第十節 検証
R15指定は、一応念のために設定。
(『源氏物語』を取り扱う関係上、恋愛・性愛関係描写が出てきてしまうため)
基本、ドタバタコメディー(時々シリアスあり)です。
※この小説はあくまでフィクションであり、登場する歴史的事件、人物、企業名、大学名などは実在する同名のものとは別存在であるとお考え下さい。
【2023年11月27日連載開始】
第十節 検証
ここまで来れば、もうおわかりのことと存じますが、どうやら、私、単に平安の世に転生したのみならず、その世界はどうやら『源氏物語』の中、そのものだったようなのでございます。
なーんて、ちょっと、それこそ『源氏物語』の翻訳文調の真似事などをしてみたが、そう、結局、そういうことなのだろうと私は結論づけたのだ。
今私のいる、この世界は、十一世紀末に宮中女官であった藤式部こと紫式部の作り上げた、日本最古の長編宮廷恋愛小説―『源氏物語』の内側の世界……そう考えると、実に色々なところで納得がいくのだ。
「もしかして結婚してる!?」に続くこの二つ目の気付きは、天啓のように訪れた一つ目に比し、ゆっくりじわじわと「そう考えるしかない」状態に陥っていった。
自分たちの結婚の様子に源氏物語の光源氏の最初の結婚を重ねた時から始まり、情況が本当に似ている/似すぎていると訝しみはじめ、女房達から六条の名前が出され、最後には「光る君」本人からも確認の言がいくつも取れた。
ちょうどパズルのピースが一つ填まると、その後は次々と埋まっていくように。
ただ、この件、決めつけてしまうにはまだ、もう少し検証は必要だろうと思う。
なので、ここでそれをちょっとまとめておきたい。
【検証その一】
まずは、外堀から埋めるという感じで、少し本題とは迂遠な話をはじめると、実は、意外なことに、私は、この世界に来てから『源氏物語』と『枕草子』を教えられたことがないのだ。目覚めの時に「春はあけぼの」暗唱をやっててしまってはいるが、教えられたことはない。あの時も、私が枕草子冒頭を暗唱したのに、誰も何もその件突っ込んでこなかったし、それはつまり「誰にも通じてなかった」ということなのではないか。
二つとも超有名古典で、発表当時から平安の世で滅茶苦茶売れまくっていて、例えば『更級日記』なんて、この源氏物語大好きなんだけど地方在住で写本がなかなか手に入らず全巻通しでは読んだことがなかった少女が、あるときその源氏物語を全巻セットでプレゼントして貰う機会があり大フィーバー、というところから始まるお話だ。(異論は色々あるかもしれないけれど、今必要な情報だけ取り出して書くと、まあそんな感じの始まり方のはず)。
私が転生した世の中は、風俗や人々の考え方からして平安末期であろうことはほぼ確実なのだけれど、なのに何故、名作中の名作である『源氏物語』や『枕草子』を私は教えられたことがないのか。
それは、やはりこれが『源氏物語』の世界であるからなのではないか。(ついでに私は、『更科日記』も教えられたことはない。)
『枕草子』は紫式部のライバルである清少納言の作であるが故、源氏物語より若干先に成立していたものの、確か源氏物語の中ではその存在言及されてなかった……ということなんじゃないかな。この辺り、源氏物語をそこまで熟読していないので少々自信がないのだけれど。ライバルの作品をわざわざ自分の話の中で言及する必要はない、そう紫式部は判断して物語を書いていったのではないだろうか。
少々メタな視点からだけど、これが第一の証左。
【検証その二】
次に、これも、先程の問題と一部被る話ではあるのだけれど、実はね、私、こちらに転生してから、女房や兄たちに何度も、
「いまは、何という帝の時代なのですか?」
という質問をしてみている。
教科書を鬼暗記していた私としては、正直なところ平安期であれば歴代天皇の名前の四分の三くらいは言えると思う。順番に暗記というよりは有名歴史事件別に出てくる人名と年号を芋づる式に覚えているという形なのだが、それでも、年号の語呂合わせからだいたいのところでもその時代の時期が分かるし、分かれば分かったで、色々と失敗を回避出来る。この世界ではどういったところまでが歴史的に「発見」されていて、逆にどんなことは「未発見」なのか、何ならば口にしても良く、何ならばダメなのか、そういったことの目安に出来るのだ。
