※【内容刷新工事中】第十七節 火事
R15指定は、一応念のために設定。
(『源氏物語』を取り扱う関係上、恋愛・性愛関係描写が出てきてしまうため)
基本、ドタバタコメディー(時々シリアスあり)です。
※この小説はあくまでフィクションであり、登場する歴史的事件、人物、企業名、大学名などは実在する同名のものとは別存在であるとお考え下さい。
【2023年11月27日連載開始】
**********現在・工事中です**********
※作品内容向上のため、現在(24年3月7日~13日まで)、大鉈振るって改良工事を行っております。空蝉事件編があまりに長期化したため、この部分の縮小・短縮化を図ることで、物語全体として流れ良く読みやすく改良したいという意図です。
(空蝉事件開始のあたりから短縮・改良版に置き換える予定です。付随して宇治・讃岐編も縮小予定)
※その結果、ここまでリアタイで読んで下さった読者様には、ご不便をおかけ致しますことをお詫び申し上げます。ご不便内容の具体例としては、大鉈振るった結果、物語の流れが変わる部分や削られたエピソードが出てくる可能性がございます。また、感想をお寄せ下さった方には非常に申し訳ないことに、一話削るとその話に寄せられた感想部分まで削られてしまう可能性があり、その点も心よりお詫び申し上げます。(感想が削られない方向を模索してみますが、その場合、掲載話と感想部分がズレるなどの現象が起こるかもしれません。)
※工事期間は3月13日までを予定しており、14日より新バージョンでの連載再開を予定しております。
※24年3月7日まで公開されていたバージョンは「旧版」としてどこかに保管する予定ですが、その中で公開されているネタは、新バージョンでの展開にて再利用される場合がございます。
**********現在・工事中です**********
【以下、旧版です】
第十七節 火事
私は、葵紋の髪箱を手に、紀伊の介の屋敷を奥へ奥へと進む。正直、猫がどこにいるかについて確信があったわけではないのだけれど、あの塗り籠めの中からずっと気になっていた匂いが、こちらの方に続いているように思うのだ。
実は、あの塗り籠めに入った時から、何か薬草かハーブのような香りがしていた。その匂いが鍵だと思う。
――あれって、お酒、それも……薬草酒か何かの匂いだと思うんだよね。香合わせに凝ってた頃に色々擦り潰してた時の記憶と、あとは一部情況判断も入ってるけど、その薬草酒ってズバリ、マタタビ酒なんじゃ? それを追ってアネナは行ってしまったのでは? 猫はマタタビに目がないということだし……。
生のマタタビの実は甘く痺れるような匂いがするもので、それを酒に漬け込んだマタタビ酒は、生よりは多少マイルドに感じられるものの、もとの甘い香りを引き継いでいる。滋養強壮や冷えの改善に良いということで、讃岐の田舎屋敷では秋になると必ず仕込ませ、京のお母様へも毎年何壺かお送りしている。
今、そのマタタビの香りは他の香り――それこそ女房たちの焚く強い香の匂いなどに紛れてしまっており、鼻は比較的良い私でも本気で探さないと追えないのだが、目を瞑り、神経を研ぎ澄まして香りを探る。そして、やはりそれは更に奥へと続いていると感じる。
――それに、もう一つ、情況判断としては、そのマタタビ酒って……、野萩が持ってたあの大きな壺、アレに入ってたんじゃないの? 塗り籠めには他にそういった匂いを発しそうなものはなかったし、そう考えるのが順当だと思うんだよね。
先程の塗り籠めにあの大きな壺は残されていなかった。あの時、野萩がそれを再度手に取って出て行ったかどうかまでは覚えていないが、ないということは持っていった可能性が高い。つまり、猫を探したいならば、野萩の去って行った方向、もっと言うと光る君が駆け出していった方へと行けばいいのではないか。そういう推論が成り立つ。
――正直、そんなに確度の高い推論ではないけれど、今は他になのもアテがないし、光る君たちの居る方に合流するのが悪いことだとも思えないから。
だから、自分が目指すのは、やはり、こちらの方向で良いのだ。
そう信じて進むと、貴族の屋敷構造的に、このあたりが最奥エリアなんじゃないかというあたりに出た。
私たちが最初に車を直接乗り着けた表玄関の方ではなく、裏手の、現代風に言うなら勝手口にあたる方の通用門にあたるものが見える。渡殿からその通用門に至る飛び石状の石畳の脇に何やら屑紙と古布を積み上げた小山があり、それがメラメラと燃えている。私の感覚からすると、焚き火で焼き芋でも焼いているのかという風景なのだが、え、まさか、これが「火事だ~!」の火の手と煙の正体なのだろうか。
検非違使たちの立てるピィーッという呼び子のような笛の音も、段々こちらの門の方へと近づいてくるように聞こえる。
――ん? 警笛に混じって、何か聞こえない? 悲鳴というか、雄叫びのような?
