教訓、十四。好意を持つ人の行為が必ずしも、厚意になるとは限らない。 9
2025/05/15 改
「…ねえ、レルスリが言ってたこと、どういう意味?」
誰もいなくなってから、若様はきょとんとして尋ねた。
シークの見舞いに来たら、ちょうどバムスがシークの隊員を引き連れて別室に入っていった所だった。若様を抱きかかえて、フォーリはベリー医師と物陰に隠れた。ベリー医師の指示で、カートン家のニピ族が使う秘密の廊下を使い、そこに隠れて話を聞いた。
バムスの護衛のサミアスも知らない秘密の廊下なので、彼らは三人に気が付かなかったようだ。もちろん、フォーリが行ってしまったことを確認している。シークの隊員達も部屋を出て行き、静かになってから若様は小声で聞いたのだった。
「一番最後に言ってたこと。ノンプディがどうしたの? 前はフォーリがいいって言ってた。でも、私がフォーリは嫌だって言ったから、話をしてヴァドサ隊長にしたのかな? 連れて行くってどこに連れて行くの? ヴァドサ隊長がクビになったら私も嫌だ。それに後はどうするかは想像の通りって? 私にはよく分からないよ。」
非常に説明しにくい。フォーリが必至に言葉を選びながら、どう説明するか考えていると、ベリー医師が若様の頭をぽんぽんと撫でた。
「…分からなくていいですよ、若様。もう少し大きくなってから説明しますから、今はまだ分からなくていいです。」
若様はうつむいた。
「でも、ヴァドサ隊長にクビになって欲しくないよ。」
「それなら、考えがあります。」
ベリー医師はにっこりした。カートン家の医師って策士が多いのではないのだろうか、とフォーリは思う。
「ヴァドサ隊長の部下達に頼みましょう。お願いすればいいんですよ。」
若様は勢いよく頷いた。
「分かった、そうする。」
最初にベリー医師がシークの部屋に入り、隊員達を集めた。みんな、しょぼんりしながらも、どうしたらいいのか考え込んでいる。眠っている隊長のシークを見ながら、妙な空気が流れていた。
「みなさん、少しいいですか?」
「ベリー先生。診察ですか?」
頭を抱えていたベイルが立ち上がった。
「先ほどの部屋に来て頂けますか?」
隊員達はみんな顔を見合わせた。ベリー医師は彼らを引き連れて、先ほどバムスと話をしていた部屋に入った。
フォーリと若様の姿に、みんな当惑した表情を浮かべる。若様はフォーリの陰から半分だけ体を出すと、意を決したように口を開いた。
「……あ、あのね…み、みんなに…はな…話があるんだ。」
「…なんでしょうか、若様。」
ベイルが代表で尋ねる。
「…さ、さっき、聞くつもりはなかったけど…れ、レルスリが話してるのを…き、聞いちゃった。」
ほとんど全員が、あぁ…その話を聞いたのか…という表情を浮かべた。一方シェリアと話をしていた組は首を傾げた。
「…あのね、わ…私も、その…ヴァドサ隊長がクビになるのは…嫌だ。み…みんなが…いなくなるのは…嫌だ。」
若様の言葉にどう反応すればいいのか、みんな当惑している。
「…だからね、お願いがある。さっき…れ…レルスリは…みんなが黙ってれば、ヴァドサ隊長はクビにならないって…言ってた。だから…ヴァドサ隊長が…クビにならないように…して欲しい。」
隊員達はみんな顔を見合わせてから、ベイルが口を開いた。
「若様、どうかご安心下さい。私達も隊長がクビになったら困ります。ですから、隊長が不利になるような発言は控えるように致しますし、気をつけます。」
「…ほ、本当?」
「はい。」
「…よ、良かった。」
そう言って、若様は安心して溢れた涙を拭った。
「…お前、いちいち、めそめそするな…!」
突然の発言に全員、ぎょっとして後ろを振り返った。若様はびっくりして顔を上げて向こう側を見つめる。
「おい、ウィット…!」
慌ててベイルが諫めるが、リタ族の隊員は黙ろうとしなかった。
「副隊長、今、言わないと言う機会がないんで。」
そう言って前に出て来る。じっと若様を睨むようにして見るので、フォーリも睨みつけた。二人の視線が激しくぶつかり合う中、若様が遅れて言った。
「めそめそって…泣くなってこと?」
若様の発言で睨み合いが終わる。
「そうだ。お前、めそめそも知らないのか?」
若様は首を振った。
「…し、知ってるよ。でも…泣きたくなくても、涙が出て来るもん。」
「我慢しろ。それくらい。いっつも、めそめそ泣きやがって。」
腹立たしげにウィットは言う。
「おい、ウィット、いいかげにんしろ。」
ベイルが止めようとするのを、若様が止めた。
「ま…待って…お、お話しするよ。」
若様は涙を拭ってウィットを見上げた。
「が、我慢したらだめって、せ…先生が言うよ。泣きたかったら、泣いていいって…。」
「その通りです。ですから、そこに余計な口は挟まないで下さい。それ以上、言うんだったら私が息の根を止めますよ。」
ベリー医師がさらっと物騒なことを言う。ウィットはベリー医師を睨むと、ため息をついた。
「…じゃあ、それについては仕方ないとして。でも、お前、悔しくないのか? ずっと思ってた。お前は何も悪くない。」
ずっと若様をお前呼ばわりなのは、サリカタ語を少し苦手としているせいなのだが、フォーリはそれでもウィットを睨んだ。だが、ウィットは物ともしない。激しい戦闘民族の血筋ゆえ、負けるつもりがないからだ。
「お前は何も悪くないんだから、もっとしゃっきりしろ…! もっと、堂々と胸を張れ。」
若様はきょとん、と可愛らしくウィットを見上げる。
「! あぁ、もう、それじゃあ…!」
ウィットはさすがに後の言葉は飲み込んだ。
「とにかくだ、堂々としろよ…! 悔しくねえのか、何一つ悪くないのに閉じ込められたり、まだ、小さいお前に刺客を送ったりして、ほんと、悔しくねえのか? やり返してやろうとか思わないのか?」
リタ族の彼には理解できない状況なのだろう。ウィットは自分の方が代わりに地団駄を踏みそうな勢いだ。