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エイプリルフール投稿 :庚申待ちの闇鍋会(前編)

エイプリルフール投稿




 庚申待ちの闇鍋会(前編)



 これは、二の宮様が左大臣家にお婿入りされた少し後のお話です。


 申し遅れました、私は、二の姫様付きの一の女房である少納言と申します。ただ、この「少納言」という女房名、有名無実と申しますか、実はあまり活用されておりません。姫様の乳母子として女の童の頃より長くお仕えさせて頂いております関係上、左大臣家の皆さまからは幼名である「椿」の方で呼ばれることがほとんどでございます。


 私本人といたしましては、京のお屋敷に上り「少納言」という女房名を頂くことで一人前の女房と認められたと喜んでおりましたのに、こちらの名であまり呼んでもらえないことを少し寂しく思っております。そうですね、そう呼んで下さるのは、外部からのお客様と……、そして当家の婿君である二の宮様(読み仮名:私の大事な姫様を侮辱した上、相応の覚悟もなく婿の座におさまりやがったあんちくしょう)くらいでしょうか。


 さて、私の自己紹介はこのくらいにして、お話を始めましょう。


 そう、あれは、二の宮様と姫様の、あの大変物議を醸しました御婚儀から少し経った頃に迎えた「庚申待ちの夜」のことでございました……。(とは申しましても、あの頃の姫様は、実は、二の宮様とご結婚なさったということ、無自覚でいらしたんですよね……。)


 ***


「本日は、お忙しい中、お集まり頂き、まことにありがとうございます! 今宵は、六〇日に一度の庚と申の交わる日! 三尸さんしの虫に、日頃の行いを閻魔大王様に報告されぬよう、今夜も気張って徹夜をして参りましょう!」


 我が姫・二の姫様が、高らかに宣言なさいました。


 本来、こうした前口上は、女房である私どもの役目なのでございますが、その晩、集まられましたのは、左大臣家の一、二、三の若君様(つまり姫様のお兄様達)と二の宮様(姫様の婿君)と、ごく近しい方々ばかりでしたので、最初から姫様が取り仕切っていらっしゃいます。

 また、本来ですと、うちの姫様のような高貴なお血筋の場合、成人の儀である裳着を済まされた後は例え血を分けたお身内であってもお顔を晒さず、御簾ごし、または几帳ごしの御対面となるのが通例ですが、「御簾ごしでは、お互いの三尸の虫が閻魔様に言いつけにいかないよう見張れないではないですか!」という姫様の主張のもと、そういった間に隔てるものは全部取り払っての御宴席となっております。 ……というより、姫様及び左大臣家の皆さま方は何かにつけて、御簾や几帳を「大仰だ」と言って取っ払われてしまうことが多く、この風習も私の女房名同様「有名無実」と化しているようです。


「本日の夜通し宴会第一弾は、事前通知申し上げた通り『闇鍋』となります! 各々がた、指定された条件での食材確保、相成りましたでしょうか!? 『必ず食べられるものであること』『全員が分けて食べられるだけの量を用意すること』『著しく強い臭気を発するものは避けること』でしたね?」


「闇鍋」というのは、姫様御考案の新しい食の形態で、宴席の参加者全員が一つの大きな鍋を囲み、そこに各人持ち込んだ食材を入れて煮込み、食するものなのだそうです。

 大きな釜鍋でぐつぐつ煮込む様子が閻魔大王の地獄の釜にも通じると言って、庚申待ちにも相応しい「おもてなし」だと姫様は仰っていますが、地獄の釜って罪人を煮るためのものですよね……、結構不吉な気がするのですが……、いえ、そのあたりの吉兆は全く気にされないあたりが、うちの姫様の器の大きいところなのですが……。というより、そもそも、姫様ご本人は、本来、三尸の虫の告げ口の件など、信じていらっしゃらないご様子なのです。……なのですが、御簾や几帳を取り払う言い訳には使われるあたり、ちゃっかりなさっているとしか言いようがございません。


 まあ、実は、姫様、この「鍋」がかなりお好きなので、庚申待ちに限らず、何かにつけて「鍋会」なるものを開いていらっしゃいます(「闇鍋」は、この時が初だったのでございますがね)。讃岐などでは、恐れ多くも光栄なことに私なども同じ鍋でのご相伴に預かることもございます。姫様曰く「古来より、同じ釜の飯を食べた仲、一つの鍋の物をつついた仲、と言って、仲間意識を形成するのにもってこいの手段なのよ」だそうですが、先日、二の宮様から「『古来より』とはどの時代のどの書物によるものなのか」という厳しいご指摘が入りました。以来、姫様は、お手持ちの漢籍をひっくり返して探していらっしゃったようなのですが、どうやら由来が見つからなかったらしく、最近はまた古事記などの神話で神様の御名を探していらっしゃいます。なので、たぶん、そのうち、霊験あらたかで長く覚えにくい名前の「鍋の神様」が登場されるのではないかと存じます。


 さて、話が少し脇に逸れましたが、この「闇鍋」の主旨、何しろ初の試みでございました故、お客様たちには姫様の意図がきちんと伝わっていたのかどうか……。いえ、結果から先に申しますと、当然の如く、皆さまには全く伝わっていなかったのでしたね。