その物音の方へと足を向ければ、どんぴしゃりで、光る君たちがいた。
――え? 紀伊の介も一緒? それに何!? この情況!?
***
「うぎゃーーーーーー!!!! お、お前が悪いんだ! お前なんかがいるから! お前のその小綺麗な顔のせいで、三条の二の姫様は~! どこがいいんだ、こんなこんな……肌は白いし目は優美だし、鼻筋も口元も……うわーっ! 綺麗すぎてけなしどころが分からん! そこがまた腹が立つ!」
紀伊の介は、そんな支離滅裂な言葉を叫びながら、なんと胸の前に小刀のようなもの構えている。表情出で立ちも目は血走り、口の端から変な色の泡出していたりして、様子がおかしい。
光る君と野萩は、その紀伊の介から二メートルほど距離を置いたところ立っている。小刀を振り回されてもすぐには届かない間合いだが、投げつけられれば届いてしまうし、完全に安全とは言えない位置関係だ。
――しかし、何故ここで「三条の二の姫様」って、私の名前が出てくるの?
「お、お前も悪いのだ、野萩! 姫様の情報を持ってこいと言って三条のお屋敷に勤めさせているのに全く役に立たず! お前がもう少し役に立っていれば、姫様はきっと俺を選んでくれたはずなんだ! お前が姫様のお好きなものなどをもう少しちゃんと俺に伝えたり、あとは姫様やその周囲の者どもの弱味なんかを握れていれば! そうすれば、こんな顔だけの間男に俺の大事な姫様を捕られることなんてなかったんだ! そうだ! 俺と姫様は前世からの深い縁で結ばれているんだ! 姫様と今世で結ばれるべきは、この俺様なんだ~!!!」
――うわぁ……。そ、そういう……。
正直、理解したくない情況だが、紀伊の介が私にかつて恋文を送ってきたことなどを考え合わせると、これは所謂「修羅場」というやつなのかも知れない。
紀伊の介がそこまで私に本気だったとは、ついぞ思ってこなかったのだが、先程、私が結婚していたなんていう私自身ついこの間まで知らなかった情報をキャッチしたことにより、何かの箍が外れてしまったのかも知れない。
――しかし、なんてアホなことを並べてるんだ、このおっさん……。前世からの縁って、じゃあ、あんたも二〇世紀出身者なのか!?
