教訓、十五。遠慮深さは、自信のなさの表れの場合がある。 1
2025/05/16 改
グイニスは隊員達の様子を楽しく見守った。自分より年上の若い青年達の言動をあんまり、身近に見たことがない。王子という立場上、誰とも親しくできなかった。貴族の同年代の子ども達と遊ぶ機会は設けられたが、グイニスはいつもその場になじめなかった。
おっとりしているグイニスを、面だっては言わないものの、のろまだのなんだの言って馬鹿にしていた。女の子だったら一緒にいてもいいけど、男だっていうから嫌だとか陰では言われていた。実は誰にも言ったことがないが、年上の少年達に物陰に連れて行かれて、服を脱がされたことがある。
ちょうどその現場を姉のリイカが発見し、全員にげんこつを食らわせ、親に言われたくなかったら、二度とグイニスに近づくなと警告して去らせた。もちろん、そのことをグイニスが告げたら、親に至るまで大事になる。だから、グイニスは貴族の子弟達に意地悪をされても、誰にも言わずに黙っていることが多かった。
それで、余計に従兄のタルナスに懐いたのかもしれない。彼もいつも独りぼっちだった。自分と同じだと思ったから、きっと寂しいに違いないと思った。タルナスといつも一緒にいると、意地悪する貴族の子弟達はぺこぺこしていた。誰もタルナスに勝てないのだ。その存在感と弁に勝てないので、ぺこぺこしていた。
結局、王子と王女は誰とも親しい友人を持つことができない。親の関係まで考えれば、深く付き合うことができない。王子と王女は自分達で一緒にいるしかなかった。
それでも、リイカとタルナスといれば全然寂しくなかった。楽しい毎日だった。十歳になるまでは。
大勢と一緒に何かすることも、したこともなかったので、グイニスは目の前の様子をわくわくしながら、見つめていた。
今はシークの療養中の部屋にいる。彼は眠っていてその間に、ベリー医師が彼の背中の傷を治療している。
背中の傷はグイニスの想像よりひどかった。剣ではなく尖った木の枝が革の胴着と軍服を裂きながら、彼の皮膚と肉も裂いてしまったので、縫われた後がある。背中を地面にこすってできた擦り傷もあった。少し腫れ上がっているように見えたが、ベリー医師の話によると、かなり腫れは引いたのだという。
また、背中じゅうに痣ができていて申し訳なく思った。特に両肩の痣はグイニスを抱きかかえていたために、紐をずっとかけていたがらできたものだとすぐに分かった。
グイニス自身、おしりや太ももに紐がかかっていた箇所に痣ができた。
「若様、大丈夫ですよ。隊長は丈夫な人ですから。」
あんまりじっと治療の様子を見つめていたせいか、ベイルが困った様子で笑いかけてきた。彼も優しく接してくれる。
「そうですね、若様。私が治療していますから、彼が無茶をしない限り、できるだけ短時間で治しますから、ご心配なく。」
ベリー医師も治療しながら、少しだけ振り返って言ってくれた。
「…どれくらいで治るの?」
「そうですね。普通はもっとかかりますが、一ヶ月で治して見せましょう。けっこう、この木の枝の傷がやっかいなんですよ。いっそのこと鋭い剣の方が、まだ治りが早い。切り口がめちゃくちゃになってますからね。
今のところは感染症になってなくて、良かったです。間違って湯船に浸かったのに。あれだけ浸かるなって言ったのに、浸かったんですからね。」
「先生、許してあげて下さい。薬でかなり朦朧としていましたから。」
「そうですね。君達の監督不足ですから。」
「はは、その通りです。」
「…私のせいだね。」
グイニスは申し訳なくて、思わず口にしてしまう。先生達がはっとする。グイニスは本当にシークに抱かれて嬉しかったのだ。フォーリは安心できる人だが、お兄さんに近いのは分かっている。より、父に近いのはシークの方だと感じていた。彼は言ってくれた。『大丈夫だ、心配するな。必ず、守ってやる。』とても力強くて、ほっとして、嬉しかった。
だから、彼にずっと抱かれている間、何も心配しなくて済んだ。
裏切られてしまうことを。
ただ、彼がずっと走って、剣をふるって、敵を斬って、それを繰り返している間、彼の鼓動がずっと聞こえていて、苦しそうな時があって、それが心配だった。体の方が心配になった。
「若様のせいではありませんよ、ウィットは口は悪いですが、本当のことを言っています。」
名前をよく覚えていない隊員が、グイニスに言った。
「…でも。」
「過ぎたことは仕方ありません。それよりも、若様は子どもらしくしていればいいですよ。子どもはそもそも、大人に守られるものです。守られることを嫌う子どももいますが、大抵は見栄を張っているだけで、本心では守って貰いたいと望んでいます。
若様もそんな見栄を張らないで下さい。それに遠慮もいりません。若様が偉そうな王子だったら、こんなことは言いませんけど、若様はそんな王子ではないので。」
別の隊員も言ってくれた。今までに感じたこと、体験したことのない温かさだった。それが嬉しくて、楽しい。
「…本当に?いいの?」
親衛隊員達は頷いた。
「まあ、そりゃあ、隊長ほど強くないですけど。隊長は別格ですから。」
だよなぁ、とみんな笑い合う。