 私どもは、姫様のご指示通り、東の対の一室に帳を下ろし、中央に火鉢の大きなものを設え、その上に金網を被せて大鍋を乗せ、さらに周囲の灯りを消すという設えの中にお客様をお通しした訳なのですが、姫様のご口上が終わってすぐに、


「まず、一つ、いいだろうか。何故、灯りを消してあるのだ? 庚申待ち信仰に基づき、三尸の虫の脱走を見張るという意図であるならば暗闇にすることは大いなる矛盾なのではないのか?」


 そう二宮様からまたまた鋭いご指摘が入りました。確かに、この時、灯りと呼べるものは火鉢の中の炭が赤々と燃える際に発する僅かな光のみ。その赤い光がそれぞれの御方のお顔や身体のの輪郭をほんのりと映し出す程度。確かに、虫一匹がどこぞからはい出したとしても、見逃してしまいそうな暗さではありました。


 さて、この頃の二の宮様は、まだ身体もお小さく、声も少年特融のかん高さで時々舌が回ってないことさえございました。そういうお声で言葉面だけは大人びたご様子なのがちぐはぐで、そこが他の女房連中は「なんて健気で可愛らしい」と人気でしたが、私にはやはり、かなり生意気に……いえ、随分背伸びをされているように感じられたものです。


「あら、そこはちゃんと対策してありますわよ? 具体的に申しますと、四方の戸口ごとに夜目が効く動物を抱いた女房たちを配しておりますので。東に鯰なまず、西に猫、南に梟ふくろう、北に鰻とすっぽん。一応、ここも縁起を担いで、東西南北の四神相応に近い動物を配してみてます」


 そう言って、姫様は四方を指示されます。北と東にはそれぞれの水棲生物に合わせて大きな甕が据えられ、南には左大臣家で鷹匠役をしている家司が梟を従えて座し、そして私も僭越ながら姫様の飼い猫である黒猫のあて君を籠に入れて従え西側の戸口に座らせて頂いておりました。しかも東西南北の各戸口の上部には洞窟の中で光るキノコの胞子から取られた塗料が塗られ、闇の中ぼんやりとその位置を告げています。

 実は姫様、三尸の虫と暗闇の関係についてはそういうご指摘は当然あるだろうという事前に予測され対策をされていたのでした。それも、指摘が来るならたぶん、二の宮様からだろうということまで予測されていてそれが当たっていたのは驚きでした。


 で、そんな姫様の「どうだ! 対策万全でしょ!」という態度に、姫様には甘いことで有名な兄君方がまたそれぞれ反応を返されました。


「ああん? 鯰に猫に、梟、鰻にすっぽんって…、まさか、お前、それで青龍、白虎、鳳凰、玄武のつもりなのか!? いや、黒猫に白虎の役をやらせるってどうなんだ? ……いやいやいや、検討するのも阿保らしいな。ちっ、危うく、こいつの馬鹿にのっちまうところだったぜ」


 と、いつも通りぶっきらぼうにぼやくは、一の君様。しかしながら、「でも、まあ、見張りって意味じゃ、これでも置いておくか」と、魔除けの「見ざる聞かざる言わざる」の三猿の置き物を懐から出され、よく見えるところに据えられるあたり、縁起担ぎはやはりなさりたいご様子。この方、一番上の兄君として姫様のお目付け役もとい親代わりをなさっている方で、宇治時代、讃岐時代を通じて姫様に何かあれば一番に駆けつけて(姫様を叱りつけて)下さる方です。姫様が上に何も付けずに「兄様」とお呼びになる場合はこの方のことで、他の兄君たちと区別される時は「一兄いちにい」とおっしゃいます。


「うーん、そうだねえ、鰻とすっぽんを玄武に相当させるのが一番苦しいとは思うけれど、鯰は土竜とも書くし、猫と虎は同一種なので、一応、頑張った方なんじゃないかな。まあ、庚申待ちにしろ、こういう縁起担ぎの当て物にしろ、それを信じればこそ、こちらの心持次第だからね」


 と、平素よりの理知的な回答をなさるは、二の君様。流石は「左大臣家最後の良心」という二つ名をお持ちなだけあります。但し、こちらの若君も、そうおっしゃりながら何やら小魚の頭に柊の枝とあとは何やら赤い実を刺したものを三猿の横に据えられました。私はこちらの方は存じ上げなかったのですが、姫様が「鰯の頭も信心からですね!」とおっしゃっていたことから、こちらも縁起担ぎ物らしいです。この方、姫様のことを大切に思われて下さっていることは、他の御兄弟に引けは取らないとは思われますが、その控え目な御気性がらそれを表立って示されることはあまりありません。但し、有事の際は要所要所で姫様や他の御家族に対し理論だった説得をして下さる、私ども女房にとっては頼もしい方です。そして、姫様がこの方を愛称でお呼びになる時は「二兄ににい」といいうのが発音がしにくいため、ご幼名に菖蒲あやめの字があったことに因み「アヤ兄」とお呼びになることがほとんどです。(そして、一の君様が二の君様を呼ぶ時も「アヤ」や「アヤ坊」ですわね。)


