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教訓、十四。好意を持つ人の行為が必ずしも、厚意になるとは限らない。 10

2025/05/15 改

「仕返しって?」


 突然、若様の口調が研ぎ澄まされて、(りん)とした別人のような口調になったので、その場にいたフォーリとベリー医師以外、全員が驚愕(きょうがく)して若様を見つめた。


「やり返すってどういう意味?」


 じっとウィットを見上げる。


「やり返すって、言葉のまんまだ。お前ができないなら、俺が代わりに敵の首を…げほっ…!」


 ウィットの腹と頭と(すね)に同時に、上司と同僚二人からの鉄拳と()りが入ったので、ウィットはむせかえった。

 若様はぽかん、としてその光景を眺めた。


「…だ、大丈夫? …痛そう。」


 また、ふんわりした若様に戻っている。


「若様、申し訳ありません。」


 ベイルが慌てて謝罪する。


「ううん。…ふふ、今、言おうとしたこと分かってるよ。敵の首を()ってくるって言おうとしたんでしょ?リタの森にしばらくいたから、知ってるよ。」


 隊員達ははっとした。そういえば、そのことをすっかり忘れていた。


「…でも、叔母上は敵じゃないよ。」


 若様はしっかり、ウィットを見上げてはっきり口にした。


「そんなことをしたら、内戦になる。だから、私は決してそんなことをしない。仕返しなんてしないよ。私が仕返しをするってことは、内戦になってしまうことだから。」


 若様の言葉にフォーリもいささか(おどろ)いた。若様が分かっているのは知っていた。でも、今までこんなにはっきりと、口にしたことはなかったのだ。


「もし、仮に私が仕返しをしようとして、内戦になってしまったら、従兄上を捕らえなくてはならない。いや、殺さなくてはならなくなる。命の恩人なのに、そんなことはできないよ…。


 それに…。そうなったら、国境で奮戦されている姉上にも申し訳ない。内線しているうちに、干渉しようとする各国が余計に攻め込んでくるかもしれない。そうなったら、今までの姉上の苦労が水の泡になる。


 だから……、どんなに怖くても、独りぼっちが嫌でも、我慢したの…。閉じ込められても……出して欲しいって…言うの、我慢しなきゃいけないって…。言うの、やめた……。」


 若様が泣きそうな表情になる。フォーリも泣きたくなった。

 隊員達は衝撃(しょうげき)を受けていた。いつも、幼い言動ばかりを見ていたため、こんなに大人びた言動を取るとは思わなかった。物(すご)く大人びている所と、物凄く幼い所とその差が激しくて、驚愕(きょうがく)してしまう。


 若様は十歳にして、自分が出して欲しいと頼み続けることが、どんな結果を生むか分かっていたということだ。姉が戦地に送られた意味を分かっていたということだ。

 内戦にしたくなかったら、姉の苦労を無駄にしたくなかったら、黙っていよ、という叔父であり王の命令を、甘んじて受け入れていたのだ。


「…悪かった。」


 ウィットが謝罪を口にした。


「俺はリタ族だ。(むずか)しいことはよく分からない。でも、お前がよく考えた上で、我慢してるって分かった。これからは、代わりに仕返ししてやるって言わない。

 でも…刺客を送らないでくれって、言えないのか? 俺達だったら刺客を送るな、堂々と勝負しろって言えば済む話だ。」


 いや、刺客を送るなで済むならどんなにいいか。全員が言葉を失っていると、若様が実に軽やかに笑い出した。


「ははは、本当だね。今まで叔母上に刺客を送らないで下さいって、一度も言ったことないよ。でも、きっと言ったらもっと送られてくるはずだよ。馬鹿にしてるって怒ると思う。」

「そうなのか…。女ってわかんないな。」

「いや、女だからじゃないな、そこは。」


 思わずモナが突っ込んだ。


「みんな、ごめんなさい。本当は分かってる。みんなを死なせたくなかったら、本当は帰ってって言うのが一番なんだって。ヴァドサ隊長に護衛して欲しいって頼むのが、死の(そば)にいてって言うのと同じだって分かってる。…でも、でも……。」


 若様の両目が(うる)んだ。


「馬鹿だな、それが俺達の役目だろ。」

「ウィット!」


 (きび)しくベイルはウィットを注意してから、若様に向き直った。


「若様、ウィットの無礼をどうかお許し下さい。この通り、態度は不遜(ふそん)ですが悪い人柄ではありません。」

「うん、分かってるよ。…でも。」


「若様。お気遣い頂き誠に感謝申し上げます。しかし、ウィットの言うことは不遜な物言いではありましたが、彼の言うとおり、若様をお守りすることが我々の役目です。私達は若様が深慮(しんりょ)なさった上での、この現状なのだということを理解しました。


 ですから、できるだけ若様のご希望に添いたく思います。そのためには、若様の護衛を変えることは望ましくないと思います。つまり、若様の護衛はできれば、私達が勤めさせて頂きたく思うのです。本来ならば隊長が申し上げるべきことではありますが…。」


 ベイルの言葉に、若様の表情がぱあっと明るくなった。


「…み、みんなが側にいてくれたら、とても嬉しいよ。みんなと仲良くなりたいもん。…でも、本当はあんまり仲が良くなったらだめだって言われたんだった。でも、仲良くなれて嬉しいよ。」


 若様の中では仲良くなったらしい。


「それじゃ、これからもよろしくね。」

「はい、こちらこそよろしくお願い致します。」


 ベイルが答えると、若様はフォーリの後ろから完全に出て、ベイルの服の袖を引っ張った。


「じゃ、早くヴァドサ隊長のお部屋に行こう。」


 もう元のほんわかした若様に戻っていたのだった。

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