2.ガンスト宮殿
登場人物
ヴランディストール・ぺチン;魔王。東方隷国提督。冷酷な独裁者
ギネンジー;東方隷国提督官房付副官。おべっか使い
取りあえずうがいをする。
喉を湿らせておくのだ。活舌が悪い部下をあの男は嫌う、それだけは確かだった。ギネンジーは控えの間で独りひたすら緊張する。(あの男の近習から始めた宮仕え、もう何年経った?10年は過ぎたか?)それなのに、あの男の前に出るといまだに緊張してしまう。
東方隷国提督官房付副官──口八丁で辿り着いた身に余るポジション、もちろんギネンジーは失いたくない。
「ヨシ!」
気合を入れ控えの間を出た。長い廊下を黙々と歩く。
メイド姿の邪鬼が宙をヒラヒラ舞っていた。彼女らは、一応は恭しく副官であるギネンジーに挨拶する。
(しかし、あの女モンスターどもは俺をバカにしている・・)
被害妄想かもしれない。だが、この戦乱の世の中でバトルのできない邪鬼ほど見下される存在はない。実際、戦闘になればギネンジーは彼女たちにさえ歯が立たないだろう。
ガンスト宮殿の謁見の間、不思議な採光が歩施されていた。どういう細工をすればこんな具合の照明になるのだろうか?限りなく透明に近いレッド、そんな妖しい光に満ち溢れていた。
「定時報告とかいうのは、もはや因習ですね」
開口一番、この国のトップがギネンジーに言い放った言葉だ。
魔王ヴランディストール・ぺチン──東方隷国に君臨する独裁者。
バスローブのような上着を彼は羽織っていた。どういうわけか、こういう安酒場のポン引きみたいな恰好をこの君主は好む。はだけた胸から紅い炎の刺青が見え隠れする。それこそがこの帝国の歴代君主の証たる紋章なのだ。
「あ、そのようにお考えで」
リズム良くぺチン提督に相槌をうつ、お世辞を言う──それらがギネンジーのここ数年来の主な仕事だ。この仕事が難しいのは、ギネンジーの追従をほとんどの場合ぺチンは気分よく受け止めてくれるが、ごく稀にすこぶる機嫌が悪いときがある。天気のせいか、部下の戦場での不始末か、奴隷商が献上する娘との寝室での些細なもめ事が原因か──10年仕えてもいっこうに判らない。
「私めが先帝のお傍でサポートをしていたとき──」
ぺチンはそこまで話すと口をつぐんだ。
先帝グランバトーリ・ぺチンはヴランディストールの実の父なのだが、在位中かなり息子ぺチンに辛くあたったらしい。そんな親子の事情のせいか、グランバトーリは暗殺された、おそらく実の息子ぺチンによって・・公式には下手人は不明ということになっている。
「──定時報告を受けるためだけにわざわざ先帝は戦場からお戻りになられたことがありまして」
「そ、そのようなこ、ことが・・」
大袈裟に答えるギネンジーだが、この話は以前も聞いた。不気味なのは、抜群に記憶力の良い提督がなんでこうも同じ話を繰り返すのか?
(俺に以前と同じ声で〈鳴ける〉かどうか確認してるのか?)
偏執狂で底意地悪いぺチンをギネンジーは必要以上に怖れる。
「主将が抜けた軍は当然に士気が低下・・勝機を逸し大敗しました」
「ま、まさにあ、悪しき先例」(バカバカしいやり取りだ)
そう感じた瞬間、慌ててギネンジーは顔を伏せた。不満の表情を見られるないようにするためだ。
「ということでムダな定例報告はもう終了!」
そう宣言して奥に引っこもうとするぺチン。
(どうする?)
この場で引き下がるのはラクだ。
が、ぺチン提督の信任を得てるというだけが、ギネンジーの権力の源泉なのだ。
(存在感を出さなくては)
この冷酷な上司は不必要な者をリストラすることなど屁とも思わない。
「お、お耳にい、入れて置きたい件がが、が」
自分でも驚くような大声だった。
「なんでしょう」
案の定、不興な顔つきをぺチンは向けてきた。
「ふ、『復活の詔』のこ、ことで」
(失敗したか・・)
言葉にだした瞬間そう思ったギネンジーだが、ぺチンの反応は違った。思いつめたような顔で立ち尽くしている。
「例の書物ですね・・」
いわくつきの本だった。
早くこの戦乱が終わって欲しい、そんな庶民どもの願いが生みだした都市伝説の一種だ、ギネンジーはそう軽く考えていた。
「付属アカデミーに私めが在学中──」
邪鬼の幹部を養成するための士官学校、東方隷国付属アカデミーオブミリタリー──打倒グリンダムヴァルド、それを合言葉に創立された。今では考えられないことだが、当時は魔法立国に大苦戦していたのだ。一応ギネンジーもOBで成績も悪くなかった。が、実際の戦場でそこで習ったことなど何の役にも立たなかった。
「──その本五回は見たと記憶してますよ」
笑いながらぺチンは言う。
「フツーに考えればまがい物でしょうが、チョッと気になることもありましてね」
「き、気になることとお、仰いますと?」
「波動を感じました」
「は、波動を・・」
「ふむ」
ぺチンが憎体な外道なのは明らかだが、誰も逆らえない。歴代提督最強とも噂される魔力ゆえだった。
その彼が波動を感じたということは・・
「ご存じのとうり、隷国に悪しき影響を及ぼす自然作用は、大小問わず自ずと私めが感知するところとなります──」
すべての魔力は、磁気のようなものを発している。磁石が鉄を惹きつけるように魔力を感知することは可能だ、提督は常々そう主張する。はなっから魔法バトルを諦めたギネンジーには理解不能な境地だった。
「神経質になる必要はありませんが、気にはかけといてください」
ぺチンはそう言い残すと、ガウンを放った。
細身で筋肉質な、刺青だらけの背中が赤い光の中に浮かび上がった。
「ミプルック!」
ぺチンが鋭い声をだした。
「今、参ります」
トカゲの風貌をした半獣人が物陰からひっそりと現れた。あまり両生類っぽくない、温和な顔つきをしていた。おそらくメスの半獣人だ。
(可愛げのある半獣人ではある。が、夜伽に侍らすとは・・どういう趣味だ?)ぺチンという男、まったく理解不能だった。
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