12.謁見
登場人物
ヴランディストール・ぺチン;魔王。東方隷国提督。冷酷な独裁者
ギネンジー;東方隷国提督官房付副官。おべっか使い
ガジャン元帥:東方隷国元帥。有能な軍人。ギネンジーが勝手に彼をライバル視している。
東方隷国──いかにも極東蛮族の地というネーミングだ。
が、その首都モザクワッドはいうほど東にあるわけじゃない。強欲に駆られた者たちが天界より下ると決断したとき、彼ら堕天使たちは魔法立国グリンダムヴァルドのほんの少し東側にあるこの町に拠点を定めた。
吹きさらしの冷たい風が名物の、荒涼とした砂漠の寒村でしかなかったモザクワッドも、彼ら堕天使が邪鬼となって悪徳の限りを尽くしたことで経済的にはドンドン栄えていた。もちろん気品や知性とは無縁の都である。心ある人はそんな猥雑でインモラルな町などに近寄ろうとはしなかった。
この町の悪徳の中心地、それは隷国の永世提督ヴランディストール・ぺチンの居城ガンスト宮殿である。『火』を象徴する赤に塗られたその建造物のニックネームは「真紅のタワー」。しかし、虐げられている市民たちはみな「辛苦のタワー」と陰口を叩いていた。高さ800メートルを誇る悪の塔ガンスト宮殿は、街中に漂うスモッグの雲を軽く突き抜け、その威容を全世界に見せつけるように今日も屹立していた。
「ふぅーん。で、結論としてはよく判らないということなんですね」
ぺチンはグラスを傾けながら、退屈そうに言った。
ブリリアントカットのグラスの中では赤い液体が揺れていた。彼の軍隊が占領した町から収奪した逸品のブドウから作られたものだ。ジンドーという超高級ワイン。いまこのぶどう酒を市場で売れば4万グロンは下らないだろう。馬車使いの一年の稼ぎが2万グロン、つまりぺチンは庶民の年収二年分をこの一瞬で胃袋の中に流し込む。
今、彼の前で膝をつき、肩をガタガタ震わしているのはゴマすり男の副官ギネンジーだ。齢40を過ぎて、彼のゴマすりはもはや名人芸の域だ。しかし、この日は得意のおべっかが不発だった。
「な、なんせ・・そ、その、最近は密偵ども、ども、どもの集めてくる情報のせ、精度が、情報の精度が・・」
「どういう意味ですか?隷国支給の密偵どもへのサラリーが十分じゃない、ゆえに良質のスパイが雇えないってことでOK?つまり執政提督府批判てことでOK?」
「い、い、いえ。め、めっそうもな、あ、あ・・決してそのような・・て、提督府に対して批判などは・・あ、あり、ありえないです」
ふだんのギネンジーは人前でどもるようなことはない。ぺチンの御前に出たときだけこの症状がおこる。
「まあ、いいや」
ぺチンはグラスを指で弾いた。
「姫君がわざわざ下界に降下するってことは、連中にもそれなりの確証あってのコトでしょ」
魔法立国との何百年にも渡る戦いの歴史において、東方隷国では悪辣な王が何代にも渡って君臨してきた。その中でもこのぺチン提督はぶっちぎりで最凶、最悪の君主だ。
「あ、浅はかなや、奴らです」
ギネンジーが前のめりで話す。
「どうして?」
提督はひたすら気怠そうにしている。
「け、結局で、ですが・・や、奴らあれだけ大騒ぎして、つ、連れ帰ったのはヒョロヒョロした小僧、い、一匹だけだそうで」
「ふぅーん。で、その小僧が連中の待望してた救世主なワケ?」
「は、ははは」
思わずギネンジーは笑ってしまった。(あんな下界から来たばかりの右も左もわからん青二才が救世主?笑い話にもならん)
「こ、これはし、失礼つかまつった。う、迂闊なし、忍び笑い・・主の御前であることを失念してました」
「別にどうでもいいんだよね、提督官房の副官が主の前で思わず失笑とかそんなことはさ。些末なコトです」
「あ、左様で・・」
「私めが知りたいのはさ、その小僧が正真正銘の本物かどうか」
「ま、まさに肝心なことはそ、そこです。小僧が・・し、真に隷国の敵となるほ、程のう、器なのか・・」