またまた私の子供時代の黒伝説系のお話になるが、実は、宇治時代に一度、平家物語の冒頭の「祇園精舎の鐘の声……」を暗唱してしまったことがあり、その場の全員に「は?」という顔をされたという苦い経験があるのだ。
その暗唱が通じなかった時点で、この世界が鎌倉時代よりは前であるという確証は取れたけれど、その結果として「奇妙で不吉な呪文のようなものを言う子供」というレッテルを貼られてしまった(平家物語の冒頭って、平家滅亡への予言みたいな部分だから、確かに不吉な文言ばかりだったんだよね、考えてみれば)。
この事件は確実に私の讃岐送りの理由の一つになっていると思われるので、やはり不要な失敗をしないためには、時代認定は非常に重要だと思うのだ。
そんなわけで、折につけ何度か、この「今の天皇の名前は?」という質問を繰り返しているのだけれど、その問に対する答えはいつも、
「今上様の御名を口にするなど、恐れ多い」
と、決して教えて貰えなかったのだ。
今上様とは、今の帝、今の天皇という意味なのだが、小さい頃よりずっと「これはそういうものだ」と説き伏せれる形で納得させられてきたのだ。
けれど、よくよく考えてみれば、これって相当変だと思う。
天皇の諱を軽々しく口にすべきではないという理論が存在するのは理解できるけれど、よりによって私をその天皇家に輿入れさせようっていうのであれば、お后教育の基本中の基本として、今の帝どころかその前や前の前の代の天皇・上皇の名前も全て覚えさせられるはずだろう。
それが、全く教えられたことがない。
かつ、他の状況を併せて考えるに……、これはつまり、「教えたくとも教えられない」ということなのではなかろうか。
何故なら、それは回答者である家族や先生方や女房たちが「物語の中の登場人物」だから。
――これだけじゃ、QEDとするのはちょっと弱いけど、でもね、そもそも『源氏物語』の冒頭が「いづれの御時にか」という一文でで始まり、それを訳すと「いつの時代の帝の御代かは分かりませんが」となるのはつとに有名だけれど、これって、つまりはそういうこと! 源氏の世界そのものが「いつの時代かは分かりませんが」って形で架空の天皇の時代を作り上げて語り出されているのだから、だから、中の人たち(私が質問した女房たちや兄や先生たちのことですよ!)も「ああ、今は○○天皇の御代ですよ」なんて教えられない、と考えると納得がいくのですよ!
そして更に言えば、『源氏物語』の現代語の訳文では、その「いずれの時代かは分からない時代の帝」のことも便宜的に「桐壺帝」って書いてあることが多い。ただ、この呼称も、主人公・光源氏のお母さんである「桐壺の更衣」って方を愛しすぎた帝っていうことで、後世の人が付けたニックネームのようなもので、紫式部自身の書いた本文の中では桐壺帝という呼び方はされてないらしいんですよ! これは、高校の古文の先生が授業中に言ってました、言ってました、確実に。
実は源氏物語の中では、主人公の光源氏ですら呼称は一定せず、その時の朝廷の官位に基づく通称で「若宮」「中将の君」「宰相の大将」「六条院」等々、凄い沢山バリエーションがあるのだ。現代語訳ではそれもややこしいからと「光る君」や「源氏の君」と便宜的に書いてしまっている場合も多いらしい。私も高校時代、与謝野晶子訳と谷崎潤一郎訳を読んだけれど、やはり「光る君」や「源氏の君」と書かれていた記憶がある。
そしてこれは他の主要登場人物にも言えることで、特に女性の登場人物なんてほとんど、後から紫式部以外の人、つまり読者が付けたニックネームで知られていて、例えば「夕顔」っていう巻に登場するから「夕顔の君」、「若紫」に登場するから「若紫の君」、その若紫の君が成長して光源氏と婚姻して「紫の上」と呼ばれるようになる。
これらの女君たち、ほとんど全部、紫式部が決めたのではなく「後世の人が付けたニックネーム」なのだ。
そしてね、源氏物語本編でも私にとって、切実かつ重要な巻と、その巻主役の女君の名前が……。
ズバリ、「葵」の巻の「葵の上」。
この方、先程の夕顔の君や若紫の君同様に、「時の左大臣の娘で光源氏の正妻である姫は、「葵」 という名の巻で死ぬから「葵の上」と後世、称されるようになった」
というのが由来。
しかも、その死に方も、普通ではなく「呪い殺される」という、嫌~な死に方。
――そうなのです。
――そうなんですよ!
