表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/582

教訓、十五。遠慮深さは、自信のなさの表れの場合がある。 2

2025/05/16 改

 温かい時間だ。そんな隊員達の側で机に座り、書類や日誌などを確認していたベイルは、はぁっとため息をついた。


「おい、ウィット、ちょっと来い。これ、だめだろ。」


 そう言って、彼が提出した報告書を差し出した。机の上に置いて見やすいように向きを変え、駄目な部分を指で指し示した。


「このくだり。『(きじ)が火事で焼け出されて出てきていたので、あれを捕まえ、丸焼きにして食ったら旨そうだった。』これじゃあ、日記だろうが。隊長にもいつも、注意されているだろう。書き直しさせられるから、今のうちから書き直しておけ。」


「…嫌です。だって、雉が出てきたから、旨そうだと思って、それで他のことも覚えていられるのであって、雉のことを書かなかったら忘れます。」


 ウイットの言い分にベイルは、ため息をついた。何回か説得しようとしたが、言うことを聞かなかったのでとうとう(あきら)めた。


「知らないぞ。後で書き取りの練習もさせられるな。間違いだらけだ。そういえばウイット、お前…最近、任務にかこつけて字の練習をしてないだろう。スーガ、お前もウィットが言わないことをいいことに、サボってたな?」

「分かりましたよ、副隊長。やりますって。ほら、ウィット、辞書を出せ。」


 指導役のモナがウイットに言うと、彼は胸を張って答えた。


「持ってきてない。」


 一瞬、モナとベイルの顔が固まった。


「はぁ! 馬鹿じゃねえの、お前。なんで持ってきてねぇんだよ。せっかく隊長がお前に買ってくれたってのに…!」

「だって、必要最低限の荷物を持てって言われたから。」

「お前にとって辞書は、必要最低限必要な荷物だろうが…!」

「何を言ってるんだ、これでも俺は学科試験をちゃんと通ったんだぞ…!」


「あぁ、ほんと、それが解せねぇ。なんで、お前が学科試験をビリっけつでなく通ったのか、摩訶不思議だっていうの! やっぱり、前後の誰かと間違われたんじゃねえのか…?」

「それに、俺は馬術試験は一番だったんだからな…!」


「あぁ、はいはい。だけど、馬術試験はおまけの試験みたいなもんだからな。あんまり自慢はできねぇぞ。」

「お前、自分が頭良いからって、馬鹿にするな…!」


「何言ってんだ、馬鹿だな。俺より頭良い奴なんかごまんといるんだぞ…! 面倒な仕事はそいつらに任せ、適当にできる中間くらいにいるのが一番、楽なんだ。頭がいいって自慢して何になる? 余計な仕事が増えるだけだ…!」

「…二人ともいい加減にしろよ。」


 頃合いをみてベイルが仲裁に入る。


「もう…しょうがねえな。俺が適当に問題を作るか。じゃあ、お前が食いたがってた『雉の丸焼きは旨い。』って書け。」

「……分かった、しょうがないな。」

「お前が言うことじゃないだろ。」


 呆れたようにモナは言って、ため息をついた。親衛隊用に用意して貰っている部屋なので、ウィットは特別にいくつか置かれている机と椅子に座った。結構、書き物仕事が多いので必要なのだ。シーク一人の部屋ではなく、みんなの部屋のうちの一つだった。もう一つ隣に部屋がある。


「書いたぞ。」

「……どうやって、“虹”を丸焼きにして食うんだよ。」


 そんなやり取りを見ているのは、グイニスにとって面白かった。


「若様、楽しいですか?」


 フォーリが聞いてきた。


「うん。だって、私には友達がいないから。だから、従兄あに上とばかり遊んでた。」


 グイニスは言って、フォーリと一緒に振り返った。


「おや、ようやくお目覚めですか?」

「少し前から目覚めていましたが、動いたらいけないと思い、じっとしていました。」


 ベリー医師とシークの会話に、グイニスはへぇ、と思う。フォーリが起きた気配に気が付かなかったなんて、あんまりないことだ。


「先生、その治療が終わったら、起きて仕事をしてもいいですか? 事務作業が()まりに溜まっているので。」

「仕方ないですね。いいですよ。でも、制服は着ないで下さい。あなたのことですから、制服に腕を通すと完全に他の仕事も始めるでしょう? ですから、寝間着に上着だけ着て下さい。」

