1.とある街の古書店
登場人物
ルモンJr.:大きくもなく小さくもない、そんな平凡な街で、父ルモンSr.より受け継いだ古書店を細々と営む
謎の老人:『復活の詔』を探し求め、ルモンJr.の店を訪れる。
ここは例えるならどんな都市になるのだろうか?
宗教都市?そうであるなら、聖職者が好んで乗るような6頭だての大きな馬車をあちこちで見かけるはずだが──まったく見かけない。町人が乗るような小さく粗末な馬車が時おり通りかかるだけだ。
軍事都市?いや、それもたぶん違う。
時おり冒険者?のような扮装をした若者がフラフラ歩いていく。しかし、この街に冒険者組合は事務所なんか置いてない。いわゆるワナビーというヤツらだろう。冒険者の格好だけ真似てその気になってる、あまりオツムの良ろしくないお子ちゃま達だ。大金を稼いだ冒険者が貴族の令嬢と婚約したとか、何万という邪鬼を倒して名声を獲得、後に富商となって大邸宅に住んでるとか・・俄かには信じられないような話が流布している。そういう噂話に過ぎないガセネタを信じてしまう者もたまにはいる。
この爺さんもそう言った浮かれ野郎の一人に違いない、いい年こいて──ルモンJr.はそう思った。
店に入って来るなり、「『復活の詔』がこの店にあると聞いたのだが──」この髭だらけの爺さんは訊いてきた。
「ああ、あれね」
バカバカしい、そう思いながらルモンJr.は答えた。
『復活の詔』──この世を創生した神様が書き記した予言の書、ということらしい。なんでも、世の人々が神の教えを軽んじて悪徳が蔓延る。その悪徳を駆逐するためには、この書に書かれた呪文を唱えるべし。そうすれば神が復活しすべての悪に裁きをくだす──ということらしい。
「バカバカしい」
思わずルモンJr.は声に出してしまった。
父親のルモンSr.が始めたこの小さな古書店の後を継いで以来、いったい何冊の『復活の詔』を目にしたことだろう。どれも贋作に違いなかった。いや、それ自体がおかしい表現だ。贋作があるということは本物もこの世に存在することを意味する。
もし、そんな書物が実在するなら、あっという間にこんな戦乱なんか収まってるはずじゃないか──。
「おお、こんな所にあったぞ!」
爺さんが喜びの声をあげた。
彼は店のいちばん奥の棚に向き合っていた。おもむろに一冊取りだす。
「いくらになる?」
爺さんからは妙な匂いが漂う。何年も洗濯してないであろうくたびれたこげ茶色の外套が臭気の元に違いない。
「10グロン」
しかめっ面で答えた。
「ははは」
爺さんは急に笑いだした。
「神の御威光はそれほど衰えたのか?それとも神聖なものを探求すべしという人々の知性欲が減退したのか?──おそらく両方じゃろう」
「そうかもね」
このヘンテコな老人に早く出て行って欲しい、ルモンJr.は相槌をうった。
書物じたいは何の変哲もない、どこにでもあるような代物だった。黒い固そうな背表紙に金文字で『復活のための詔書』とごたいそうに書かれている。事典や医書の類に似ていた。
ただ一つ不思議なことが起こった。
爺さんが店の卓に置いたとたん、書物から金色の光がほとばしったのだ。
後光のようなその光は薄暗い店内を煌々と照らしだす。
「ふはは。再会を祝っておるわ!」
光に圧倒された。
案外、本物かな?・・いやいや、そんなワケあるまい。ルモンJr.は慌ててクビを振った。
どうも最近は寝不足がひどい。さらに昨晩、ジャガイモ酒を浴びるように呑んで二日酔いだった。そのせいで幻覚まで見るようになってしまったか・・とにかく、こんな爺さんの話なんか信じちゃならん、そんな思いだった。
爺さんは卓に代金を置く。
「ん?」
ルモンJr.が声をあげた。
「お客さん、これ100グロン銅貨だよ。お釣り!」
店を出ようとする爺さんの背中に呼びかけた。
「とっときなさい。この書物に出会えた喜びはいかんとも表現しがたい、つまり喜びのおすそ分けだ」
そう言い残して彼はふらりと店を出て行った。
「そりゃどうも」
妙な気分だった。
店主としては90グロン丸儲けだ。向かいの酒屋で一杯ひっかけるのには十分だった。しかし、なぜか素直に喜べない──。
──ルモンJr.はどんなことがあっても『復活の詔』を売り渡すべきではなかった。ここ何十年、あの書物は店の奥の棚に見向きもされず置かれていた。あの書物存在そのものが、この寂れた店の運気をずっと盛り上げていたのだった──。
この日から三日後、原因不明の火事で古書店は焼失してしまい、彼は妻と一人息子を亡くすことになる。
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