第5話
アイの故郷は日本と同じ島国であった。
もし島国でなければより多くの被害が出ていたであろう。アイを知っている者たちはそう口を揃える。
「一条くん。君はゾンビと人間の違いとはなんだと思う?」
「な、なにを──」
「私はね。陳腐な回答で恥ずかしいのだが、やはり"意志の強さ"だと思っているんだ。人間は空を飛びたいと思ったから飛行機を作った。意志なき者はその力があっても空を飛ぼうと思わない。私がそうだったからね。まあ、私の場合は"飛ぶ"ではなく"跳ぶ"だったけれど」
アイが一条の腰を掴む。親子並みの体格差もあって抱き付いているようにも見える。
「はなしやがれ! ……んだこれ……抜け出せねぇ……!?」
「君は人間に戻ったんだ。君はその自覚が足りないのかもしれない。さあ、意志の強さを思い出そうじゃないか!」
刹那。アイと一条がその場から姿を消す。
正確には、猛スピードでアイが一条を抱えて上空へと跳んでいた。一条の絶叫が学校中に響き渡るがそれも一瞬ですぐに肉眼では見えなくなって声も聞こえなくなった。
程なくして2人が地上に戻ってくると、片方は泡を拭いて気絶していた。勿論一条の方だ。
「どうだい? これが意志の強さだよ。私はゾンビだった頃はこんなことしようと思わなかった。意志がなかったからだ。君はどうだ? 君は必要もないのに弱者から金銭を巻き上げる。そこになんの意志がある? それじゃゾンビと変わらない。君は人間なんだ。今の君にしかできないことが他に──」
「多分もう聞いてないぞ」
「え?」
アイは不思議そうな顔をして一条の顔を見る。今更気絶しているのに気がついたようだ。
「……じゃあ、私は一条くんを保健室に運んでくるとするよ」
「お前……まあ待て、ほら」
「ん? 何かなこれは?」
「一条が瓶底メガネくんから取ってた金だ。クラスとか分からないからお前が返しといてくれ」
瓶底メガネくんはメガネを壊された後、一条が俺にヘイトを向けた頃にとっくに逃げていた。必死に逃げていたから返すタイミングがなかったが、アイなら中等部と高等部の生徒の名前くらい覚えているだろう。渡しておけば問題ない。
「……驚いたな。私は赤場くんが一条くんから金銭を抜き取ったところなんて見てないぜ。これが赤場くんのいう"技術"ってやつかい?」
「……まあ、そんなところだ」
「なるほど、流石赤場くんだぜ。じゃあこれは責任を持って預からせていただくよ」
「助かる。流石みんな憧れの公務員様だな。……あっ」
アイが警察のマスコットであるワンコーくんになって解決した事件……せっかく本人がいるんだし聞いてみるか。
「さっきの事件。また怪我人無しだって?」
「ああ、あれか。そうだよ。むしろ怪我してたのは克服者のほうさ」
「だろうな。……また自殺か」
「一般人はともかく、銀行員はみんな拳銃持ってるからね」
パンデミックが収束しても、当時ゾンビから自分の身を守っていた拳銃を手放せなかった者は多い。そのため日本では銃刀法の緩和が改定され、今では拳銃は日常の一部になっている。
稀に罪の意識が高い克服者が犯罪を犯して自殺するために利用することもあるくらいだ。しかし──。
「今月で何回目だ?」
「7回目だね、多すぎる。警察では特定の人物が克服者を唆している線で調査を進めているよ」
「それ機密情報だろ」
「警察の中で君に情報を流して嫌な顔をするやつなんていないよ」
「俺は一般人だ」
「それは悪かった。一般人が克服者の自殺について話すとは思わなくてね」
分かりやすい皮肉だ。マジでムカつく。
「はぁ……もういいよ。お前ならすぐ解決するだろ。じゃあな」
「また何があったら報告するよ。財前先生によろしく伝えといてくれ」
「は? なんで財前に用事があるって──」
俺が振り返ると既にアイの姿はなかった。
なんでアイは俺が財前に用事があるって知ってた?
なんだか一気にきな臭くなってきた。