「直感ですけどその小僧を野放しにするの得策でないねぇ」
「そ、そうでしょうか・・」
反抗的、というほどの態度ではないがギネンジーは不満そうだ。
「小僧自身がどうのって問題じゃないんですよ」
ぺチンは空になったグラスをそのまま宙に放った。グラスはしばらく空中をフワフワ浮揚してから、スーッと大広間の奥へと勝手に移動していく。メイド姿の若い邪鬼がどこからともなく現れ、グラスをもってすぐに姿を消した。
「グリンダムヴァルドの跡取りの姫君、なんていいましたっけ名前?」
「た、確かめ、メポリーと」
「そうそう、メポリー姫。アレ、なかなかのタマだと思いません?」
「はぁ・・」
話が意外な方向にいきそうだった。こういう時、おべっか使いはひたすら肯くしかない。
「あの娘の眼力、侮らないほうがいいっスねぇ、決して」
「そ、そうなのでしょ、しょうか?」
「メポリーがみこんだ小僧なら、将来そこそこ使えるヤツになるかもです」
「はぁ・・」
ギネンジーはいまいち要領を得ない。
「で?」
「で?・・とお、仰るのは」
「ギネンジー副官」
「は、はい・・」
「アナタの脳みその動きがイマイチなのは承知済みですが・・」
「それは・・い、如何ともし、しがたく・・」(バカにすんな。魔力さえ封じることが出来ればお前なんぞ・・怖くない)
しかし、目の前の独裁者は歴代提督の中でも最強の魔力をもつ。(こやつの魔力は並みの測定器じゃ振りきっちまう・・)なおかつ冷酷で執念深いサディストなのだ。腹の底で毒づくしかない。
「相手が弱いうちに叩くのは兵法の鉄則じゃありません?」
「お、仰せのと、通りで・・」
「小僧がさ、海のものとも山のものとも判らんうちに屠っておくのが賢明ですよ」
「ま、ま、まさにえ、英断」
「で?」
「は?・・」
ぺチンの会話のクセ、その思考方法、いまだにギネンジーは戸惑う。
「当然、小僧を殺る部隊は派遣済みなんでしょ?」
「あ・・そ、そこは・・ま、ああ、ま、まだ・・」
「そうだと思いましたよ」
唇の端を歪めて笑うぺチン。
「既にガジャン元帥に出撃命令をだしてます。マハの2個師団をつけてね」「え・・」
ギネンジーの顔色が変わった。
ガジャンとは隷国付属アカデミーオブミリタリーの同期だ。昔から彼を一方的にライバル視してるギネンジーだが、戦功では遠くガジャンに及ばない。戦場で彼と張りあうのは得策じゃないと悟ったギネンジー、以後は銃後で権力を振るう道を選んだ。
「あ、あの者が・・」
「ふふ」
愉快でたまらない──ぺチンはそんな表情をしていた。
部下を競い合わせ、時には殺し合わせる。そうやって弱肉強食を生き抜いてきた猛者どもは東方隷国をより強大にするだろう。ライバル争いに執着する部下達は団結しようもない。ぺチンへの反逆どころではなくなる──。
「君ってば、元帥の後詰なんです。ゆえに戦闘の詳細を提督府に逐一あげること。ゆめゆめ戦場で槍働きしようとか余計な考えおこしちゃダメですよ。各々がもって生まれた得手不得手があるのですから」
「・・はい」
ギネンジーは頭を深々と下げた。
「じゃあ、バイバイですね」
ガンスト宮殿の謁見の間はおおよそ100畳、その広大な空間を鮮やかな真紅に染めあげた大理石で埋め尽くしていた。市民から搾り取った財でこしらえた、ひたすら贅沢な作りだ。
提督が退出したあと、そのだだっ広い場所に独り残されたギネンジー──しばらく頭を上げられずにいた。戦闘指揮官としてガジャンに遠く及ばない──面前で罵られた。ぺチンに対する憎悪で顔が歪んでいた。その表情をかき消すまで時間がかかったのだ。
「勝手にやればいいさ、ぺチンもガジャンも!」
煮えたぎる憎しみが沈静化し、ようやく立ち上がった彼の顔──ふだんの下賤なおべっか使いに戻っていた
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