紀伊の介は、威勢良くそんな俺様的啖呵を切ってはみたものの、其の後は言葉が続かず、えーと、えーと、とあらぬ方を見やりながら次の句を探している風だ。それに対し、野萩がバンっと床を踏みならして一歩前に出る。
「黙れ、この馬鹿兄者! いや、もう兄と呼ぶのも汚らわしい! あんたなんか、もともとうちの父親の再婚相手があんたの死んだ母親だったってだけで、連れ子同士血も繋がってないんだから! 田辺の分家の藤原日出次! うちの分家のそのまた分家で穀潰し状態だったあんたのことを、元親子だった縁で父上が気にしてなんとか権守の職まで紹介してやったっていうのに! だいたい、私は、あんたなんかに頼まれたから三条のお屋敷にご奉公にあがったわけじゃないよ! 自分の意思であそこに勤めてるんだ! それに、三条の姫様―芙蓉の君様があんたのような冴えない男を選ぶわけがなかろうが! その発想がそもそもおかしい!!!」
「冴えないとは何だ! 冴えないとは! 俺はこれから冴えまくる男だぞ! あの砂糖や塩、麦を元手に、がぼがぼ稼いで、それで大陸に渡るんだ! 大陸の方じゃ、肉体改造って言ってな、顔も身体も全く別人のように作り変える秘術があるんだそうだ! その秘術を使って俺は……そうだな、顔はそこの光る君みたいな絶世の美男にして、身体の方は姫様の兄君の頭の中将の君みたいに背を高く……、いや、同じ姫様の兄者の中でも身体の立派さなら、今紀伊の介になられた三の君の方がいいか? 筋肉隆々として、あれは男でも見惚れる! どっちがより、モテるかのう……。ぐひひひ。そうなったら姫様以外にも、側女を沢山置いてだな、ああ、野萩、お前もまあ見れる方だから、そのうち寝所に呼んでやるぞ。でも、その時の俺がどんなに良くても呼ぶのは一回きりだ! 小生意気な義理の妹でずっと気に食わなかったが、実はちょっと可愛いと思っていたお前を、俺はヤリ捨てにしてやるのだ! 初恋の義妹をヤリ捨てにして、あの高慢ちきそうな都会風美人を正妻にして、その取り巻きでさっき俺を罵ってきたあの椿とかいう娘も側女にして、毎晩お願いもっと……とか言わせてだな……!」
「だから、黙れっと言ってるだろうに、この最低男! お前と一瞬でも縁続きだったのが心底恥ずかしいわ! 芙蓉の君様に加え、光る君や、頭中将様、三の君様の名前もそんなどころで出すな!」
野萩は更に床をダンダンっと踏みならして威嚇する(この子も結構やるね)。
確かに紀伊の介の言は、とにかくアホで最低で支離滅裂な言い分で、聞くに耐えないのだが。
――肉体改造で、顔が師匠で身体が三兄って、想像してしちゃったじゃないの! その取り合わせ、ミスマッチにすらならない! 気持ち悪すぎる~~!
標的がだんだん義理の妹の野萩へと向かって言ってるのもまた気持ち悪いし(あんな風に最低の初恋宣言されて野萩、可哀想……)、そしてもしやその「高慢ちきそうな都会風美人」というのが私のことなのだろうか(本気で気持ち悪い!)。
――このおっさん、ここまで馬鹿だったか? と思わないでもないんだけど、うーーーーん、讃岐でも女房たちがあれだけ毛嫌いしていたことを考えると、これが平常運転なのかな? 今も、かなり酔っ払ってもいるみたいだし……。
そして、このあたりで、光る君は、地の底から湧き出てくるような深い深い溜息をついたのち、例の摂氏マイナス二百三十七・一五度の声で紀伊の介に言う。
「……全くもって聞くに耐えん。耳が汚れるとは、まさに其方の吐いたような文言を耳にした時のことを指すのだろう。前紀伊の権守、藤原日出次と申したか。其方には本来、塗り籠めの中の物品について話を聞くつもりだったのだが、ある意味実に貴重な経験だった。礼を言おう。時に、その『高慢ちきそうな都会風美人』というのは、我が妻のことだろうか。一見すると言い得て妙にも思えるが、あれは『高慢ちきそうな』ではない、高慢そのもの。そしてあれが都会風と思う其方の目は節穴か。都にあれほどの暴れ馬はおるまい、雛の地でのみ許される自由奔放さと無鉄砲さなり。天衣無縫にして羞花閉月。あれは、お前なぞが手にしてよい花ではない」