この世界が『源氏物語』の世界なのだということを受け入れると、その途端「私」に待っているのは「呪い死に」という恐怖のバッドエンド!
――OH! NO! 紫式部さん、ガッデム~! なんで、そんな話を書いて下さったりしたんです~!
【検証の続き】
あまりのことに、ちょっと取り乱してしまったけれど、気を取り直して。
では、最後のダメ押し的に、検証事項の残り部分を箇条書き形式で綴ってみよう。
・『源氏物語』の主人公である光源氏は、桐壺帝の第二皇子である――これは確か少年付きの女房たちが何度も「二の宮様」って呼んでいるし、兄や父たちからも「二の宮」という言葉が出ている。なので、第二皇子で間違いないと思う。
・光源氏は、その容姿容貌が光輝くようだという例えから「光る君」と称される。――これって、毎日のように女房達が言ってるフレーズだよね。そして実際、さっき私が「光る君」と呼びかけて、本人、ごく当たり前に自分のことだという風に応じていた。実は、この一件だけでも、彼が「光る君」だって検証取れた、以上、QEDと言っていいんじゃ?と思う。
・光源氏の生母は桐壺の更衣という少し身分が低めの方である――これも、そのまんまだね。両親が私にしてきた説明も「帝のお子様の中では少し身分の低い方からのお生まれで、後ろ盾もないため我が家でお世話することになった」だった。そして「桐壺」とは、帝の妻たちの住まう後宮の建物に付けられた通称の一つなはずで、確か正式名は「淑景舎」。発音としては「しげいさ」とか「しげいしゃ」読むはず。で、少年の宮中での宿坊がまさに淑景舎だったはず。そして、この時代、貴人を指すには婉曲表現で、その人の住んでる地域や建物名で呼ぶことが多いので、兄たちは少年への呼びかけとして「淑景舎の」と言う呼称を使っている。長兄に至っては略して「シゲ坊」とか言う渾名で呼んでたりもして、これは師匠自身、とても嫌がっていた。
・光源氏は、母の身分が低いが故、「源氏」の姓を賜り臣籍降下させられた――これも、父が、少年は将来的にそういうこと(姓を貰って臣下に降りる)になるかもしれないって、お世話をし始めの頃に言ってた気がする。結局、源氏物語の主人公の「光源氏」って、源氏の姓を賜った元皇子で、光り輝くような若君だから、略して「光源氏」ということなのよね。
・光源氏の後見役となった左大臣家には葵の上の他に、頭中将と呼ばれる兄がいる――頭中将って、蔵人頭と近衛府の中将を兼任している場合にそう呼ばれるのだけれど、うちの暴力長兄様が、先日まさにその「頭中将」におなりあそばしたばかり。女房達が噂していた「先の除目」っていうのがその昇進の件だったんだけどね。
・葵の上の母親は皇族出身で「大宮様」と呼ばれている――これも、そのまんまですね。物語上だと、葵の上は早死にするけれど逆にこの大宮様は結構長生きで、葵の上の子供の「夕霧」の君は、祖母にあたる大宮様のもとで育てられたりするはず。ただ、子供とか言われてもね、私たち騙され婚の偽装夫婦なのではっきり言って今の状態では有り得ない話なんですがね! なので、ここはちょっと疑問の余地アリの検証事項でもあるかなぁ。
・左大臣家の屋敷は三条にある広大な屋敷で、結婚後の光源氏は一応、この三条のお屋敷へ婿入りした形になっている。但し、「妻が高慢ちきで愛せない」「格式ばっていて安らげない」と言ってあまり寄り付かず、自分の母親経由で相続した二条にある屋敷にばかりいる――これも、そのまんまそうで、都にある我が家の本宅は三条にあるし、それ故私は「三条の姫様」と呼ばれることも多い。高慢ちきな妻で悪うございましたね! それにここにいてもあまり安らげないのは私もそうで、お互い様ですから! それにしても光源氏と葵の上って「夫婦」って割に作中あまり接点のない二人だなと思ってたけど、今の自分たちを当て嵌めてみると、妻側も三条のお屋敷にあまりいなかったのね。それは予想外の裏設定だった。でも、逆に、夫婦の接点がない理由として至極納得できる。
・葵の上を呪い殺すのは「六条の御息所」と呼ばれる、先の東宮の未亡人である高貴な女性。――これ、さきほど、まさにその口から出た名前だよね。最近、愛人にした六条の御息所の件で私に言い訳する気はない、って。ってことは、うわぁ……。もう始まってるのか、私のバッドエンド回である『葵』の巻に繋がる伏線のようなお話が!
