第八話 「帰還」
「いっ! ……っ痛────!」
突如頭頂部に感じた痛み。
その余りの激痛に頭を抱えようとしたが手が何かにぶつかった。
不思議に思って瞼を上げるとそこには天地が逆になった自分の部屋があった。
否、逆さになっているのは────。
「痛っ!」
自分のとんでもない体勢に気付いた途端、まるで忘れていた重力というものを突如思い出したかの如く、天井に向かっていた足や上下逆になっていた体が床に打ち付けられた。
「いっ痛────!」
最早頭どころではなく全身が悲鳴をあげている。
暫の間、悶絶。
「ったく、何が起きたんだよ!」
漸く痛みが治まってきたので体を起こして状況を整理する。
周りを見回してみるが当然飛び交う文字も歪んだ扉もなく、いつもと何ら変わらない自分の部屋があるのみだった。
(何か違うことがあるとすれば)
「このクシャクシャになって床に落ちてる毛布だけ、か」
この状況からの何が起きたのかは想像に難くない。
要するに、夕食までの間と思って眠りにつき、寝ぼけてベッドからずり落ちた、という訳である。
「何だよ! ただの夢かよ!」
(まあ現実にあんな場所があっても困るんだけどさ)
そう自分に突っ込んで、苦笑しながらも未だに自分を呼び続ける母の声に返事をし、自分の部屋を出た。
何故ベッドからずり落ちただけの筈なのに扉の前まで来ていたのかという謎を残して────。
「──っていう夢を見たんだよ」
翌日。
またしても学校の屋上にて。
「ふーん。ってか御土馬鹿だなあ」
御土、瞬也、刹那のいつものメンバーで昼食をとっていた。
「馬鹿って何だよ馬鹿って!」
「だってそんな場所が現実にあるわけないだろ? 何ですぐに気づかないんだよ。とうとう頭の回転も悪くなってきたか」
そう言って瞬也は馬鹿にしたような笑みを向けた。
当然御土がそんな言葉を寛容に受け入れる訳はなく。
「痛っ!」
御土お得意自称ツッコミ訳して肘鉄を瞬也の腹に打ち込んだ。
「うっ」
ちなみに今は昼食中な訳で。
御土が加減などする筈もなく。
「し、瞬也くん!」
慌てて刹那が瞬也の背中を擦ってやるがどうやらそれも効かなかったようで。
「んん────!」
瞬也は突然立ち上がるともの凄い形相で屋上の縁まで飛んでいった。
「か、御土くん!」
おろおろしつつ刹那は御土に救いを求める視線を投げかけたが虚しく。
「ほっとけ。あいつなら大丈夫だろ」
御土はケロッとした様子で再び昼食に橋を伸ばしていた。
「おい御土お! 流石に今のは酷いだろお!」
どうやら口を濯いできたらしい瞬也は涙目になりながら戻ってきた。
「俺を馬鹿にしたお前が悪い! んでもって語尾を伸ばすな!」
御土はそう一喝すると弁当箱の蓋を閉めた。
「酷えよ御土お! なあ刹那もそう思うよなあ!」
最早酔っ払い並の勢いで絡んでくる。
「えっと、僕は……」
しどろもどろになりながらも刹那は口を開いた、が。
「五月蝿い瞬也! とにかくお前が悪い! いいからさっさと弁当食え!」
御土の怒鳴り声で刹那の主張は掻き消された。
「あ。そだ弁当食うの忘れてた」
実に単純な性格である。
瞬也は御土に抗議することも忘れ、それはもう幸せそうにジャムパンにかじりついていた。
「ごちそーさまでした!」
そう言って瞬也は満面の笑みを浮かべている。
それもそのはず、瞬也は見事に刹那のデザートにありつけたのである。
「僕の、ゼリー……」
刹那はそう呟くと、今はもう空となっているケースを見つめた。
「刹那、…………どんまい」
何だかデジャヴを感じつつも御土は刹那にそう言った。
「さってと! 帰ろうぜ刹那!」
ちなみに刹那を悲しみの境地に追いやった瞬也はのうのうと荷物をまとめている。
「早くしないと先行っちまうぞ!」
それを聞いた刹那は名残惜しそうにしながらも弁当箱と例のケースをしまい始めた。
「…………はあ」
ちなみに事の傍観者であった御土は大きく溜め息をついたのであった。
「じゃーな、御土!」
「御土くんまた明日!」
そう言って二人は歩き始めた。
「おう! じゃーな!」
去っていく二人の背中を見つめてそう言うと、御土は二人に背を向けて、ゆっくりと歩き始めた。