第七話 「夢」
(どうしちゃったのかなあ、俺)
瞬也が消えた後、刹那が先生を連れて教室にやってきたのだが、結局御土は先生に大丈夫だと伝え、一人で帰路についていた。
家は反対方向だというのに一緒に帰ると言って聞かない刹那を説得するのに時間がかかったため、辺りはもう真っ暗だ。
街灯は灯っているものの、この時期この時間は下校中の学生達の姿もなく辺りは静寂に包まれている。
(なんか引っかかるんだよな……)
今まであれ程勉強意欲が沸いたことがあっただろうか。
テストのことを思い出した時の心の底から溢れる危機感、焦燥感、そして義務感は今までにないものだった。
胸に妙な蟠りを抱えつつも御土はいつもの帰路を早足で進んでいった。
「あらおかえりなさい、遅かったわね」
家に帰ると今日は珍しく機嫌がいいのか台所の方から食欲を誘う香りと共に母の鼻唄が聞こえてくる。
瞬也宅同じく勉強しろと怒鳴られるかと身構えていた御土はほっとして体の力を抜いた。
「ただいま」
遅かった理由には触れずにそれだけ言うと御土は階段をかけ上がっていった。
自分の部屋に着いたらすぐにベッドにダイブ。
やはり体調が優れないのか、体が重い。
御土は程なく急激な眠気に襲われた。
(飯までのちょっとだけ)
そう思い御土は意識を手放した。
(どこだ? ここ)
辺りをゆっくりと見渡してみる。
飛び交う様々な文字に歪んだ扉、そして凹凸がついた大きな円形の何かが辺りを埋め尽くしていた。
それらの間から見える背景は黄金虫の如く色を変えるスライムの様に見える。
遠近間が全く掴めないせいか御土は若干の吐き気を催した。
(……っ!)
ふと自分の足元を見た御土は驚愕に目を見開いた。
何と地に足が着いていない。
決して諺的な意味では無く、文字通り浮いていたのである。
というか抑「地」にあたるようなものが見つからない。
必死になって足元を凝視していると、
「うわあ!」
グルン、という効果音が付きそうな見事な大回転が起きたのである。
おそらく上下が逆転したと思われるがその情景は先程と大して変化がない。
要するにここには上下左右というものが、そして地球上にはどこにでも必ずあるはずの「重力」が無いようなのである。
まるで宇宙空間のようなこの空間に何故だか御土は独り、浮かんでいたのである。
(なんだ? あれ……)
ふと上を見上げるとぽう、と白い光があり、その光の中に何か小さなものが一瞬だけ見えた。
(あれ、どこかで……?)
自分の記憶を辿っていたその時。
「御土ー!」
突然背後から聞き覚えのある声がした。
「御土ー! ご飯できたわよー!」
(母さん……?)
慌てて振り向いてもそこに母の姿はない。
だが、自分から少し離れたところに上下反対の見覚えのある扉が浮いていた。
(っ! あれは!)
咄嗟に手足で空間を掻いてみると手応えはないのだが何とか前に進むことが出来た。
(あと、ちょっと……!)
先程も自分で開いたこの扉。
毎日見ているその扉は、自分の部屋のものだった。
(よし! 届いた!)
そう思って扉を開いたその瞬間、その先から眩い光が広がってきた。
咄嗟に御土は目を瞑り────────。