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教訓、十五。遠慮深さは、自信のなさの現れの場合がある。 3

2025/05/18 改

 シークは急いで寝間着を整えると、グイニスに向き直った。


「それで、どういうご用件で来られたのですか?」

「お見舞いだよ。」

「見舞いですか?」


 グイニスは(うなず)いた。


「それにお礼も言いたかったの。情緒不安定になっている私を、ずっと抱えて走って守ってくれた。本当はとても重かったと思う。それでも、そうしてくれて本当にありがとう。」


 グイニスがお礼を言うと、シークは慌てて片膝をついて敬礼した。


「いいえ、若様。お礼を言って頂くには及びません。むしろ、私は若様に謝罪しなくてはなりません。私は親衛隊の隊長でありながら、若様を危険にさらしました。あのような事態はもってのほかです。

 もし、フォーリが来るのが遅れていれば、私はあの男に負けていたかもしれず、若様を大変、危険な目に()わせてしまいました。本当に申し訳ありません。」


 グイニスはシークの謝罪に面食らった。だが、バムスが言っていたことを思い出した。どうやら、親衛隊は決して護衛対象を危険にさらしてはいけないらしい。他の人を差し置いて、護衛対象であるグイニスを守らなくてはならなかったようだ。


 その事実は、グイニスを複雑な気分にさせた。他の人を守ってくれた彼らのことが、グイニスには誇らしい。しかし、立場上、それは許されなかったのだ。


「ヴァドサ隊長。私はヴァドサ隊長が守ってくれて、とても安心できた。それと同じように、民もみんなが守ったから、彼らもほっとして安心したと思う。親衛隊として間違っていたとか、私にはよく分からないけれど、私はみんなが他の人を守ってくれたから、後で話を聞いて、とてもほっとした。私だけ、守ってた(もら)うのは、心苦しいから…。」


「…若様、そう言って頂けると個人的には嬉しいですし、部下達も報われます。しかし、親衛隊としては過ちを犯しました。何を差し置いても、若様をお守りしなくてはならなかったのです。どうか私の謝罪をご承諾下さい。」


 そんな風に言われても、グイニスにはよく分からなかった。何がなんでも謝罪しないといけないらしい。フォーリを見上げると、頷いたので謝罪を受けるべきなのだと理解した。


「…う、うん、分かったよ。」


 言った途端、様子を見ていた隊員達が全員、狭い室内で隊長のシークと副隊長のベイルの後ろにザッと並んだ。一斉に(そろ)った動きに思わず、圧倒されそうになる。少し緊張してフォーリの腕につかまった。緊張すると、息が上がり体が震えてしまう。その様子を見たベリー医師が横から口を挟んだ。


「手短に。」


 それを聞いて、一瞬だけベリー医師を見上げたシークだったが、すぐに視線を戻した。


「若様、このたびは大変、申し訳ありませんでした。」


 シークが言うと同時に、全員さっと敬礼をする。本当に手短に言われたが、整った動きに思わず息を呑んでみとれていた。優美とか優雅とかそんなのとは違うが、洗練されていた。


「…若様。」


 フォーリに言われて、グイニスは彼の顔を見上げた。


「なんて言えばいいの…?」


 よく分からなくて聞き返した。どんな時にどういうことを言えばいいのか、昔はもう少し覚えていたような気がするが、今は何一つよく分からなかった。


「許す、と言えばいいのです。」


 グイニスにはそんなことを言っていいのか、分からなかった。そんなことを言う立場にないと思う。いつも、迷っていた。自信がない。王子だと言われても、セルゲス公だと言われても自信がなくて、そんなことを言っていいのか、いつも迷う。


 自分は何にもできない役立たずだと思う。叔母の言うとおりだ。ずっと抱っこして貰って、ただ足手まといにしかなっていなかったのに。謝罪されて『許す』というのが、正しいと思えなかった。謝罪される必要だって、なかったのに。何を一体、許すというのだろう。何も怒っていることはないのに。彼らが過ちを犯したとも思っていないのに。


「…でも。私が言っていいの? フォーリが言って。」

「私は若様ではないので、言えません。」


 フォーリに言われて、グイニスはうつむいた。そうこうしている間も、彼らはずっと(ひざまづ)いている。聞こえているだろうに、顔色一つ変えずに黙って待ってくれている。


「若様、慣れなくてはいけません。」


 フォーリが言うので、グイニスは不承不承、(うなず)いた。なんとか自分がしなくてはいけない役割なのだ。緊張で心臓がドキドキしてきたが、息を吸ってなんとか口を開いた。


(…ほら、許すって言えばいいだけだ。許すって、短い一言だ。)


 自分で自分に言い聞かせるが、なかなかその一言が出せない。

 叔母によく分からないまま、許しを()っていたことをふいに思い出した。記憶は(もや)がかかっているかのように不鮮明だが、きっと叔母に違いない。『どうか許して下さい。』と震えながら請い続けたことを思い出してしまい、余計に緊張して言葉が出てこなかった。


「……若様、もし…。」


 心配したフォーリが何か言いかけたが、珍しくシークが鋭くフォーリを見上げて首を横に振った。彼はグイニスを待つつもりなのだ。それくらい、グイニスも分かった。


(ほら、早くしないと。彼らは馬鹿にしたりしない。間違えても。だから、大丈夫だ。とにかく、口を開いて何か言うんだ。)


 必至に自分で自分に言い聞かせ、ようやくグイニスは口を開いた。


「………え…えーと。その、ゆ…ゆ…ゆる、す。」


 思わずグイニスは、その一言を言えた安堵(あんど)で全身で息を吐いた。


「お許し頂き感謝致します。」


 全員で唱和されてグイニスはびっくりした。


「……え、えーと…まだ、何かあるの…?」


 思わず不安になってグイニスは小声で尋ねた。


「いいえ、何もありません、若様。それでは立たせて頂きます。」


 シークは言って立ち上がり、隊員達もそれぞれ立ち上がった。本当なら自分が立ち去るまでじっと、跪いているはずだ。王宮にいた時は親衛隊はそうしていた。以前は何も思わないでいたことが、今ではみんな疑問だった。自分はそんな風に敬われる立場にない。そんな資格はないと思ってしまう。


 そんなグイニスの不安を知っているから、シークは今、色々省略してグイニスが、あんまり不安にならないようにしてくれているのだろう。

 自分は人に気を遣わせてばかりだ。その上、我がままを言ってばかりで、何にもできないくせに……。

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