

「おやおや? 師匠、そちら側も、でしたか? そうですわねえ、では、これは、一度きちんと説明をして皆に納得して貰わないと。でないと、せっかくの鍋の下げ渡しもなりませんしね……」

 等という言葉を口にされます。

姫様が「下げ渡し」という言葉を口にした途端、あたりがザワつきました。「俺たちに、アレを下げ渡すってのか?」「お姫様が喰いもんで遊んだ挙句、食えないもの作り上げて?」「今、ヤギの糞って聞こえたよな?」「それを食えって?」そんな困惑と敵意が入り混じった囁きが、聞こえて来ます。

 そして、ここで、二の君様は、

「なるほど。何やら、私が疑われているようですね。ならば、まずは私自身がこれを食してみせれば、良いのではないでしょうか」

 と、ゆったりと、いつも通りの口調で仰いました。あまりにいつも通り落ち着き払っていらっしゃるため、私自身、先程見たものが幻だったのかと自分の記憶を疑いたくなる心地が致しました。

 それに対し、兄君の一の君様は、

「いや、まあ、それも手だが、アヤが喰ってみせたところで何だ……疑ってかかってる奴から見れば、アヤが、そういう食の趣味のやつだって言われちまうのがオチだろうな。平中にもそういうのあっただろう。」

と、平中物語の中にある有名な件――なかなか振り向いて貰えぬ女性の肥箱を取り寄せ、その辛い恋心に思い切りをつけるため、肥箱の中身を食そうとした男の話――を引きつつ、弟君を擁護なさいます。

「そうだな。じゃあ、代わりに俺が喰う。ヤギ連れ込んで紛らわしいことしたのは俺だから。因みに、俺は糞食の趣味はない」

 と、三の君様は、そうしてそれまで周囲の者が言葉を濁していた事柄を言い切ると、目にもとまらぬ速さで、鍋から碗へとその中身を取り分けてしまわれました。その勇気と思い切りの良さだけは称賛されるべきでありましょう。

「……三の君、その直截な言い方は食事時にはどうかと思うが。では、我も。本来、我が家人が犯した無礼の後始末故、我こそ先に口をつけるべきであろう」

 二の宮様もそう発言され、鍋の中身をご自分の碗へと注がれました。

が、ここで「それだったら、俺が、いえ、私が、毒見致します!」と、宮様の碗はその乳兄弟にあたるという鷹匠の男にひったくられるようにして取り上げられてしまいました。(どうやら、この男、忠義ものであることは間違いないようです。)

 そして、その三の君様、二の宮様の行動に追随する形で、

「まあ、ここまでくれば毒食わば皿までだ……。精神修行のようなもんだと思って行くか……」

 そう言って、一の君様もご自分の碗へと注がれたのですが、ここで、なんとも意外な方が御登場され、その場の耳目を一気にさらっていかれました。

「おお、皆、揃っておるな。兄者のところの宴会に顔を出して来たが、賑やか過ぎるのに嫌気が差し、土産片手に帰って参ったが……。ふむ、何やら、美味そうな匂いのあつものが煮えているではないか。どれ……うむ。……なんじゃ、儂が持参するまでもなく、もう、松露は供されていたのか」

 このお屋敷の大殿であらせられる左大臣様が、そんな言葉と共に御登場あそばされ、三の君様の手から碗を取り上げると、そのまま碗の中身を一気に干されてしまわれたのでした。


(続く)


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