「分かりました。とりあえず、事務作業だけします。」


 シークは言うなり、ベイルを呼んだ。


「その、報告書を持ってこい。」


 隊長が起きたことで、その場の空気が途端にぴりっと引き締まった様子に変化した。


「さっそく仕事ですか。仕方ないですね。」

「申し訳ありません。ですが、気になる話が聞こえていたもので。」


 言いながらうつ伏せの状態で、背中はベリー医師に治療して貰いながら報告書に目を通し始める。


「ウィット。」


 名前を呼ばれただけで、“虹”の丸焼きは旨いと書いていたウィットが立ち上がって、隊長の前まで行った。フォーリに対しても強気だったウィットが、シークの前では少し緊張気味なのが面白い。


「……はい。」

「お前、これは明らかに駄目だろう。しかも、紙面全体を使ってこれだけか? 全部書き直し。」

「…はい。」

「もちろん、雉の丸焼きの話はいらない。」

「…でも。」

「リタ族が印象に残った出来事で、いろいろなことを暗記していることは知っている。それでも注意するのは、他の人にはお前が暗記した他の情報は伝わらないからだ。お前一人が暗記していることを書かないと、他の人には伝わらない。分かるか?」


 ウィットは首を(ひね)っている。


「…それで、雉の丸焼きでお前は何を思い出すんだ? 他に何を見た?」


「街道脇の木々や草が燃え、燃えやすい木が生えている箇所は特に壁のように炎が迫り、昼間のように街道が明るく照らし出される。火の粉が舞い、熱風が街道を駆け抜け、取り残された馬車の客車を燃やし、炎の竜巻が渦巻き、一度、森に入って消えた瞬間に馬と仲間達と共に隙間をって走り抜けた。」


 抑揚(よくよう)をつけて歌うようにウイットは答えた。報告書のことをよく分からないグイニスでさえ、今の方を書いた方が良いということは分かる。

 ベイルや他の隊員達も、なんでそれを書かないんだ、という表情をしている。隊長のシークは、あぁ…まだ分かってなかったか…という感じだ。


「…そっちの方を書け。前から言ってるだろう? 覚えるきっかけの方を書くんじゃなく、覚えた内容の方を書け。」

「…でも、隊長、覚えるきっかけの方を書いておけば、後で思い出す時に役に立ちます。」

「うん。それは、お前の日記に書け。こっちは雉の丸焼きの話を読んでも、お前が目撃した火事の状況は全く分からない。」

「…ああ、そっか。」


 ようやく納得して理解したらしいウィットは、分かりましたと言って、報告書を受け取り机に戻った。

 隊長って大変なんだな、とグイニスは感心して見ていた。


「それと、スーガ、お前も全部書き直し。」

「えぇ、なんでですか! ちゃんと書きましたよ…! 四枚も書いたのに…!」

「おまえ、大事な部分を何カ所か端折(はしょ)っただろ。辻褄(つじつま)を合わせてあるが、ちゃんと書け。お前がこれしか気が付かないというのは、あり得ないだろう。六枚でも七枚でもいいから、全部書け。」


 はい、とモナは仕方なく報告書を受け取った。


「…結局、お前も書き直しだな。」

「お前と理由が違うだろ。一緒にすんな。」


 ウィットとモナは小声でやり合う。

 シークは他の報告書に目を通すと、ベリー医師の許可が出たので、起き上がって寝間着を直そうとし、グイニスとフォーリに気が付いてびっくりした。


「若様…! いらっしゃたのですか?」

「うん。」

「一体、いつからですか?」


 あまりの慌てように、思わずくすりと笑ってしまった。


「結構、前からだよ。みんながレルスリと話をした後、みんなと来た。先生が診察して治療している間、ずっと見てた。」

「起こして下されば良かったのに。」

「先生が診察と治療が先だって。」


 カートン家の医師らしい判断に、シークは言葉を失った。失っていても顔をしかめて痛みを我慢しながら、とりあえず寝間着は急いで直している。


 意外に筋肉隆々で腕が丸太のように太い、という訳でもなかった。余分な筋肉はついていないようだ。そういえば、シェリアがいつも鍛えていて引き締まっているから、国王軍の兵士でもいい、ということを言っていたが、確かに彼の肉体は引き締まっている。


 フォーリも均整の取れた肉体をしていて、かっこいいと常々思っていた。シークも同じでフォーリと比べてもいい線をいっていると思う。

 リタ族も村で一番、強い戦士は意外に細身だったりして、必ずしも外見的に強そうな人が強い訳でもないことを知っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