・そして、これ、傍証として言うのも何だなと思うけれど、私の数多い二つ名に確かにあるんですよ「葵姫」というのが! というか、宇治時代までは、こちらの方で呼ばれることが多かったくらいで。でも、これ、本気でバカな理由からついた渾名なのですよ? ごく小さい頃、宇治の別邸に訪ねて来てくれる兄たちと遊ぶ折に、その、ね……、悪者討伐をしながら諸国漫遊する例のお爺さん(=水戸黄門)の真似っこというのが自分内流行として流行りまして。「ひかえよ~、ひかえおろう! この紋所が目に入らぬか!」って、葵の御紋の入った印籠を見せるヤツ。誰にも分からないだろうと思って適当な話の流れ作ってチャンバラごっこみたいな仕立てにしてね、男兄弟が多かったから、そっち方面で新しい遊び方を提案すると、滅茶苦茶ウケたわけですよ。そんな風に葵の御紋を遊びで使ったり、あとは私も現代人で、しかも女子高生やってた身ですから、手持ち無沙汰に手習い用の紙の余白に無意識でハートを書き散らしてたりしたわけですよ。そうしたら、ハート型って、この世界ではまだない概念だったからなのでしょうね、平安人にとってそれもまた葵文様に見えたらしく(葵という植物の葉っぱがハート型なのです)「まあ、姫様は本当に葵紋がお好きなのですねえ!」とか言われてしまい、結果、「葵の紋所好きの葵姫」なんて渾名が付いたりしたんですよ。
・そして、笑っちゃうことに、そもそも、現世では私、本名「椿あおい」という名だったりして、私自身も、自分の名前=あおい、だと思ってるところあるのだ。私のこちらの世界での本名にあたる「諱」にもこの「葵」の字は一字入ってたりする。藤原紫葵子っって言うんだけどね。それがあるから、葵姫という通称は割と、かなり気に入ってたんだけど、でも、確か宇治から讃岐に移った時期くらいに乳母の楓が「少しあからさますぎるでしょう。諱と近すぎる呼び名は避けられた方が宜しいかと」と、葵の一種で花がより華やかで美しい芙蓉の花から取って「芙蓉の君」と、先程の「控えおろう」って遊びの名残としての「紋所姫」って方を採用したらしい。当時は、とにかく私の身の上は隠しておく方向で動いてたらしいのでことさら諱に近い通称は避けたかったらしい。ええ、そうですよ、そういうわけで、私って、自分の名前関係から考えても「葵の上」なのですよ! ちなみに、上っていうのは、結婚している女の人につける尊称ね。認めたくはないけれど、私、対外的にはその結婚している女性、ってくくりに入るらしいので。
・葵の上は、本来、光る君の兄である東宮(皇太子)のお妃候補として入内が打診されており、本人も周囲もそうなるのだろうと思っていた。そのため、光源氏のような皇位に遠い皇子と結婚させられたことに不満を抱いていた――これは、私の場合、ズバリ当てはまってしまうのが悲しいかな。でも、コレ、師匠本人に不満があるわけではなく、私がそれまでやってきた血の滲むような努力が無駄になったのが悔しかっただけであって……。まあ、それを師匠本人を前に言葉にしちゃったのは、悪かったと思ってますけど。いつか、機会があれば謝ろうと思ってる。……って、源氏物語本編の葵の上も、なんかいつか謝ろうと思ってたのに機会を逸したって感じがすごーくするんだよね~。
・葵の上は、確か、あて君という名の女童を可愛がっている。――いや、私の場合の「あて君」は猫だから、ちょっと違うけどね。でも、これもさあ、なんで私気付かない? って、自分で思ってしまった。私は飼い始めの頃からあの猫を「アテネ」って呼んでたのに、こちらの皆さんには呼びにくかったのか何故か途中から「あて君」になってたんだよね~。通称で「〇〇の君」っていうのはよくあることだから、その形に呼び直してるんだろうと思ってたんだけど、でも、そうか、その「あて君」か……。いや、猫なんだけどね、女童ではなく、そこは違うんだけど……。でも、今となっては本当に紫式部先生の原文で女童って書いてあるのかどうかは正直分からない。私が通しで読んだのは現代語訳版であって、原文の方だと例の様々な省略表現で、ひょっとしたら「あて君」って猫とも読めなくない書き方をされていたのかも? って思えてくる。
