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時間屋。  作者: さなぎ
9/9

第九話 「別離」




「ねえ、アウレリウス。彼は今頃、どうしているかなあ」


暗闇に艶やかな声が響く。

それは、さも嬉しそうに。


「……それは、ご主人様が一番よく存じ上げているのではないですか?」


暫しの沈黙、後、透き通るような声が淡々と響いた。


「いや? 僕にだって分からないことはあるよ? 人間ってのは不思議な生き物だからねえ」


クスリ、という笑い声が響いたきり、暗闇は静寂に包まれたままだった。








































いつも通りだった。

いつもと同じように笑い合って。

いつもと同じように冗談を言い合って。

いつもと同じように一緒にいて。

いつもと同じように別れて。


「んな……」


御土の頭は真っ白だった。


家に帰って、いつも通りに「ただいま」の挨拶をした。

けれども、いつもと同じような母からの「おかえりなさい」はなく、玄関に現れた母の顔は蒼白で今にも倒れてしまいそうだった。


「……御土。あのね、落ち着いて聞いてほしいの」


母はそうゆっくりと切り出した。

その母の口調、態度からただならぬ気配を感じた御土は気を引き締めて母に向き直った。


「あのね……」


そう言って、口を噤む。

よっぽどのことがあったのだろう。

母の目は泳ぎ、電話の子機を握りしめたその手は微かに震えている。

先を促したい気持ちと共に、「先を聞いてはいけない」という本能が自分の頭で警告音を発している。

暫く自分に言うか躊躇っていた様子だった母はどうやら意を決したようで、視線をぴったりと御土の目に合わせた。


「……あのね、御土のお友達の瞬也くんと刹那くんがね……。……たった今、亡くなったって」


そう言って母は強い眼差しで御土を見つめている。


「……え?」


「先ほど連絡網で連絡が入ってね、二人が交通事故で亡くなったって」


それっきり母は何も言わず、ただ御土を見つめ続けていた。

その真剣な眼差しが、このことは嘘ではないと物語っている。


「そ、んな、こと……」


けれどもいきなりそんな事実を突き付けられても信じられるはずもなく。


「……っ」


御土は母の視線を振り払って真っ先に階段を駆け上がった。








































バタン、と扉を強く閉める。

突然全力で走りだしたせいか、肩で息をしている自分がいた。

ベッドまで歩いていく気力もなく、そのままその場にしゃがみ込む。


(あいつらが死んだ? そんな、まさか)


俄かには信じられないこの事実。

けれども残念ながら自分の理性はこれが真実だと理解してしまった。


(でも、そんな、だって)


ついさっきまで一緒にいたんだ。

一緒に弁当を食べて、それでそのままいつもと同じように別れて。


「あいつらが、死んだって……?」


理性がそうだと告げる。

でも心ではそれを嘘だと叫んでいた。


(そうだ……)


慌てて自分のポケットから携帯電話を取り出す。

それを開こうとして、その手が止まった。

自然と携帯を持つ手が震える。

その震えを抑えるかのようにきつく携帯を握りしめた。

一層自分を追い詰めることになるであろう行為に走ろうとした自分を貶める。

右手で持っていた携帯を両手で握りしめ、そのまま御土は自分の足に頭を擡げた。








































葬儀は、あっけなく終わった。

クラスの人が同時に二人も亡くなったので忙しさはあったものの、ぼんやりと過ごしていたらにあっという間に終わってしまった。


「御土くん。いつもありがとうね。あの子、御土くんといるの本当に幸せだったのよ」


そう、瞬也の母に言われた。

その目は今にも泣きそうで、でも既に真っ赤に腫れ上がっていて、どれだけこの人が悲しみを背負っているかが分かった。

そんな瞬也の母には何も言わず頭を下げて、その場から離れた。


瞬也の親族も、刹那の親族も、皆が皆本当に悲しそうだった。

そんな風景をぼんやりと見つめて、御土は流れに任せて歩いていた。

遺影に写る二人の顔は本当に楽しそうで、幸せそうで、この人が本当に死んだのかと疑いたくなるくらい輝いて見えた。

あれは体育祭の時の写真かなあ、と誰にもなく呟いて、ふと、自分がいる場所に気付いた。


(ここは……)


自分の通学路。

ただ違和感を感じさせるのは、目の前に建っている屋敷のせいなのだろうか。

ただ、何よりも違和感を感じるのは、自分の感情に対してだった。


ここに来た記憶はない。

けれども知らずと湧いてくる安心感。

明らかに怪しげなこの屋敷に縋り付きたいこの気持ち。

そして御土は、ぼんやりとした頭のまま、それでも心から湧いてくる一縷の希望に従って、ゆっくりとその足を踏み出した。




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