3.市川大門司商店街
登場人物
沢不知火焔:得体の知れない〈声〉に取り憑かれてる。美少女女子高生
いま焔は学校帰りで、当たり前だが制服を着ている。
そんな彼女にキャッチの男たちは平気でチラシを渡してくる。キャバクラやメイド喫茶、アダルトビデオの勧誘なんてものもある。
昔から雑踏が嫌いだ。
どんなに地味な恰好をしていても目立ってしまう。他人の視線が自分に集中する人混みは特にキツい。異性のねっとりした視線、同性の嫉妬の眼差し。どっちも攻撃的で、居心地が悪い。
それなのに、またこの場所へ来てしまった。
例の〈声〉に導かれて。それこそ物心ついた頃から〈声〉は焔に何かを呼びかけていた。しかし、明らかに言葉として明瞭に聞こえるようになったのは、ここ二週間ほどのことだ。
〈あの場所へ行け〉
そう〈声〉はハッキリと命じてきた。〈あの場所〉と言われただけで焔は行くべきところが判った。なぜ、そんなことが判るのか不思議でならなかった。
「お姉さん、どうせヒマなんでしょ」
(ウザい!)
立ちはだかるDFを次々と抜き去るエースドリブラーのように、キャッチの男たちを次々とかわす。そうやって駅前広場の雑踏を抜けた。
市川大門司商店街、駅の南口のアーケード街にでる。
ここが目的の場所だ。テナントのほぼ半分が閉店しシャッター通りになりかけているが、どういうわけか人通りは多い。激安スーパー『ひらた』を目当てに集まる主婦の大群だった。焔は彼女たちの間を悠然と歩いていく。
(おや?)
背後から誰かがついてくる気配がした。
(ああ、アレね)
同じクラスの陰キャ坊やだ。確か名前は橋川?早坂?とにかく「は」で始まる男だ。それくらい彼は印象がない。(まさかの告白・・?)あんまりピンとこない。高嶺の花?というより近寄りがたい印象を同級生の男どもに焔はもたれている。とにかく、今はそれどころではなかった。
〈よくぞ来た。魔炎の申し子よ〉
まるで意味が分からない。この場所を訪れるとき、〈声〉は必ずそう語りかけてくる。言葉の意味は分からなくても、その〈声〉に語りかけられることがすこぶる心地良い。心臓の鼓動が少しづつ速くなり、熱いマグマのようなものが体の内側から沸々と湧き上がってくる。やがてその熱いものが煮えたぎり、身体中の毛穴から外に飛びだしていく至福の感覚──まちがいなく錯覚、幻覚の類だろう。しかし、焔にはリアルな体験にしか思えなかった。
(幻覚でもリアルでもどちらでも良い)
この商店街を歩いてるだけでこの世のものとも思えない恍惚感に浸れるのだ。少しマズいなと思うのは、ここで〈声〉を聞くと必ず記憶が飛んでしまうことだった。気がつくと、勉強部屋でぶっ倒れている、そんなことが二週間ぶっ続けで起きた。どうやって家まで辿り着いたかサッパリ判らなかった。
(まあ、自分のお家だからかまわないよね・・)
しかし、この日は少し違っていた。買い出しの主婦たちに混じり焔はフラフラ歩く、あの〈声〉が聞こえてくるのを待ちながら──。
〈お前の内なる〈炎〉の属性は世界中を焼き尽くし、その焦土に君臨する唯一無二の女王になるだろう〉
あれ?だいぶセリフが改変されてる・・少し戸惑った。そして、例の煮えたぎるような熱も体内に沸いてこない。(それにしても・・何なの唯一無二の女王って)思わず苦笑いする。
再び、〈声〉が聞こえてきた。
〈笑いごとではないぞ〉
恫喝するような響きだった。
「あ・・」
焔の形のよい唇から、小さな吐息が洩れた。
昔、貧血が酷かった中学生のころ、焔はよく朝礼で倒れた。あの時と同じだった。目に映るモノの輪郭がぼやけ始めた。オバちゃんの自転車かごが伸びたり縮んだりし始めた。
(ヤバい・・)
焔の視界が真っ白になった。
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