・葵の上は、『源氏物語』の主要女性キャラクターの中で唯一「和歌」を一度も詠まなかった人であるらしい。高校の古文の先生の解説によると紫式部はそういう形で葵の上にはわざと和歌を詠む機会を与えず、そこから葵の上と光る君の夫婦の疎遠さや葵の上の情緒を解さないという頑なな人間性を表現したのだという。二人の間には結婚直後に交わす「後朝の歌」すら存在しないという。――あの、これは、もしや私が「和歌が他よりちょっと苦手」であることからこうなってるのでしょうか? 一応、人並みには詠めるはずなのですが……。でも、確かに師匠からも所謂「お歌」付きの文なぞ貰ったことはないけれど。代わりと言っちゃ何だけど、師匠とは演奏という形での「お歌」の交換は結構やってるよ? 私がお琴で適当な曲を弾いて超適当な歌詞をつけて歌ったりして、師匠に非常に嫌な顔をされるってのが定番コースだけど、師匠もほんのたまにノってくれて「弾き語り」みたいな結構格好いいことしてしてくれたりする。音楽だと文章上表現しにくいということなのか? でも、とにかく、そうですね! 私から師匠にも師匠から私にも和歌の交換はやったことないです! それは事実です!
・そして最後に。少年は、自分の育ての親である母御前(父様曰く「飛香舎のあたり」)のことを語る時、もの凄ーく優しい目をする。或いは、時に切なそうな表情さえも見受けられる。逆に私がちょっとでもけなした時は怒り心頭に発すというご様子。――あのね、源氏物語とは、光源氏が自分の父の後妻で義理の母にあたる「藤壺の女御」という女性を生涯にわたり慕い・恋しつづける様子を描いた希代の「純愛小説」でもあるのです。そして「藤壺」とは「桐壺」と同様に、後宮の建物につけられた名称で、「飛香舎」の別名。藤壺の女御、飛香舎のあたり。……つまり、そういうことなのだと思うのです。
***
以上のような検証事項から、私が今いるこの世界は『源氏物語』の中であり、私はその中で呪い殺されることが予告されている「葵の上」という役柄に転生してしまったらしい、と、そう考えるのが一番しっくりくる。
――うわぁ、よりによって何故この役!? 夫の愛人に呪い殺されるなんて、数ある登場人物の中でも最悪の展開じゃない!?
いくら物語の中とは言え、私も一人の生けとし生ける存在として「若くして呪い死になんて、そんなの嫌だ~!」と声を大きくして叫びたい!(でも、こんなの人に言えない!)
それ故、私はここに新たに「バッドエンド回避の誓い」を立てようと思う!
女御入内がなくなって生きる目標を失ってた中、新たなる目標がこれってちょっとどうなのとは思うけれど。
しかし、人間何より「命あっての物種」だ。既に一度二〇世紀世界で若死にしている訳だし、二度目の人生、大切にしていきたい。
となれば、ここからは元ガリ勉優等生パワーの発揮しどころだと思う。ちょっと最近、これを言うのも烏滸がましいって感じになってきてしまっているけどね。「所顕し」の件といい、恥ずかしい間違いが続いているし。しかし、そこはガリ勉の残滓というか、絞りかすでもいいから利用して、何か対策立てないないとなるまい。
――だって、私死んじゃうんだよ!?
次回更新予定:12月6日頃
※基本毎日更新なのですが、本日、話の切りの良いところまで連続UPしたため、その分日を開けての更新となります。




