第三話 「時間屋」
平凡な街中に場違いに1つの屋敷が建っている。
その屋敷の外見は幽霊屋敷と見間違えるほど荒れており、その屋敷が本来持っていたであろう輝きは完全に失われている。
ただ、屋敷の中だけはきちんと手入れされているのだが。
そんな屋敷の一番奥。
この屋敷の部屋では唯一の両手開きの部屋の中に2人の男がいた。
「……」
テーブルを挟んで配置されたソファーの上でお互いに無言で睨み合っている。
いや、正確には2人のうち1人が一方的に睨みつけているのであるが。
睨みつけているのは見るからに男子高校生で、黒髪で学ランを着ている。
「……」
反対に睨みつけられている方は鮮やかな金髪で、癖っ毛なのか所々毛が撥ねている。
先程の嗄れた声の主とは思えないほど顔立ちは幼く、けれどそれでいてその顔には似合わない威厳のようなものが溢れていた。
肌は透き通るように白く、その白くきめ細やかな肌と輝く金色の髪に映えて、その瞳の色は澄んだブルー。
さらにその瞳の周りは、長く通った睫毛が彩っていた。
まるで天使のようなその相貌は今は微笑みを湛えている。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
いつまでこの無言劇は続くのだろうか。
もう永遠にこのままなのではないかと思われたその時。
「失礼します」
その部屋のドアから凛とした声が響いた。
「お茶をお持ちいたしました」
ドアの前には一人の男が無表情に立っていた。
ただ先程とは違い男の手には2つのティーカップがあり、そこからとても良い香りが漂っていた。
「どうぞ」
無表情に、けれど手つきは丁寧に、2人の男の前にそのティーカップを置いていった。
「……」
「……」
再びの静寂。
ティーカップを持ってきた男はというと、部屋の隅に無表情に立っていた。
何だか先程よりも空気が重くなっている。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……っ」
「……」
「……くそっ」
「……」
「……ああもう!」
痺れを切らしたのか、睨みつけていた男の方が先に視線を逸らした。
「おい! お前! まず質問! 時間を創るって本当なのか!?」
「……ふふふ」
「何だよ」
「……ふふふふふ」
「だから何だよ!」
「……ふふふふふふふふ」
「何だよって言ってんだろ!」
「か――――――――――った!」
「………………は?」
これでもかというくらい眉間に皺を寄せた。
ちなみに訳が分からないことを唐突に言った方の男は、当然とばかりにこう言ったのである。
「私の勝ちだ!」
それはもう誇らしげに。
だがそれは眉間に皺を寄せている男の疑問の答えにはなっていないようだ。
「いや、だから何が?」
そしてこれまた胸を張ってもう1人の男はこう口にした。
「睨めっこ!」
「………………………………………………………………」
暫しの沈黙。そしてその後。
「はああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
近所迷惑宛らの大声が響いたのであった。
「はあ!? お前何言ってんだよ!?」
「えー? 何って言われても」
「睨めっこ!? そんなもんしてたつもりはねえ!」
「え? そうなの?」
今度は先程の静寂と真逆である。
「するわけねえだろ!」
「だってずっと睨んでたじゃないか」
「確かに睨んではいたけど睨めっことは違うだろ!」
「ほらー、睨んでたんでしょー? 一緒だよー」
「一緒じゃねえ!」
怒鳴っている男は、もう既に息切れしている。
明らかに相手に遊ばれていた。
「……ご主人様」
今迄ずっと黙っていた3人目の男がやっと口を開いた。
「ご主人様。真面目にやって下さい」
言葉面は丁寧だが、淡々と男はそう言った。
「……はいはい。分かりましたよー」
口を尖らし、明らかに嫌そうな顔で、ご主人様と言われた男がそう言った。
「じゃあ、改めていらっしゃいませお客様。お客様はどんな時間をお望みですかー?」
その投槍な言い方に、言葉を促した男はピクリ、と少し反応する。
だが、今度は何も言わなかった。
一方お客様、と言われた方の男は、今までの剣幕が嘘のように押し黙ってしまう。
それから暫しの間沈黙が続いたが、男はゆっくりと口を開いた。
「……時間を創るって話、本当なのか?」
そして、恐る恐るそう聞いたのである。
「ええ。本当ですよー」
それに対し、“ご主人様”は当然の如く答えた。
「……それは、どういう意味だ?」
「どういう意味って言われましてもねー……。そのままの意味ですー」
「本当に時間を創るってのか? どうやってだ。普通に考えて無理だろーが」
「無理なんかじゃありませんよー? 私達ならそれができるんですー。ね、アウレリウス?」
「はい」
アウレリウスと呼ばれた男は一言、そう答えた。
「私達ならそれができるって言われても証拠がねえだろ。ってかそもそもお前達何者だ?」
「何者って当店『時間屋』の者ですよー。ああ、そう言えばまだ自己紹介がまだでしたねー。改めまして、私『時間屋』の店主を務めているウィンクル・アーヴィングですー」
「同じく『時間屋』で勤めさせて頂いておりますアウレリウス・ヴァン・ルートヴィヒと申します」
「…………長い」
“お客様”の率直な感想である。
「あー、呼ぶにはちょっと長いかもねー。呼ぶときはウィンでいいよー」
「お客様のお好きなようにして下さい」
「……ああ」
そもそも呼ぶときなんてそうそう無いんじゃないかと思ったのだが“お客様”はそう答えた。
「そう言えばお客様のお名前はー? もし、時間を注文するのであれば教えて頂きたいんですけどー?」
「……大森御土」
「カント? 珍しいねー」
それはこっちの台詞だと思いつつ、御土は本題に入ることにした。
「もし、本当にお前らの言うことが本当なのだとしたら、本当に時間を創れるのなら、お願いしたい」
「はいはいー。で、どんな時間が欲しいんですかー?」
その質問に、御土は大きく深呼吸した。
もう引き下がれない。
意を決して、御土はこう言ったのである。
「俺に、もう一度チャンスをくれ」