――うわ、また、立て板に水式に…。えーと、何だって? 師匠が音楽のこと以外で立て板に水なのは大抵めちゃくちゃ怒っている時なんだけど……。あれ? この場合、私、けなされているの、褒められてるの? 天衣無縫はともかく、羞花閉月って、楊貴妃とかのことだよね。う、うーん……。
「更には、其方、我らが婚姻に異を唱えたいように見受けられるが、其の儀、国の要たる左大臣が我が父帝に奏上し、勅命として下されたものなれば、異を唱えるは国家反逆罪となり得るが、その解釈で良いのか。よく考えて答えよ」
「は!? えーと、何だって? 漢語ぽいのばかりで何言ってんのか、半分以上分からなかったが? あ、でも、礼を言われているのだけは分かったぞ。つまり塗り籠めの中の物を盗んだ件もなしにしてくれる、と。 うほほほ、そうこなくちゃな! 家来衆にまで酒を振る舞って手厚くもてなしたのがやはり効いたか。礼か……、礼……うほほ、実は、これだけ綺麗なら、男でも良くないか? ぐひひ。じゃ、じゃあだな、お前、今晩、女物の袿でも着て我が寝所に……、ひっ、っぎゃー! ぐぼっ!」
このあたりで、私は紀伊の介の支離滅裂の妄言を聞くのに耐えられなくなり、手にしていた髪箱の蓋を紀伊の介の足下に向けて思いっきり投げつけた。最後の方はもう耳を塞ぎたい、というか、紀伊の介の口に何かを詰めてやりたいくらいだった。
自分のこと言われるより何より、ちょっと紀伊の介が師匠に女装させてナニかを期待してる図というのが許せなかった。向こうの世界のクラスに一定数いる女子の皆さんは、こういうのを何故か掛け残形式で表現するのだが、紀伊の介✕光る君、って文字面見ただけでも嫌過ぎる!
――その計算式、積としてナニが出てくるの~~! そりゃ、師匠の女装ってのはは少しは見たいけどさ!!!
――って、あ、あれ? 「ひっ、ぎゃーっ! ぐぼっ!」って音からして、三段階で当たってる? え、つまり当たったのって、私の髪箱の蓋だけじゃない?
どうやら、同じ瞬間に光る君も自分の扇を紀伊の介の腕に、そして野萩も例の壺を紀伊の介の胴体たたりに向けて投げつけたらしく、紀伊の介は小刀を取り落とし、その後時間差で襲ってきた脛、胴体の痛みに悶絶し始めた。
紀伊の介の「悶絶踊り」を脇目に、光る君と野萩の二人は髪箱の蓋の来た方向を反射的に見遣り、こちらに気づいた。
「二の姫! 何故、ここに!? あれほど避難を指示しておいたろう! 小君たちはどうしたんだ? いや、それより、君がこんなところに来るのは危険すぎるだろう!」
光る君からは、当然のごとくそうした怒号が下されたが、ここで野萩が、
「あ、あの姫様、何か箱から零れて一個こっちに転がって来ましたが? 何ですの、この丸薬みたいな……」
そう言って、私の髪箱から転げ出した黒い玉を拾い上げた。
――あ、マズイ! 箱の蓋を投げてしまったから、中からアレが零れ出て……!
この時、悶絶踊りを展開していたはずの紀伊の介が、カッと目を見開き、相変わらず踊り続けながらも野萩に近づいてきた。
「そうだ! これだ、俺にはまだこの丸薬があった! ああ、三条二の姫! ちょうど良かった、さあ、説明して貰おうか! これが、噂の超人・仙人になれる万能薬なのだろう? あのお前が讃岐の庄で飼っている気味の悪い巨人たちや百歳越えの比丘尼の……って、あれ?」
今回の最後の「あれ?」は、紀伊の介が野萩が摘まみ上げた黒い玉を取り上げようとし、そしてそれに失敗して取り落とした時の声だ。
いや、正確には取り上げようとしてそのまま勢いが付き、ぽーんとあらぬ方向に飛んでいってしまった時の……。
――って、え!? 待って待って! ダメだよ! その黒い玉は……! 紀伊の介が変な勘違いしているのはなんとなく分かったけど、え、ちょっと飛んでいくにしても、そっちは!!!! そ、ソレはまずい!!!
私の心の叫びを余所に、黒い玉は綺麗な放物線を描いてぐんぐん飛距離を伸ばし、渡殿を飛び出て建物背後の通用門との中間地点、ちょうど焚き火がされているあたりへと落下していった。
数瞬後。
ドッカーン、と、大きな爆発音が、暮れ始めた夕空に響き渡った。
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