「鯰と鰻とすっぽんは、食べ足りなかったら鍋に入れる為でもあろう。滋養強壮に良く、我が筋肉も喜ぼうぞ! おお、鰻はようヌメるな! むむ、すっぽんが喰いついたか!? ガラガラ・ドーン! よし、離れたな!」


 と、相変わらず前後の脈絡に対し意味不明に綴られるは、三の君様。そう言いながら、どうやら北の戸口に近付かれると女房の持つ甕におもむろに片方の腕を突っ込み、素手にて掴み上げられたようなのです。しかも、どうやらすっぽんには噛みつかれたというご発言。そして、更に驚くべきことに「すっぽんが嚙みついたら雷が鳴るまで離さない」というのを雷の音を口真似することで実現されたのには、もはやなんと感想を述べて良いものやら(雷が鳴るまで離さないって、そういう意味じゃないと思うのですけれど……)。この三の君様のことを姫様が呼ばれる時は「三兄さんにい」でしょうか。あるいはこちらもご幼名に因んで「麿まろの兄様」と茶化した呼び方をされることもあります。姫様は、「三兄、あの性格とあの外見で、幼名が麿まろ様だなんて、意外性がありすぎる!」と、そのことに触れるたび大笑いされていますが、ご幼名は生まれてすぐにつけられるものですから成長された際のご様子と乖離が出てしまうのも仕方ないことかと存じます。元服後の御名は雄々しい感じに名付けられたのも一つにはそのためなのでしょうか、兄君方が三の君様を呼ばれる時はその元服後に因み「タカ坊」や「タカさん」と呼ばれるのが常でございます。思うに、一の君様は二文字呼びがお好きなのですわね、アヤ坊、タカ坊に続き、義弟となられた二の宮様のことも恐れ多くもシゲ坊等と呼ばれることもあるのですから。


 そして、この若君たちのそれぞれのお言葉に対し、二の宮様は、こめかみのあたりを押えながら、何度かかぶりを振られ、こう続けられました。


「いや、各々がた、これはそういう問題ではなかろう。我が問うておるのは、何故灯りを消しているのかという方だ。三尸が逃げ出す経路問題なぞ正直、どうでも良い。このように暗くては食事をすることすら困難であろうと申しておるのだ。自らの箸先に何を捕らえているのかすら判然はせぬ状況だ」


「あら? 師匠、それがいいんじゃないですか! 暗闇の中、自分の箸が何を引き寄せたのかすら分からない! そのドキドキ感を味わうのが『闇鍋』の醍醐味なのですですよ? そして、自らの箸を付けたものは何であろうと、絶対に食べなくてはならないのです!」


「は!? 『闇鍋』……とは、そういう主旨のものなのか。闇夜の如く黒き食材を持ち寄るという意味ではなく?」


「はあ? やみ鍋のやみは、『悦味やみ』と書いて、大陸の向こうのどっかの国の言葉で『美味い』って意味なんじゃないのか?」


「おや、やみ鍋とは、病み鍋、つまり病やまいを得た者へ滋養強壮に良い鍋という意味では?」


「ん? なんだ? やみという言葉に、競べ矢の判定者たる『矢見』役以外の意味があるのか?」


 姫様の御言葉の後は、順に二の宮様、一、二、三の君様のご発言な訳ですが、やはり皆さまには「闇鍋」の意味が通じてなかったご様子です。


 一の君様と二の君様の、美味しい鍋、滋養強壮に良い鍋とのお答えはともかくとして、黒い食材を持ち寄ると思われていた二の宮様と、競べ矢の審判役の矢見だと思われていた三の君様は一体何を持ち寄られたというのでしょう? 


 確かに、二の宮様の方からは何やら、特異な匂いが漂って来ていました。それは、焦げ臭いような、青臭いような、あるいは調味料の醤ひしおのような匂いにも感じられます。ただ、確か、匂いの強い食材は禁止ではなかったでしょうか……。


 そして、三の君様の後ろからは先ほどから何か「メェ~、メェ~」という声とが聞こえていました。……あの、確か、持ち寄るのは「食べられる物」限定だったのではないでしょうか。いえ、その、メエ~という鳴き声の物を食す文化が遥か南の方にあると父親が日向権守だった女房から聞いたことはあるように思います。そして、そのメェ~の肉は、実はとてもとても臭いのだとか……。ですから! 臭い、もとい匂いの強い強い食材は……。


「ん-、もう、兄様方に師匠! そういうのをネタバレ発言というのですよ? せっかくの闇鍋なのにドキドキ感が減ってしまうではないですか。さて、ネタを割るようなおしゃべりはそれくらいにして、さあ、御準備はよろしいですね、私の掛け声で一気に投入して下さい、三、二、一、はい!」


「いや、待て、二の姫! 各人の『闇鍋』の認識にここまで乖離があるならば、この試みは危険……だ! は!? な、何だこれは!?」


 二宮様の最後の「は!?」から始まるご発言は途中より、バサバサッといった擬音とブギャーッ!という鳴き声にかき消されてしまいました。


(続く)

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